第138話 李信(りしん)と桓騎(かんき)

 槍聖クラウディアと李信は、ともに槍で壮絶な戦いを繰り広げていた。 槍聖クラウディアの槍と李信の槍が、宙空で無数の火花を散らす。

 

 クラウディアの槍が、流麗な動作を描いて、連撃を繰り出す。

 上、下、右、右、左、下、右、下、上。


 応じて、李信の槍も動いてクラウディアの聖槍を弾く。

 両者は無言で戦った。

 戦いの最中、クラウディアは李信を観察する。


(この程度か? 奥の手はないのか?)

 

 クラウディアは注意深く洞察する。

 勇者エヴァンゼリンと違い、クラウディアは手加減するつもりも、情けをかけるつもりもなかった。

 

 これはクラウディアという水色の髪の少女が勇者エヴァンゼリンよりも戦士として、精神的に成熟していることを示していた。


 クラウディアの観るところ、李信は大した脅威にはなり得ない。

 ならば、何のために、この男はいる?


(時間稼ぎか。陽動か。それとも別の目的があるのか)

 

 クラウディアの戦士のカンが、不吉な警報を鳴らしていた。

 それは纏わり付く蜘蛛の糸のように水色の髪の少女の精神を絡め取っていく。 


(いや、カンだけで怯えても意味が無い)

 

 クラウディアは即座に切り替えた。

 今は眼前の敵を確実に倒すことだ。


「おい! 良い女だな、お前!」

 

 李信が、ふいに叫んだ。

 クラウディアは、李信を見た。

 李信の端正な顔に笑みが浮かんでた。

 その間も、クラウディアと李信は一秒間に十合以上も槍を叩き付け合っている。


「お前ほど強く、そして美しい女は滅多にいねぇぜ! お前は俺が見た中で二番目に強くて、美しい!」

 

 李信が、槍を繰り出しながら楽しそうに言う。


「一番目はだれだ?」 


 無意識にクラウディアは尋ねていた。

 槍同士の接触音が響き渡る。


「俺の女房だ!」 

 

 李信が堂々と答える。 


「そうか……」

 

 クラウディアは微笑した。

 そして、僅かに悔しがる自分を発見して驚いた。

 クラウディアは心中で苦笑した。


(私もまだまだだな……)

 

 クラウディアは自省する。そして、次の刹那、クラウディアの顔つきが真摯なものへ変わった。

 水色の髪の槍聖の身体から魔力光が、蒸気のように吹き上がる。 

 爆発的に攻撃力、防御力、速度、全てが跳ね上がった。

 クラウディアの槍が、閃光のように動いた。

 

 李信の槍を蛇のような動きで絡め取り、李信の身体のバランスを崩す。

 そして、容赦なく李信の心臓に槍を突き刺した。


「ぬうッ!」

 

 李信が呻いた。

 クラウディアの槍は正確無比に李信の心臓を破壊していた。

 李信の口から鮮血が吹き出る。

 李信は自分の胸に刺さった槍に瞳を投じた。

 そして、その後、瞳をクラウディアに向ける。


「容赦がねぇな……」

 

 李信が微笑する。


「ああ」

 

 クラウディアが、静かに答える。


「それでいい。嬢ちゃん。見事だ。あんたは良い女だ。俺が保証してやる」

 

 李信は、瞳に微笑を浮かべた。

 やがて、瞳を閉じて、後ろに倒れ込んだ。

 クラウディアは槍を引き抜いた。

 鮮血が舞った。

 クラウディアは静かに李信の遺体を見た。

 そして、小声で呟いた。


「お前もいい男だったぞ」

 

    



◆◆◆◆




大魔導師アンリエッタは、桓騎(かんき)と戦っていた。

 桓騎は、火炎の魔法を撃ち放つ。


 魔法で形成された火の矢が、百本以上宙空に出現し、大魔導師アンリエッタめがけて投擲される。


 だが、大魔導師アンリエッタは微動だにせず、詠唱破棄の魔法を唱えた。

 刹那にアンリエッタの前に巨大な水の壁が出現する。

 桓騎の放った火の矢は、アンリエッタが作りだした水の壁に衝突し、霧散した。

 アンリエッタには傷一つつけられない。

 

桓騎は鋭く舌打ちした。


 桓騎は、自身の魔法がアンリエッタには全く通用しないことを悟ると、巨大な棍棒を手に出現させた。


 鉄で出来た巨大な棍棒。

 重さは七十キロを超える。


 桓騎が生前、愛用していた棍棒である。

 桓騎はこの棍棒で数多の戦場を駆けてきた。

 桓騎は両手で棍棒を握ると、アンリエッタと対峙した。


「……無駄。止めた方が良い」

 

アンリエッタは静かに告げた。

 白髪赤瞳の大魔導師の顔に、憐憫の表情がよぎる。


「……貴方と私では戦闘能力に差がありすぎる。そんな棍棒ではどうにもならない……」

 

アンリエッタが、桓騎に赤い瞳を投じる。

 桓騎は棍棒を握りしめながら、口の端を歪めた。


「そうだな。だが、残念だが俺とお嬢ちゃんとでは、力の差がありすぎるようだ。俺の勝ち目はないだろうな」

 

桓騎は卑下するでもなく、淡々と事実を認めた。

 桓騎も歴戦の勇士である。

 実力差が隔絶していることはすぐに見抜けた。


「……なら、戦うのは止めた方がいい」

 

アンリエッタは、黒い帽子を直しながら言った。


「そういう訳にはいかねぇよ」  

 

桓騎が、苦笑する。


「俺は戦士だ。そして、お嬢ちゃんも戦士だろう? なら分かる筈だ。避けて通れぬ戦いはこの世にいくらでもある。これは俺の誇りをかけた戦いだ。逃げるわけにはいかん」

 

桓騎が、わずかに前進する。


「殺す気でこいよ。お嬢ちゃん。俺も全力でお嬢ちゃんを屠りにいくぜ?」

 

桓騎が、棍棒を握りしめる。

 アンリエッタは小さく頷いた。


 加減はしない。

 憐憫もしない。

 それがこの男に対する礼儀だろう、とアンリエッタは確信した。


「……分かった」

 

 大魔導師アンリエッタが、愛用の杖を両手で握った。

 暫し、アンリエッタと桓騎が対峙した。

 桓騎の魔力が膨れあがる。

 桓騎の巨躯に筋肉が隆起し、棍棒が強く魔力光を放つ。 


 アンリエッタも、魔力を体内で練った。

 ふいに桓騎が動いた。

 棍棒を両手で振り上げて、アンリエッタ目掛けて襲いかかる。

 同時にアンリエッタも魔法を発動させた。


〈光(アデラ)の槍(スピアノス)〉

 

 アンリエッタは、無詠唱で魔法を発動させた。

 アンリエッタの杖先から出た光の槍が、ビーム光線のように桓騎にむかって宙空を走る。

 光の速度に等しい攻撃魔法〈光(アデラ)の槍(スピアノス)〉が、桓騎の胸を貫いた。


 あまりに速く、桓騎はよける事すらできなかった。

 桓騎の胸に巨大な穴が空く。

 桓騎は、呻いた。そして、棍棒を取り落とし、そのまま前方に俯せに倒れた。

 桓騎が俯せに倒れたまま口を開いた。


「ありがとうよ。お嬢ちゃん……」

 

 やがて、桓騎は瞳を閉じた。

アンリエッタは、小さく頷いた。






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