第131話 氷竜(アルケディアス)
ナギが、八神光輝を倒した事を、エリザベートは即座に感知した。
八神光輝の生命反応が消えたからだ。
(あの無能者め!)
エリザベートは、美貌に怒りと侮蔑の表情をたたえた。
(せっかく私の能力で、八神を隠していたのに!)
八神光輝がナギでさえも探知できない程うまく隠れていたのは、エリザベートの《空間操作》能力によるものだった。
完全に現象空間から途絶し、肉体を隠蔽することで、魔力反応や生命反応を消すことが出来る。
エリザベートはわざわざ、八神光輝のために、三日以上も術式を練って、発動させた魔法だった。
それを八神光輝は、ナギにたいする憎しみで判断を狂わせ、隠れるのを止めて正面からナギと対峙してしまった。
(本来なら、私と八神光輝のコンビネーションで攻撃と防御を行う筈だったのに)
エリザベートは計画が台無しになったことに憤激し、八神光輝を激しく呪った。
だが、エリザベートは即座に思考を切り替えて、眼前にいる四人の少女たちとの戦闘に傾注した。
大精霊レイヴィア、勇者エヴァンゼリン、槍聖クラウディア、大魔導師アンリエッタ。
彼女達は間断なくエリザベートに波状攻撃を加えていた。
「氷竜(アルケディアス)!」
大精霊レイヴィアが、自身の魔法の中でも最強レベルの超位魔法を放った。
大魔導師アンリエッタが、味方に被害が及ばないよう球形の魔法障壁をはって、自身とエヴァンゼリン、クラウディアを護る。
大精霊レイヴィアの魔力が、巨大な氷の竜を形成した。
体長一キロにも及ぶ、氷の竜が顕現する。
冷気が暴風と化して大気を埋め尽くす。
天も地も空間さえも凍てつき、大精霊レイヴィアと氷の竜を中心として、半径五キロに渡り冷気が空間を埋め尽くす。
氷の竜が吼えた。
青く輝く氷竜が、エリザベートにむかって躍りかかる。
巨大な顎が開かれ、氷の牙が光る。
エリザベートに氷の竜が激突した。
同時に、エリザベートの周囲の空間が、絶対零度にまで落ちる。
絶対零度とはm、−273.15 ℃を指す。
原子の振動を最低レベルにまで引き下げ、全てを氷結して、凍てつかせる。
敵を分子結合レベルで破壊する凶悪無比な超位魔法。
それが、《氷竜(アルケディアス)》である。
爆轟が響いた。
冷気が、暴風となって荒れ狂い、雪嵐の如き爆音が亜空間を振動させる。天空が凍てついて雲が凍り、密林と大地が瞬く間に氷結する。
氷の嵐。
その中心にいるエリザベートは、妖艶な顔に笑みを浮かべた。
冷笑が、エリザベートの顔を彩る。
《氷竜(アルケディアス)》の攻撃は、エリザベートに届かず、彼女に傷一つつけられなかった。
紫色の髪の吸血鬼は、またも空間操作を行い、《氷竜(アルケディアス)》の衝撃と攻撃力を空間ごと遮断したのだ。
「まだじゃ!」
レイヴィアは防がれるのを読んでいた。
いかにエリザベートの能力が強くとも、空間操作を行う度に魔力、体力、精神力は消費する。
そして、意識の集中が削がれる。
次の空間操作を行う時に隙が出来る。
その隙に攻撃をあててエリザベートを倒す。
それが、レイヴィアの目論見だった。
桜金色(ピンク・ブロンド)の髪の精霊は、即座に魔法を展開させた。
《凍土(セブリア)の魔槍(クロス)》
レイヴィアの魔力によって、エリザベートの周囲に千の氷の槍が出現した。
エリザベートの全周囲を包囲し、隙間なく氷の魔槍が、宙空に浮かぶ。
鋭い氷の槍の先端が、エリザベートに向けられていた。
そして、間髪入れずに、エリザベートにむかって、千の魔槍が襲いかかる。
(魔法の展開が速い。さすが、大精霊ね)
エリザベートは、舌打ちした。
《氷竜》のような超位魔法を撃った直後にすぐにこれだけの魔法を展開するとは恐るべき技量だ。
エリザベートは襲いかかる氷の魔槍を観た。
エリザベートも、レイヴィアも知覚・思考速度は常人の数万倍であり、自分に襲いかかる氷の槍を観て、防御方法を思考した。
(これは躱しきれない)
エリザベートは即座に判断し、《時間遅延》を発動した。
千の魔槍の速度がわずかに落ちる。
そのわずかな速度の低下に乗じて、エリザベートは魔槍を細剣(レイピア)で破壊して、後方に逃げた。
そして、レイヴィアと、五百メートルほど距離を取る。
「時間遅延か……」
レイヴィアは、秀麗な顔に緊張の色をたたえた。
(なんという厄介な能力者じゃ。空間の操作だけでも脅威なのに、時間までも操るとは!)
自分の攻撃がここまで防がれたのは初めだ。
(このまま攻撃を続けても、ダメージを与えるのは至難じゃろうな)
しかし、波状攻撃を間断なく続けて、エリザベートの魔力、体力を消耗させる。
もしくは、隙を見いだすか。
その位しか、攻略方法が思い浮かばない。
レイヴィアの胸中に焦慮と緊張が満ちる。
その時、ふと声がした。
「浮かない顔ですね、レイヴィア様」
ナギとセドナが、レイヴィアの隣に現れた。
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