第141話 激突

万里の長城の奥。

 そこには贅をこらした巨大な宮殿があった。 

 

 阿房宮(あぼうきゅう)である。

 南北515メートル。東西485メートル。

 高さ115メートルの本殿がある。


 本殿の広間は一万人が座れる広さを有しており、柱、床、天井は、金銀宝玉で装飾されている。


 本殿の周囲には、二百七十の宮殿が建設されており、その全てが回廊で連結されている。

 

 中国の歴史上最も壮麗かつ広大な宮殿であるこの阿房宮は、七十万人の罪人を酷使して建造された。


 一説によれば七十万人の罪人の内、二十万人が苛烈な労働に耐えきれず、死亡したと言われている。

 

 膨大な人間の死の上に築かれた阿房宮の奥。

 本殿の玉座の間で、始皇帝は玉座に腰掛けていた。


 始皇帝の視界の先に、円形の光が浮かび、そこにはナギ達と秦帝国の死霊兵100万の軍団の姿が映像として流れていた。

 

 始皇帝は玉座の肘掛けに肘をおき、頬杖をついて、ナギ達と秦帝国の死霊兵軍団を眺めていた。


 始皇帝のゾンビの如き顔に醜悪な笑みが浮かんだ。

 安全地帯から、他者の死を眺めること。

 それは始皇帝が生前から楽しみの一つとしていたことだ。


「六将軍どもも、少しは予の役に立ったのう……」

 

 始皇帝は独語した。

 始皇帝が六将軍を召喚したのは、自身の能力を正確に把握するためであった。


 始皇帝は、罪劫王ディアナ=モルスによって、輪廻の渦から、この異世界に召喚された。

 

 召喚された際に、既にして始皇帝は巨大な魔力と異能を身につけていた。


 だが、罪劫王ディアナ=モルスの招聘に応じて、魔神の配下として魂を売り渡した時、始皇帝は更なる強大な魔力と異能を授かった。

 

 始皇帝は、自身の異能を十全に活用し、把握するための準備体操として、六将軍を召喚してナギ達と戦わせたのだ。

 

 一流のスポーツ選手が、試合前にする準備運動と同じである。

 始皇帝にとって、臣下とは全て使い捨ての道具でしなかった。

 

 韓非子の人間性悪説を信奉し、人間の本性は悪であり、利己的にしか存在し得ないと信じる始皇帝にとって、他人は全て自分の餌でしかない。 始皇帝の思想は単純にして明解である。

 

 より多く奪い、より多く手に入れ、永劫に支配者として君臨すること。 罪劫王ディアナ=モルスに屈従して、臣下となったのも一時の方便である。

 

 いずれ、罪劫王ディアナ=モルス、魔神さえも越えて、自分こそが頂点に立って、この異世界の覇権を掌握する。


(予ならばできる。そして、予なら成し得る)

 

 始皇帝の腐った眼球に強い野心の光がよぎった。


  



◆◆◆◆◆◆ 





ナギ、セドナ、レイヴィア、エヴァンゼリン、クラウディア、アンリエッタは、武器を構えて眼前に迫り来る死霊兵の大軍を待ち構えていた。


 秦帝国の死霊兵数万が、万里の長城の胸壁を飛び越えて、大地に飛び降りる。


「メニュー画面」


ナギが言う。


『はい』


メニュー画面が答えた。


「あの死霊兵のステータスを教えろ」


『了解しました。

敵の個体名:秦帝国の死霊兵

レベル:25

物理攻撃力 :5400

物理防御力:6300

速度:7000

魔法攻撃力 :2800

魔法防御力:1500

魔力容量:78000 』 


「死霊兵にしては強いな」


 ナギが仕打ち未満の表情をつくる。


『死霊兵には、始皇帝と、罪劫王ディアナ=モルスをつうじて魔神の魔力が付与されています。


 一体一体の死霊兵が強く手強いです。どうかご用心を』

 メニュー画面の声に緊張が滲む。


「ナギ、作戦は?」


 エヴァンゼリンが聖剣を晴眼に構えながら問う。


「正面から死霊兵百万を叩き潰す! この状況で巧緻な戦術は取れない!」


 ナギは神剣〈斬華〉の柄を握りしめた。


「大雑把じゃが、それしかなかろうのうぉ」


 大精霊レイヴィアが、肩を竦めた。


「百万の軍団を迂回して、始皇帝を直撃して討滅するのは不可能か?」


 クラウディアが、提案する。


「……それだと後背を取られて、後で挟撃されて不利になる可能性がある。罠が複数ある場合、対処が遅れる危険性もある」


 アンリエッタが、杖の柄を地面にトンと打ち付けた。


「目の前の死霊兵百万を先に片づけるしかないかぁ」


エヴァンゼリンは端麗な顔に笑みを浮かべた。正面から堂々と戦うのは、灰金色の髪の勇者の最も得意とすることだ。


「行くぞ! 全力で死霊兵どもを討滅しろ!」


 ナギが号令し、全員の魔力が膨張した。

 ナギが、跳躍した。


 神剣〈斬華〉に魔力を込めて横薙ぎの斬撃を繰り出す。

 神剣〈斬華〉の剣閃にあわせて斬撃が飛ぶ。

 巨大な魔力を伴う斬撃が宙空を駆け抜ける。


死霊兵百万の前衛に、ナギの斬撃が衝突した。

 爆轟が弾けた。


 巨大な閃光が生じ、直後にナギの飛ぶ斬撃に直撃した死霊兵が、木っ端微塵に砕けて吹き飛ぶ。


 一撃で、5000名の死霊兵が粉砕されて消滅した。


 セドナが、《白夜の魔弓(シルヴァニア)》を構えた。

 そして、《眷臣(けんしん)の盟約(めいやく)》を発動し、ナギの魔力と連動させる。


 セドナの小柄な肉体に、ナギの巨大な魔力が満ちる。

 セドナは、《白夜の魔弓(シルヴァニア)》を構えて、魔法の矢を撃ち放った。


《水晶(クリスタリオ)の射手(マギカ)》


 セドナの魔法が発動し、魔力光で形成された矢が飛ぶ。


 セドナの矢が、飛来する途中で、無数の水晶の破片にかわり、死霊兵軍団に降り注ぐ。


 千を越える水晶の鋭利な破片が、死霊兵たちに突き刺さり、同時に水晶漬けになって固まり、地面に転がる。


 大精霊レイヴィアが、両手を胸の前に突き出した。


《氷(パゴス)爆(エグリクス)》


 無詠唱で発動された氷雪系の超位魔法が、レイヴィアの両手から迸る。

 刹那、死霊兵軍団の中衛で、大爆発が生じた。

 爆轟で大気が鳴動し、爆発の衝撃波で大地がゆれる。


 一瞬で、二千人の死霊兵が吹き飛ばされ、爆発に巻き込まれた死霊兵全てが、全身を凍てつかせた。


 死霊兵たちは氷の彫像とかし、直後、粉砕されて氷の欠片となって宙空に散った。


 エヴァンゼリンが、聖剣を突き出した。

 聖剣の先端が魔力光で光り出す。

 やがて、エヴァンゼリンは魔法を発現した。


《七色(エーダ)聖光芒(アイギオス)》


 勇者として世界の理に選ばれたエヴァンゼリンのみが仕える魔法。

 神聖属性の超位魔法が、発動される。


 七色に光る魔力光が、エヴァンゼリンのもつ聖剣の先端に集約し、直後に膨張して、閃光となって撃ち放たれる。


 空間を七色の魔力光が、レーザー光線のように走り抜ける。


 直径3メートルの魔力の光線、《七色(エーダ)聖光芒(アイギオス)》は、神聖魔法の属性を発動し、死霊兵を消滅させていく。


《七色(エーダ)聖光芒(アイギオス)》が、消えた後、死霊兵七千が、消滅していた。


 槍聖クラウディアは槍を大地に突き刺した。

 そして、両眼を閉じて魔力を練り込む。


《乱(ステロ)槍陣(スピアノス)》


 槍聖クラウディアが、魔法を発動した。

 刹那、秦帝国の死霊兵団の前衛部隊がいる足下に魔法陣が浮かびだした。


 地面に浮かび上がった多重魔法陣が、水色の魔力光を発して光り輝く。

 直後、魔法陣から無数の光の槍が、出現し、地面から突き出された。


 無数に林立する槍が、死霊兵を串刺しにし、同時に神聖魔法の属性で死霊兵たちが消滅していく。


 大魔導師アンリエッタが、杖を両手で構えた。

 白髪赤瞳の大魔導師は、巨大な術式を脳内で構築し、解き放った。


「《灼業(シャリア)の巨人(タイタン)》  


 大魔導師アンリエッタの詠唱が終わると同時に、大魔導師アンリエッタの前方から、巨人が出現した。灼熱の業火で形成された巨人が、大気を焼き焦がしながら屹立する。

 

 灼業(シャリア)の巨人(タイタン)は、巨大な双眸を、死霊兵軍団に向けた。




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