第6話


 俺とインフェルノドラゴンが行動を共にしてから数時間が経ち、俺は空腹が限界に達してきていた。


「腹減ったな……そういえば、インフェルノちゃんは普段何食べてるんだ?」

「ベヒモスじゃな」

(ベヒモス……?ベヒモスといえば魔王軍幹部の神獣ベヒーモスのことか?)

「少し違うの。そやつの生み出す魔物がベヒモスじゃ」

「へぇ。それがベヒモスかあ……」


 今のやりとりでインフェルノちゃんが脳内を覗けるということを思い出した俺は、空腹で喋る気力もなくなってきたので脳内から語りかけることにした。


(あれ?神獣ベヒーモスってたしか数年前に何者かに討伐されたって話じゃなかったっけ?)

「それがわしじゃな。正確には捕らえてベヒモスを生み出させておるんじゃがの」

(へぇ。なかなかに鬼畜だなこのドラゴン)


「強者にのみ許された愉悦じゃな」

(しかし便利だな脳内覗かれるのって)

「普通の人は嫌がるものじゃがな。おぬしは少し狂っておるぞ」

(今は俺が狂ってるのかより、インフェルノちゃんがドラゴンから人間に変身した時って全裸なの?って疑問の方が気になるな)

「……それはもちろん全裸じゃな」


(へぇ。じゃあ住処を見つければパンツとか干してあるのか?)

「なあ……おぬしの脳内覗くの辞めてよいか?」

(え、困る)

「……」


 反応しなくなるインフェルノちゃん。


(ん?本当に辞めちゃったのか?)

「……」

(インフェルノちゃんって何で幼女の姿なんだ?俺の性的趣向に合わせてくれたのか?)

「……」

(腹減ってきたからインフェルノちゃん食べちゃおうかな〜)

「……」

(炎の精霊イフリートよ。我の呼び掛けに応え力を貸せ。深淵の業火に焼かれし時、全てのものは灰塵へと化す。『獄炎暴風・イフリー……)

「辞めんかバカモノ!!」


 魔術を詠唱し始めた俺に、さすがに無視出来なくなったインフェルノちゃんがツッコミを入れた。

 ふっ、勝った。


「まあ冗談はこのくらいにしておいて、本格的に腹が減ったんだが何かないのか?」

「明らかに冗談ではなかったが……まあよい。そういうと思って、ちゃんと用意しておいたぞ。感謝せい」


 そう言うとインフェルノちゃんは何もないところから調理済みの肉塊を出してきた。


「……今のは?」

「魔術空間じゃ。まあ人間が知る必要はないじゃろう。どうせ使えぬ」

「へえ」


 やはり、ドラゴンというのは俺の理解の範疇にはないらしい。

 とても気になる話ではあったが、今は腹が減ってしょうがないので素直にベヒモスの肉をいただくことにした。


 魔物の中にはかなり美味しい肉を付けるものも多く、魔物の肉を食べることに抵抗はなかったのだが、如何せん魔王軍幹部が関連していると思うと少しばかりはばかられた。しかしいざ口に入れてみるとそれはもう絶品と呼ばざるを得ないもので、肉の繊維の食感や程よく溢れてくる肉汁、塩胡椒での味付とマッチした肉の旨みが俺の舌を震わせた。


「うまっ!いや、うまっ!」


 空腹は最高のスパイスというが、この状況はまさに至福の一時というやつだろう。


「そうじゃろうそうじゃろう。なんせわしが気に入るほどじゃからな」

「いや、ほんとにうまかったわ……ごちそうさん」


 自慢げなインフェルノちゃんをよそに三人前はあったかと思われるベヒモスの肉をぺろりと平らげた俺は、木に登り始めた。

 もちろん、食後にしなきゃいけないアレのためだ。


「……何をしておる?」


 俺はインフェルノちゃんの言葉を無視して木に登り続け、太めの枝の上に寝っ転がった。


「おやすみ」


 やはりうまいもん食った後は昼寝だろう。


「……そぉい!」


 俺は、目を瞑った刹那に強い衝撃と浮遊感に襲われた。慌てて目を開けると、へし折られて空中を舞う枝とライダーキック姿のインフェルノちゃんが目に入った。


「甘い!」


 俺はそう叫ぶと、地面と自分の間を何重にも重ねて展開した魔術結界で埋め、即座に目を閉じて眠りについた。


「ふんっ!『ブースト・龍化』じゃ!」


 強引に空中で眠りについた俺に対し、インフェルノちゃんは物理的ではなく精神的に眠りを邪魔してきた。『ブースト』とは強化魔術のことで、筋力や走力等の補助をする魔術だ。その中でも龍化のブーストは、高位の龍にしか扱う事の出来ない最強格のブーストだった。


「くっ……滾る力が……抑えられん!」

「これでおぬしも寝れまい」


 謎のドヤ顔を決めるインフェルノちゃん。

 なんかむかついたので、俺はある作戦を実行した。


「な、なんだ……?エネルギー効率が良すぎて腹が減ってきたぞ……」

「そんな訳あるか!食い意地を張りすぎじゃ!」


 ブーストの力の源は100%魔力となっているので、もちろん腹など空きようがない。

 イケると思ったんだけどな。もっとベヒモスの肉食いたいなあ。

 なんて茶番をしながら、俺達は竜の谷を進んでいくのだった。

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