第135話  六将軍

 始皇帝の異能は、始皇帝の祖国である秦の国の将兵を召喚し、超常の力を付与する能力である。


 始皇帝の魔導の発動とともに、歴代の秦帝国の歴史上で、最も強大な将軍たちが召喚された。

 

召喚された将軍は六名。


 王翦(おうせん)

 王賁(おうほん)

 蒙恬(もうてん)

 李信(りしん)

 桓騎(かんき)

 王騎(おうき)


いずれも、知能、胆力、軍略、武力に優れた名将たちである。

 彼ら六名は、始皇帝の座る玉座の階の下に、召喚され、片膝をついて跪いた。

 始皇帝は、皮膚のない醜悪な顔に、傲慢な色彩を浮かべた。


「汝らに命ずる」


 始皇帝の声が、阿房宮の玉座の間に響く。


「魔神の敵対者たる相葉ナギとその一味を鏖殺せよ。予の前に奴らの首を並べよ」

 

 始皇帝の命令に、六将軍が一斉に頭を垂れた。



 



 


万里の長城の前の草原地帯。

 相葉ナギは、魔力を察知し、万里の長城の上に視線を移動させた。

 

 ナギだけでなく、セドナ、大精霊レイヴィア、勇者エヴァンゼリン、槍聖クラウディア、大魔導師アンリエッタも、ほぼ同時に、万里の長城の上に視線を注ぐ。

 強大な存在は、それだけで魔力を発するため、魔力を隠していない限り察知できる。

万里の長城の上に立つ、六将軍は、いずれも強大な魔力の所有者だった。


「珍しい鎧と衣服ですね」

 

 セドナが、《白夜の魔弓(シルヴァニア)》を構えながら言う。 

 六将軍が、纏っている中華風の鎧兜は、非常に目新しいものだった。


「地球の古代に実在した秦という国の軍装だ。あの軍装は、将軍クラスのものだ」

 

 ナギが説明する。

 万里の長城の上の上に立つ、六将軍たちはいずれも、華美で豪奢な軍装を纏っていた。

 黄金、赤、青、緑など多才な色で装飾され、衣服の刺繍も華麗だった。

 秦の国は、軍装が黒で統一されていたが、上位の将軍たちのみは、黒以外の色の軍装を許された。

 いわば特権であり、国家に貢献した偉大な将軍たちは、独自の鎧兜を特注で作ることを王から認められていたのだ。

 その事からすると、あの六人は相当な高位の武将であり、将軍クラスであると、ナギは全員に説明した。

 

 ナギは万里の長城の上に立つ、六将軍たちを観察した。

 六将軍たちが、持つ闘気と佇まいから彼らが歴戦の勇士であることは一目で分かる。

 武を生業としていた者だけが持つ、特有の空気を全員が身に纏っているのだ。

 同時に、ナギ達に対して、明確な殺意を持っていることも分かる。


「紛れもなく敵だね」 

 

 勇者エヴァンゼリンは聖剣を構えた。エヴァンゼリンも練達の戦士である。敵の殺気くらいはすぐに読める。

 エヴァンゼリンと同様に、全員が臨戦態勢を取る。


「敵は六人だ。一人一殺でいくぞ」

 

 ナギが命令する。

 全員が承諾して頷く。

 次の刹那、六将軍が、瞬間移動に等しい速度で、万里の長城の上から降りた。そして、ナギ達の前に降り立つ。

 六将軍たちは、草原の上に立ち、武器を構えた。

 剣、槍、棍棒、戦斧、薙刀を持ち、ナギ達を窺う。

 ナギ達と六将軍の魔力が膨張し、大気が震えだした。


「……先手必勝」 


 大魔導師アンリエッタが、物騒な言葉を放ち、同時に超位魔法を発動させた。


《炎帝(クラウド)の巨槍(ティタニアス)》

 

 3000度を超える高熱の炎が宙空に出現し、巨大な槍の形をとる。

 そのまま、大魔導師アンリエッタは軽く杖をふる。

 杖の動作と呼応して、


《炎帝(クラウド)の巨槍(ティタニアス)》

 

 が、六将軍めがけて襲いかかった。

 50メートルをこえる炎の槍が、宙空を走り抜ける。

 巨大な爆発が生じた。

 爆轟で大気が鳴動し、ナギ達の耳朶を撃つ。

 大地が、地面ごと抉り取られ、燃えさかる。

 吹き上がる巨大な炎が竜巻のように空間を埋め尽くす。

 

 六将軍は、《炎帝(クラウド)の巨槍(ティタニアス)》が爆発する直前に飛翔して退避した。

 六将軍は個別に散開し、それをナギ達が、バラバラになって追う。

 期せずして、ナギの思惑通り、一対一の状態になった。

 



 六将軍の内の二人。王翦(おうせん)と王賁(おうほん)が宙空を飛んでいた。

 それをナギとセドナが追う。

 

 やがて、王翦と王賁が、大地に降り立つと、ナギとセドナも降り立つ。

 先程の地点から、十キロ以上離れた場所だった。

 ナギとセドナは、油断なく構えて王翦と王賁を観察する。

 ナギの黒瞳が、王翦と王賁を見据えた。

 王翦と王賁はともに身長百八十センチをこえる巨漢だった。

 

 紀元前500年から、西暦一千年まで中国人の平均身長は、百五十五センチ程度と言われている。

 当時の秦の国の感覚からすれば、巨人のような体躯の持ち主だ。

 王翦も、王賁も、筋骨隆々としており、無駄な脂肪がない。歴戦の戦士の身体である。

 

 王翦は大剣を武器にしている。

 王賁は、巨大な槍である。

 王翦は三十歳前後。王賁も、三十歳前後。

 これは、最盛期の肉体で召喚されたためである。

 

 男の肉体は三十歳前後が一番強い。

 ナギは、興味深げに黒瞳を細めて、秦の国の将軍に問うた。


「一応、名前を聞いておこうか?」


 ナギが問う。


「我が名は王翦。偉大なる秦の国の将なり」

 

 王翦が、大剣を握りしめて静かに答える。


「我が名は王賁、王翦の息子にして、秦の国の将軍」

 

 王賁が、槍を構える。


「王翦と王賁か!」

 

 ナギの秀麗な顔に驚きの表情がよぎる。

 王翦、王賁は、ともに歴史上の名将である。 

秦の国に代々仕える名門の武家の一族出身で、王翦は父親。

 王賁は、王翦の息子である。

 

 王翦も王賁も始皇帝に仕え、秦国の天下統一事業に多大な貢献をした宿将中の宿将である。

 ナギは、歴史に精通しており、わずかな興奮を覚えた。


 王翦は史料によれば、忠義にあつく、温和で、部下達の前でよく軽口や冗談を口にする親しみやすい性格だったそうだ。

 王賁は、思慮深く、戦術と謀略に長けていたという。

王翦と王賁がいなければ始皇帝は天下を統一できなかったとも言われている。


「歴史的な名将に会えて光栄だ」

 

 ナギは神剣〈斬華〉を油断なく構える。

 セドナも《白夜の魔弓(シルヴァニア)》に魔力で形成した矢を三本、つがえた。


「尋ねたいことがある。この空間の主は始皇帝か?」

 

 ナギが、問う。


「如何にも、我らが主は今も昔も始皇帝陛下以外にはおわさぬ」

 

 王翦が、巨体に相応しい太い声で答える。


「なるほどな……。今ひとつ尋ねる。できればお前達と戦いたくない。剣をひいてくれないか?」

「それは出来ぬ」

 

 王翦が、即座に拒絶した。


「我らは主命に従うのみ」

 

 王賁も野太い声で応じる。


「そうだな。そうでなくてはな……」

 

 ナギは了承し、神剣〈斬華〉を脇構えにした。

 セドナが、《白夜の魔弓(シルヴァニア)》を王賁の眉間に定める。


「下らないことを言った。許せ。……さあ、存分に戦おう」


 ナギは微笑を浮かべた。

 王翦が大剣を上段に構えた。

 王賁が、セドナに対峙して槍を、セドナの首にむける。

 ナギは王翦と向き合い、セドナは王賁と向き合う。

 これは王翦の方が、わずかながら王賁よりも強いことをナギが察知したからだ。

四人の肉体から魔力が吹き上がり、大気が振動する。

 やがて、王翦が動いた。


「殺(シャア)!」

 

 王翦が、奇声とともにナギに大剣で襲いかかる。

 ほぼ同時に王賁も、セドナにむかって跳躍し、槍を繰り出した。





王翦の大剣が、ナギめがけて振り下ろされる。

 ナギは王翦の大剣を軽々と受け止めた。

 王翦は手首をひるがえすと、半身になりながら横薙ぎの斬撃を繰り出す。

 

 ナギは二撃目も軽く弾き返した。

 王翦は、始皇帝から付与された魔力を膨張させて戦闘能力を上げる。

 

 そして、一秒間に十回という連撃をナギに叩き込んだ。 

 ナギは微笑して、王翦の連撃を受け流し、防ぎ止め、弾き返す。

 王翦は確かに強かった。

 王翦の戦闘力は、ドラゴンを一撃で殺傷できるレベルである。

 

 だが、ナギの戦闘能力は桁が違った。

 ナギと王翦では内蔵されている魔力量が違いすぎるのだ。

 王翦の魔力の総量はナギの百分の一にも満たない。

 また、ナギと王翦では魔力を抜きにした剣技においても、ナギの方が遙かに力量が高かった。

 王翦は紀元前の剣術を使用している。

 だが、ナギが祖父・相葉光延から習った津軽神刀流は、王翦のいた時代から二千年以上も後代の剣術である。

 

 剣術は本質的に進化するものである。 

 津軽神刀流は、戦国時代より編み出された剣術であり、その後も代々、進化をし続けてきた。

 二千年前の王翦の剣技と、その後も絶え間なく進化してきた津軽神刀流の免許皆伝であるナギでは、剣技のレベルが違いすぎた。

 ナギは王翦の大剣を華麗に受け止め、全てを防ぎきる。

 ナギの身体に王翦は触れることさえも出来ない。


「卿は強いな……」

 

 王翦は攻防の最中、ナギに告げた。


「嬉しい言葉だ。感謝する」

 

 ナギは静かに言った。

 降参しろ、とは言わない。

 それは王翦という名将にたいして非礼である。

 ナギは剣士としての節度と礼儀をもって、王翦を全力で斬り殺す義務がある。

 それが王翦への敬意である。

 

 ナギは、全身をひいた。

 それは絶妙のタイミングだった。

 王翦の身体が前方に流れる。

 まるでナギの目の前に吸い寄せられるように、王翦の肉体が差し出された。

 ナギは神剣〈斬華〉を横薙ぎにふった。 

 神速の斬撃が王翦の首を切り飛ばした。

 王翦の無骨な顔に瞬間、微笑が浮かんだ。

 それは敵手であるナギにたいする敬意と満足感によるものだった。

 

 王翦にとって戦いとは神聖なものである。

 敬愛する主君・始皇帝のために戦い。そして、死ぬ。

 王翦は、武人の本懐を遂げたのだ。

 王翦の首が地面に落ちた。

 同時に王翦の巨躯が地面に倒れる。

 

 ナギは神剣〈斬華〉に血振りをくれると、鞘に収めた。

 そして、王翦の地面に転がった首にむかい、心中で一礼した。


 


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