第149話 《食神の御子》

『まさか、そんなグロい事させませんよ。始皇帝の魔力の一部を取り込むだけで良いのです。そこから、始皇帝の異能【聖餐ミスティリオ】を吸収します。その術式処理は私が行います。始皇帝の魔力の一部を取り込むことを便宜上、「始皇帝を食べる」と表現したまでです』


 メニュー画面が、美しい女性の声で告げる。


「なら、安心だな」 


 ナギは心底、安心した表情で苦笑した。

 ゾンビの始皇帝の遺体を喰うなど拷問に等しい。強くなるためとは言え、そこまでは出来ない。


『では、【食神の御子】を発動して、「始皇帝を喰らいます」。宜しいですね?』


 メニュー画面が、尋ねる。

 ナギは少し、ワクワクした。純粋な好奇心が、ナギの胸奥を満たす。 久しぶりの【食神の御子】での、敵の能力を喰うという行為に、17歳の少年は胸をときめかせる。


「ああ、頼む」


 ナギが、メニュー画面に言う。


『了解致しました。【食神の御子】、発動。「始皇帝を喰らいます」』


 メニュー画面が、【食神の御子】を発動させた。

 ふいにナギの全身から純白の光が、陽炎のように立ち上り、ナギの肉体を覆う。

 ほぼ同時に、始皇帝の遺体から黒い魔力が、わずかに立ち上った。

 始皇帝の遺体から、煙のように出た黒い魔力は、そのままナギの肉体に向けて移動した。

 黒い魔力は、そのままナギの身体を覆う純白の魔力光の中に取り込まれた。そして、黒い魔力は純白の魔力光の中で溶けて消滅した。

 始皇帝の保有していた黒い魔力が消滅する瞬間、虹色の光が弾けた。『始皇帝を喰らう』という、凄絶な表現に反して、その光景は美しく幻想的ですらあった。

 セドナたちが、感歎の声をあげる。美しい光景に軽い感動を彼女達は抱いたのだ。

 やがて、ナギの胸に刹那だが、鋭い痛みが走った。


「むっ」


 ナギは胸に手を当てた。痛みはすぐに止み。ナギの胸をさする。特に異常は無い。


「ナギ様、大丈夫ですか?」

 セドナが心配そうに問う。


「ああ、大丈夫だ」


 ナギは、セドナを安心させるような声音を出す。


(メニュー画面、今の痛みはなんだ?)


 ナギが、心中で問う。  


『《食神の御子》の副作用ですよ。敵を喰らって、その能力を奪うのです。ある程度の副作用は当然でしょう? 高度な術式処理には反動がつきものです』


(理屈は理解できるが先に言え)


 注射と同じで、看護師や医師に、「チクッと痛みがしますよ」と言われれば覚悟が出来て、安心するものなのだ。

 いきなりの激痛ほど怖いものはない。


『お気になさらず。嫌がらせです』


(最悪だよコイツ!)


 ナギは胸中で叫んだ。


『そんな事より、これである程度、始皇帝の《聖餐(ミスティリオ)》を活用可能になりました。

まだ大幅な制限がありますので、現段階では十全に活用できるレベルではありませんが、いずれは完璧に使用できるようになります。

 なお、敵の能力を喰らうのは、ナギ様が、レベルアップしたからこそ、使用できるようになったのです。過去に敵の魔力を喰っていたら、副作用でナギ様は心身に重大な損傷を受けていたでしょう。最悪の場合は廃人か、即死です。よくぞここまでレベルアップして下さいました。ナギ様は強くなられましたね~』


メニュー画面が、ナギを賛美する。


(そうか、その褒め言葉はありがたく受け取るよ)


『ではナギ様、私はこれで失礼いたします。どうか、黒曜宮(マグレア・クロス)を無事攻略できますように、心から武運長久を祈ります』


 メニュー画面が、神妙な声でナギの武運長久を祈り、メニュー画面は消えた。


(ありがとよ)


 ナギは悪友に別れを告げるような表情をした。

セドナ、レイヴィア、エヴァンゼリン、クラウディア、アンリエッタには、ナギとメニュー画面の会話が聞こえない為、彼女たちは若干不思議そうな顔をしていた。


「あの……、ナギ様。何をされたのですか?」


 セドナが疑問を呈する。


「悪友からプレゼントをもらったのさ」


 ナギは苦笑しつつ答えた。




ナギは、仲間達に全てを説明した。その後、休憩を提案し全員が了承した。さすがに全員、体力を消耗した。


 少しは休まないと次の戦いに支障をきたす。

 レイヴィアのみは休みながらも、周囲に気を配った。

 この辺の機微は年の功であろう。


 ナギはごろんと地面に横たわり、目を閉じた。

 セドナが当然のようにナギの傍らで寄り添って寝る。 


 1時間ほど休み、全員の体力、魔力、精神力がほぼ回復した。

 やがて、レイヴィアと大魔導師アンリエッタは索敵魔法を発動して、敵の気配を窺う。

 20秒後、アンリエッタが空間の歪みと僅かな敵の魔力を捕捉した。


「……次の敵がいる場所が分かった」


 アンリエッタは愛用に杖を宙空に向けた。 

 指し示した杖の先に、ナギ達の視線が集中する。


「確かに空間の歪みがあるね」


 エヴァンゼリンが、1キロほど先にある空間のゆがみに灰色の瞳を向けた。


「あそこが次の敵のいる場所へのゲートじゃろうな」


 レイヴィアが、桜金色(ピンク・ブロンド)の髪をかきあげる。


「黒曜宮(マグレア・クロス)のラスボスの罪劫王ディアナ=モルスのいる場所までの近道はないんですかね?」


 ナギが、些かウンザリした表情を見せる。


「……こういう大規模術式構築型のダンジョンは敵の指定されたルートを通らないとダンジョン・マスターの場所まで到達できない」


 大魔導師アンリエッタが告げる。


「敵からしてみたら当然だが、私達をできるだけ損耗させたいだろうしな」


クラウディアが冷静な声で指摘する。


「一つ一つ、敵を倒していくしかないか……」


 ナギが、小さく吐息し、両手を上にあげて伸びをする。


その後、ナギは顔を引き締めた。


「さ、行こうか?」


 ナギが、仲間達に問う。

 全員が力強く頷いた。

 

  

 

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