第144話 共食い
死霊兵団は短時間で、その兵力を一割もなくしてしまった。
(どういう事だ。弱すぎる)
ナギは思った。ナギはセドナにもたれ、休みながら考える。
ナギの胸中に違和感がよぎる。
死霊兵団は確かに強大だ。だが、これだけの軍勢を召喚するくらいなら、もっと効果的な運用方法がいくらでもある。
なぜ、始皇帝はもっと戦略的に運用しようとしないのだ?
(まるで倒されるのを前提として召喚しているような……)
ナギは端正な顔に疑問の色を宿した。
セドナが目敏くそれに気付き、黄金の瞳をナギにむける。
セドナはナギに肩を貸し、腕をナギの腰にまわして密着した態勢のまま尋ねた。
「ナギ様、何かご懸念でも?」
銀髪金瞳のシルヴァンエルフの少女が問う。
ナギは自分を見上げるセドナを見て、心中で微苦笑した。
セドナの観察眼の鋭さに舌を巻く思いだった。
「いや、俺が考えすぎなだけだと思う。気にしないでくれ」
ナギはセドナに心配を掛けないように、あえてそう答えた。
疑問があっても、それに対する明確な答えがない限り人間は不安を抱く者だ。
ナギは妹のように思っているセドナに心配を掛けまいと、不安になる疑問を口に出すのは避けた。
セドナは、わずかに懸念を覚える表情をその美しい顔に浮かべた。
だが、ナギを慮って何も言わなかった。
やがて、レイヴィア、エヴァンゼリン、クラウディア、アンリエッタの攻撃で死霊兵団は、さらにその兵力を減少させていった。
二十分後、死霊兵団の数が、三十万人ほどになった時、異変が生じた。
死霊兵団の陣形の中心部に、巨大な魔力の反応が出現した。
「攻撃をやめよ。様子見をするぞ」
レイヴィアは、エヴァンゼリン達に命じた。
百戦錬磨の大精霊の言葉に、エヴァンゼリンたちは素直に従う。
レイヴィアは戦術指揮に長けており、その手腕をこの場にいる全員が信頼していた。
アンリエッタは両手で黒い杖を握りしめると、魔法を発動した。
防御結界魔法が、顕現する。
アンリエッタの行使した球形の防御結界魔法が、ナギたちを包み込む。
大魔導師アンリエッタの防御結界魔法は堅牢であり、ナギたちはその中で、死霊兵団の陣形の中心部に出現した魔力反応を見た。
やがて、死霊兵団の陣形の中央部に、六つの人影が出現した。
その六つの人影を見て、ナギたちは軽い驚きを感じた。
「六将軍?」
ナギが呟く。
六つの人影の正体は先程倒した六将軍だった。
ナギ達の視線が交錯した。
「なぜ、再び、六将軍を召喚したんだ? ボクらに勝てない事がわかりきっているだろうに? 敵は何を考えているんだろう?」
勇者エヴァンゼリンが全員の思いを代弁した。灰金色の髪の勇者の言葉に全員が心中で賛同する。
始皇帝は召喚能力に長けている敵であることは既に十分理解している。
だが、召喚者が戦闘時に召喚をする場合、目的は一つしかない。
それは敵を倒すことだ。
既に六将軍の戦闘能力では、ナギ達に勝てない事は証明されている。 なぜ、六将軍を再度召喚したのだ?
ナギたちの胸中に疑念が渦巻く。
「何か妙だな……」
クラウディアが、冷静な声で指摘する。
「そうじゃのう。六将軍どもに違和感を感じるわい」
レイヴィアが、六将軍に視線を注ぎながら言う。
「六将軍たちが、人形みたいに見えるよ」
エヴァンゼリンが、灰色の瞳を細めた。
「確かにエヴァンゼリン様の仰せの通りです。顔つきも、雰囲気も自我を感じません」
セドナはナギに寄り添いながら言う。
ナギは注意深く六将軍たちを観察した。
確かにセドナ達の指摘通りだった。
六将軍たちは先程の召喚の時には自我をもって人間と変わらぬように見えた。
だが、今、再び召喚された六将軍たちは、まるで人形だ。
顔には表情がなく、瞳には知性も知能も感じられない。
六将軍たちは死霊兵団の軍勢の中央部に、幽鬼のように佇んでいた。 次の刹那、突如六将軍の肉体から不気味な赤い魔力光が迸った。
同時に、六将軍の肉体が、膨張する。
「何事だ?」
ナギの黒瞳に訝しげな表情がよぎる。
六将軍たちは、見る見るうちに巨大な肉の塊と化した。
頭部も、手足もない、肉団子のような異形の姿に成り果てる。
白い脂肪の肉塊と化した六将軍たちは、無言の内に蠢いた。
やがて、球形の肉塊と化した六将軍たちの身体から、触手が生えた。
無数の触手が、伸びて蛇のように蠢く。
やがて、触手は鞭のようにうねり、死霊兵たちを捕獲し出した。
「何をしているんだ?」
ナギが、不思議そうに独語した。
その直後、六将軍たちは触手で捕獲した死霊兵たちを、自分の肉体の中に埋め込み始めた。
「なんだ? 何をしているんだ?」
エヴァンゼリンが、驚きの声をあげる。
「……共喰い?」
アンリエッタが、赤瞳に不審な表情を宿す。
肉塊と化した六将軍たちは、無数の触手で死霊兵たちを捕縛し、次々に自分達の肉塊に埋め込み、喰らっていく。
やがて、六将軍たちはその身体を膨張させた。
アメーバのように膨れあがり、身体が数百倍、数千倍の規模で膨れあがる。
それはまるで肉塊の津波だった。
肉塊の津波に死霊兵団が、数万人単位で飲み込まれて食らい尽くされる。
「いかん! 奴ら、味方の死霊兵を喰らってレベルアップする気じゃぞ!」
大精霊レイヴィアが、鋭い声を発した。
全員の顔つきが変わった。
即座に攻撃態勢に移行する。
六将軍が再度召喚された理由は味方の死霊兵団を食らいつくし、レベルアップするためだった。
敵の真意を悟ったナギたちが、六将軍を仕留めようと動き出す。 だが、その時、既に肉塊の津波と化した六将軍たちは死霊兵団の全てを喰らい終えていた。
草原に脂肪の塊となった六将軍が湖のように広範囲に広がっている。 ナギが、攻撃のため神剣
〈斬華〉を振り上げた刹那、六将軍たちは一瞬で元の人間サイズに戻った。そして、転移して阿房宮に移動してしまった。
「ちっ」
ナギは舌打ちをした。
「すぐに追うぞ!」
ナギが命じた。
即座に、セドナたちは阿房宮に向かって飛翔した。
ナギたちは万里の長城を超えて阿房宮の前に着地した。
巨大かつ壮麗極まりない阿房宮が、ナギたちの眼前にそびえ立つ。
「ナギ、どうする?」
エヴァンゼリンが、パーティーのリーダーであるナギに作戦の指示を仰ぐ。
「始皇帝の位置は探査魔法で確認している。始皇帝は阿房宮の中央部にいる。皇帝らしく偉そうに玉座の間で、玉座にふんぞりかえっているんだろうよ」
ナギの声には怒気が滲んでいた。
ナギの胸中に冷たい憤怒が燃える。
始皇帝のやり口に反吐が出そうな思いだった。
自分の忠実な臣下である六将軍を召喚したのは良い。
だが、あのように意志なき人形にした上に、脂肪の塊のような醜い異形の怪物に変えた。
そして、あろうことか、味方である死霊兵団を喰わせてレベルアップをした。
死霊兵といえども始皇帝の臣下だ。
それを六将軍に喰らわせた。
生前は、六将軍も、死霊兵たちも始皇帝のために命を捨てて尽くした忠臣たちではないか。
それを道具のように使い捨てた。
(外道めが!)
ナギは心中で悪罵を放ち、神剣〈斬華〉を脇構えにした。
「ナギ、どうするつもりだ?」
クラウディアが問う。
「このまま阿房宮ごと始皇帝を討滅してやる。わざわざ阿房宮に乗り込む必要もない」
ナギが、魔力を込めた。神剣〈斬華〉が、ナギの魔力で白い光を放つ。 その時、声が響いた。
「魔神に逆らう反逆者どもよ。予の阿房宮をみだりに壊してくれるなよ」
始皇帝の声が、哄笑とともに響く。やがて、始皇帝の姿が、阿房宮の前に投影された。
幻の始皇帝の姿が、宙空に立体映像として浮かび上がる。
宙空に投影された始皇帝の姿は巨大だった。
ナギたちは幻の始皇帝に鋭い視線を飛ばした。
「汝らを予の前に招待しよう。予を討ち果たせる自信があるなら、この門を潜るが良い。もし、外から阿房宮を破壊すれば予は何処かへ、身を潜めるぞ。予が、そなたらには決して探せぬ場所へ身を隠せば、そなたらは少々困るであろう?」
始皇帝の幻が、笑声を発した。
ナギ達の前方に黒い円形の光が出現する。
始皇帝のいる玉座の間まで通じる転移門である。
ナギは、息を吐き出した。努めて冷静さを保ち、レイヴィアとアンリエッタに顔を向ける。
「レイヴィア様、アンリエッタ、あの転移門が罠である可能性は?」
ナギが問うと、レイヴィアとアンリエッタは即座に転移門を探査した。 練達の魔導師であるレイヴィアとアンリエッタは数秒で探査を終えた。
「罠はないのう」
レイヴィアが答える。
「……罠はない。確実に始皇帝のいる所まで行けると思う」
アンリエッタは、無表情のまま言った。
ナギは頷いた。
レイヴィアとアンリエッタほどの魔導師が保証するなら大丈夫だろうと判断した。
「始皇帝を斬る。いくぞ」
ナギは神剣〈斬華〉を握りしめたまま転移門にむかって歩き出した。
ナギの後にセドナ、レイヴィア、エヴァンゼリン、クラウディア、アンリエッタが続いた。
ナギたちは、始皇帝が用意した転移門を潜った。
レイヴィアとアンリエッタが保証した通り、罠はなかった。
ナギ達は、阿房宮の内部にある玉座の間に到達し、始皇帝を視認した。
始皇帝は三十段の階の上にある玉座に腰掛けていた。
そして、階の下に六将軍たちが、片膝をついて始皇帝に跪いていた。
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