第140話 死霊兵

相葉ナギは、神剣〈斬華〉を鞘にしまった。

 セドナも《白夜の魔弓(シルヴァニア)》をおろして臨戦態勢をといた。


 ナギは万里の長城に黒瞳を投じた。

 そして、探査魔法で敵の気配を探る。

強大な魔力反応を万里の長城の奥に発見した。


(この空間の主だな)


 ナギはそう予測した。


「セドナ」


 ナギが、セドナに声をかける。


「はい」


 セドナはすぐにナギの隣に移動してきた。


「万里の長城の奥に、強大な魔力反応がある。恐らくこの空間の主だ」


「如何なさいますか? 私達だけで突入しますか?」


 セドナが問う。


「俺とセドナだけでも、勝てるとは思うが、慎重策をとろう。何か、厄介な罠でもあると困る。全員で、万里の長城を超える方が安全だろう」


 ナギが黒髪を手で整えた。


「はい。ナギ様の仰せの通りに致します」


 銀髪金瞳の少女が、答える。

 ナギは他の仲間達の周辺の魔力反応を探った。


 勇者エヴァンゼリン、槍聖クラウディア、大魔導師アンリエッタ、大精霊レイヴィア。


 他の四人に敵対していた六将軍の魔力反応がない。

 全員、無事に討ち取ったようだ。


(念話で、エヴァンゼリン達に呼びかけるか……)


 ナギが、そう思った刹那、凶悪な魔力が空に出現した。

 ナギが空を見上げる。


 同時に、セドナ。


 そして、勇者エヴァンゼリン、槍聖クラウディア、大魔導師アンリエッタ、大精霊レイヴィアも、空を見上げた。


 蒼穹が赤く不吉な色に変わり、直後、始皇帝のおぞましい姿が空に投影された。

 始皇帝は、豪奢な皇帝の衣装を纏っていた。

 顔に肌はなく、肉は腐り、眼球が剥き出しになっている。


「うっ」


 セドナはその醜悪な顔に嫌悪と恐怖を抱き、思わずナギの背中に隠れた。

 ナギは無言でセドナをかばい、始皇帝を見上げる。


「メニュー画面」


ナギがメニュー画面を読んだ。


『はい』


 メニュー画面が答える。


「あれはゾンビか? リッチーか?」


 ナギが問う。ナギが、リッチーかと思ったのは直感である。


『リッチーになりかけている状態。いわば未完成のリッチーです。完全なリッチーではありませんが、手強いですよ』


「それは分かる。嫌な感じだ」


 ナギが、嫌悪の色を瞳に浮かべた。

 始皇帝から発する猛悪な雰囲気が、空間全域に浸透していく。


やがて、始皇帝は口を開いた。

 ゾンビの如き醜悪な顔が避けるように口を広げる。


「我が名は、始皇帝。秦帝国の皇帝にして、魔神の臣下。やがて、永劫の命を魔神より授かる者」


 荘厳かつ醜悪な声が、空間に響き渡る。


 腹に響く声は紛れもなく支配者としての力を有している証拠だ。


「相葉ナギ、セドナ、勇者エヴァンゼリン、槍聖クラウディア、大魔導師アンリエッタ、大精霊レイヴィア。魔神の命により、そなたらの命をもらう」


 始皇帝が狂笑をあげた。

 狂った笑いだった。聞くものの神経を削り、嫌悪をかきたてる笑声。 ナギ達の胸に厭悪が渦巻く。

 やがて、始皇帝は狂笑を止めた。

六将軍の遺骸に視線を投じ、憎悪をあらわにする。


「六将軍ども。予の臣下でありながら、なんという醜態か……」


 始皇帝の眼球に憎悪が宿る。


「予の命令を果たせぬ者に存在する価値はない。劣弱な虫ケラども。少しは予の役に立ってから消滅せよ」


 始皇帝の異能が発動された。

 始皇帝の魔力が増長し、六将軍に異能が顕現する。

 六将軍の死骸が、始皇帝の魔力と異能で、わずかに動き出した。


「!」


 ナギ達はすぐに反応し、六将軍の遺体を見た。

 眼前に横たわる六将軍の遺骸が、変化していく。

 やがて、六将軍の遺体が、魔力光を発し、膨張し始めた。


「止めろ! 始皇帝! 死者を愚弄するな! 自分の臣下を何だと思っている!」


 ナギが、怒号した。

 始皇帝は、嘲弄で答えた。


「予の臣下は、予の道具。役に立たねば虫ケラと同じよ」


 始皇帝は、凶悪な笑声を轟かせた。

ナギ達全員の胸中に抑えがたい憤激が弾けた。 

 ほぼ同時に六将軍の遺骸から赤い魔力光が迸る。


「ちっ」


 ナギは舌打ちし、即座に待避した。

 刹那、六将軍の遺骸が大爆発を起こした。

 爆轟が轟き、赤い閃光が四方に弾ける。 

 土塵が宙空に吹き上がり、大気が鳴動した。


 ナギ、セドナ、エヴァンゼリン、クラウディア、アンリエッタ、レイヴィアは、爆発から逃れ、宙空に浮かんでいた。


 六将軍の遺骸があった場所は爆発で穴が空き、土塵が舞っていた。


「敵に傷一つ付けられぬか……。最後まで役に立たぬ者どもよ」


始皇帝は、消滅した六将軍に対して吐き捨てるように言った。

 ナギの黒瞳に殺意と憎悪が燃えた。


「始皇帝、お前だけは必ず殺す」


ナギの身体から魔力光が迸る。


「やってみるが良い。だが、予の前まで来れるかな?」


始皇帝の腐った肉体から、赤い魔力光が迸る。

 始皇帝の異能が顕現し、万里の長城の奥から無数の魔力反応が生まれる。


「これは……」


ナギは、万里の長城の奥の異変に気付いた。


「ナギ様、敵が万里の長城の奥に!」


 セドナも気付き、《白夜の魔弓(シルヴァニア)》を構えた。


「全員、集まれ! 敵が来る!」


 ナギが念話で全員に指令を発する。


 即座に、勇者エヴァンゼリン、槍聖クラウディア、大魔導師アンリエッタ、大精霊レイヴィアが、ナギの元に集結した。


 やがて、地響きが始まった。

 万里の長城が揺れ、大地そのものが揺れ動く。


「万里の長城の奥に敵じゃ! 凄まじい数じゃぞ!」


 大精霊レイヴィアが、叫ぶ。


「数は?」


 ナギが、神剣〈斬華〉を抜刀する。


「……100万以上」


 アンリエッタが、緊張をはらんだ声で告げる。


「100万以上?」  


エヴァンゼリンが、呆れたような表情を見せる。


「始皇帝の異能は召喚か」


 クラウディアが聖槍を構えた。

 槍聖クラウディアの予想は的中していた。

 始皇帝の異能は、『召喚』である。

 生前、始皇帝の臣下だった者を召喚して使役できるのだ。


 ナギ達はそれぞれ武器を構えて、万里の長城に向き合った。

 地響きが激しさを増す。

 やがて、万里の長城の城壁の上に、無数の兵士が現れた。


「死霊兵(デス・ウォリアー)か」


 エヴァンゼリンが聖剣を晴眼に構えた。 

 万里の長城の上に湧いて出た兵士は、秦の国の兵士だった。

 全員がゾンビで、身体は腐っている。

秦の国の黒い鎧兜で武装し、槍、剣、棍棒、盾を持っている。


 次から次へと、万里の長城の上に兵士達が湧き出す。

 100万以上の兵士が、梯子を登り、万里の長城の上に登っていくのだ。


 秦の国の兵士の死霊兵は動きが素速く、一体一体が、強い魔力と身体能力を備えていた。


「さあ、魔神に刃向かう痴れ者ども。予の軍団を倒せるかな?」


 始皇帝が、悪意に満ちた声を出す。


「すぐに倒すさ。首を洗って待っていろ。始皇帝」


 ナギが、神剣〈斬華〉を脇構えにする。


 同時に、秦の国の死霊兵が、万里の長城から飛び降りて、ナギめがけて突撃した。


 


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