第145話 魔神の力

 玉座の上で始皇帝が、身を乗り出した。そして、腐食した顔に、狂気に満ちた笑みを浮かべる。


「よくぞ来たな、魔神に刃向かう賊徒ども」


 始皇帝の声が殷々として、大広間に響く。 

 玉座の間は亜空間であり、広大だった。

 室内であるにも関わらず地平線が見える。

 天井も存在しない。


 ナギは始皇帝に一瞥をくれた後、六将軍たちを見た。

 ナギは拳を握りしめた。


 すでに六将軍たちは死んでいた。

 魔力や生命エネルギーを感じない。

やがて、六将軍たちは灰とかして崩れ、消え去った。


 ナギ、セドナ、レイヴィア、エヴァンゼリン、クラウディア、アンリエッタは、臨戦態勢のまま始皇帝に視線を投じた。


 全員の胸中に言い知れない嫌悪感が満ちている。


「六将軍の命をなぜ奪った?」


 ナギが、鋭い視線を始皇帝に投じる。


「予の力を増すためだ」


 始皇帝は平然として答えた。


「予の異能は、《聖餐(ミスティリオ)》。予は予の臣下の生命、魔力、知能、経験、技、記憶。全てを奪い尽くして吸収し、己の力に変える事が出来るのだ」


 始皇帝は、狂気を宿した声を響かせた。


「六将軍どもは予の糧となった。六将軍どもが喰らった予の兵士達の力をも予は己の力に変えた。予の魔力、生命エネルギーは既に貴様らを遙かに凌駕したぞ」


 始皇帝は玉座の上で身体を反らして、狂笑した。

 これ程、不快な笑声をナギ達は聞いた事がなかった。


「《聖餐(ミスティリオ)》か……。自分の臣下を食い殺して、力を得るなど恥ずかしいとは思わないのか?」


 ナギが、始皇帝に問うた。


「恥ずかしいだと? 何を言っている?」


 始皇帝の腐った顔が歪んだ。心底不思議そうに首を僅かにかしげる。


「予の臣下はすべからく予の道具。予の統べる帝国の民も同様に、予のための道具だ。道具は主人に献身して当然。いかに扱うかは予の心次第よ」


 始皇帝は心からそう断言した。

 ナギたちの双眸に憤怒が宿った。


「……もういい。お前は即座に討滅する。お前は存在するべきではない」


 ナギが神剣〈斬華〉を構えた。

 純白よりもなお白い神剣がナギの魔力に呼応して輝く。


「予を討滅だと?」


 始皇帝が、玉座からゆっくりと立ち上がった。

 二メートル近い長身から、黒いオーラが漂う。


「先程申したはずだ。予は既にお前達を凌駕しておると……」


 始皇帝の巨躯から魔力光が迸る。

 黒い邪悪な魔力光が、霧のように始皇帝の肉体から噴き上がる。


「くわえて、もう一つ教えておこう。罪劫王ディアナ=モルスが、予に与えた異能は《聖餐(ミスティリオ)》だけではない」


始皇帝の腐った顔から、凶悪な表情が浮かぶ。


「予は魔神の力の一部を付与されたのだ。貴様らに勝機があると思うなよ」


 始皇帝が漢服の剣帯から大剣を引き抜いた。

 秦帝国の皇帝の魔力が飛躍的に増大していく。


「魔神の力を得たか……」


 ナギが呟く。


『測定しました。始皇帝の言葉は事実です。今、始皇帝は魔神の恩寵を与えられ、魔神の力の一部を付与されています!』


 メニュー画面が、緊張に満ちた声をあげる。


(始皇帝のステータスは?)


『ナギ様よりも僅かに上です! お気を付け下さい!


名前:始皇帝

種族:準リッチー

年齢:不明

性別:男性

レベル:157

物理攻撃力 :2300000

物理防御力:3560000

速度:39000

魔法攻撃力 :1400000

魔法防御力:450000

魔力容量:無限に均しいため、計測不可能。

守護神:魔神。

恩寵スキル:《聖餐》《魔神の加護》 』


始皇帝のステータスが、表示された。

 それは明らかに相葉ナギを上回るステータスだった。


『撤退を視野に入れてください。ナギ様は先の戦闘で疲弊しておられる。危険です!』


 メニュー画面の声に恐怖に近い感情が滲んでいた。


『始皇帝は奸智に長けています。


 まず、六将軍を召喚して、自分の能力を確かめる。

 その後、死霊兵団を大量に召喚してナギ様たちと戦わせる。

 その過程でナギ様たちを疲労させる。

 疲労させた後、再度六将軍を召喚して、死霊兵団を喰わせる。


 その後、始皇帝自身が六将軍を喰らって、その魔力と生命エネルギーの全てを消化し、吸収してレベルアップする。


 自身の力と魔神の付与の力を持って、確実にナギ様のステータスを凌駕してから戦いを選択する。これ程老獪な敵はいません!


今、始皇帝は六将軍の魔力、生命エネルギーだけでなく、技、経験、戦闘スキル、思考、経験までをも消化、吸収して自分のモノとしました。今一度申し上げます。撤退も視野に入れてください!』


 メニュー画面が、怯えたようにナギに勧告する。


(確かに老獪だな)


ナギは平静な声で答えた。


(だが、安心しろ。すぐに倒す。怯える必要はない) 


 ナギは冷静きわまりない語調で言った。

 メニュー画面は暫く押し黙ると、


『ご武運を……』


 と言い残して消えた。

 始皇帝は狂笑を発し続けた。


「素晴らしい、これが予の力。そして、魔神の力か! 今なら、天地全てを飲み込めそうだ!」


 始皇帝の長身から黒い魔神のオーラが、迸り続ける。

 猛悪極まりない魔力光だった。


 魔神の魔力光は底知れぬ程、冥く、果てしなく淀み、果てしなく強い 奈落の底から噴き上がるような異形のオーラ。


 全てを絶望の淵に誘う絶望の具現化だった。


 ナギの後ろに控えるセドナ、レイヴィア、エヴァンゼリン、クラウディア、アンリエッタは魔神の魔力を間近に見て、冷や汗を浮かべた。


 地獄が湧き上がるような魔神の黒い魔力光に気圧される。

 一人、ナギだけが冷静な顔で神剣〈斬華〉を脇構えにしていた。


「俺が一人で倒す。全員、退避してくれ」 


 ナギが、背後にいる仲間に声をかけた。


「ナギ! それは無茶じゃ!」


 レイヴィアが叫ぶ。始皇帝の魔力は尋常ではない。とてもナギが単騎で倒せるとは思えない。


「レイヴィア様の言うとおりだよ! 全員で戦うべきだ!」


 エヴァンゼリンもレイヴィアに同調する。


「一対一とは潔いが、時と場合によるぞ」


 クラウディアが言う。


「……袋叩きにするのが最適解」


 アンリエッタが杖を両手で構える。


「心配いらない。すぐに倒す。下がっていてくれ」


 ナギが微笑を含んだ声でいう。

 その声は穏やかで、かつ迫力に富んでいた。


 レイヴィアたちは視線を交錯させた。

 ナギの事は信頼している。だが、本当に任せていいのかどうか……。


「ナギ様の仰せの通りに致します」


 セドナが微笑しつつ頭を垂れる。

 そして、飛翔魔法を使って浮かぶと後方に退避した。


 セドナが退避したのを合図に、レイヴィア、エヴァンゼリン、クラウディア、アンリエッタも迷いながらも退避する。


 やがて、セドナたちは後方二キロまで下がった。


「セドナ、なぜお前は真っ先に退避したのじゃ?」


 レイヴィアが、セドナに問う。

 シルヴァン・エルフの少女は夢のような微笑を浮かべた。


「ナギ様が、『一人で倒す』と仰ったからです。なら、ナギ様は一人で勝てます。私はナギ様の事を信じていますから」


 セドナは、銀鈴の声で答えた。

 銀髪金瞳の少女の圧倒的な信頼。 


 ナギへの信仰に近い崇拝に、レイヴィアは感心した。

 横にいるエヴァンゼリンは、なぜか悔しさを覚えた。


(ボクは……。そこまでの信頼をまだ寄せていなかった……)


 エヴァンゼリンは拳を胸の前で握りしめた。

 エヴァンゼリンもナギが好きだ。


 そして、ナギを信頼している。 

 だが、セドナほどの信頼をナギに持ち得なかった。


(これが、ボクとセドナの差か……)


 セドナもエヴァンゼリンも、同じ男を愛している。

 なのに差がある。


 灰金色の髪の勇者の心に、小さな痛みが走った。


 エヴァンゼリンの思いに気付いたクラウディアは、エヴァンゼリンの肩に軽く手をおいた。


「ナギは強い。だが、始皇帝に勝てるかな?」


 クラウディアは、そう述べてエヴァンゼリンの思いを現実に引き戻した。エヴァンゼリンの迷いを晴らすためだ。


「ナギは勝算があるようじゃがのう……」


 レイヴィアは腕を組んで、ナギと始皇帝を注視した。

 セドナはナギを見ていた。

 その金瞳には、一切の怯えも迷いもなかった。


(ナギ様は必ず勝つ)


 セドナは既に確信していた。なぜなら、ナギがそう言ったからだ。  

 




セドナたちの視線の先、ナギと始皇帝が対峙していた。


 始皇帝から、黒い魔神のオーラが噴き上がり、呼応して、ナギも白いオーラを発していた。


 ナギの守護神である女神ケレスとオーディンの神力。

 それを具現化した純白のオーラがナギの細身の肉体から噴き上がる。

 黒いオーラと白いオーラがせめぎ合い。

 空間を圧して鳴動させた。

 







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