第130話 人間の条件

 ナギは顔に微笑を浮かべた。

 そして、魔法障壁を展開させる。

 曼荼羅のような強大な魔法障壁が、ナギとセドナの身体を覆い尽くして護る。

 

 五六〇〇のレーザー光が、ナギの魔法障壁に激突した。

 レーザー光は、魔法障壁の前に飛散し、霧消する。


「馬鹿な!」

  

 八神光輝は、コクピット席で瞠目した。

 五六〇〇のレーザー光の直撃を受けても、ナギの魔法障壁は小揺るぎもしなかった。


 常識を超越するナギの戦闘力に八神光輝は、青ざめ思考が停止する。

 その間隙を縫って、ナギは神剣〈斬華〉を、脇構えにした。

 数瞬で膨大な魔力がナギに集まる。

 神剣〈斬華〉が、極光をまとい光り出した。

 大気が鳴動し、ナギの周囲の空間が震え出す。


「ふわわっ」

 

 セドナは、若干パニックになって腕で顔をかばった。

ナギは横薙ぎの斬撃を放った。


 津軽神刀流奥義、〈神閃(しんせん)〉。


 横薙ぎの斬撃で、兜ごと敵の頭蓋を断ち切る斬撃技。


 女神ケレスと軍神オーディンの魔力を用いて放たれた津軽神刀流奥義・〈神閃〉が、流麗な剣閃を描いて宙空を切り裂く。

 

 神剣〈斬華〉から派生した斬撃が飛び、戦略機動兵器〈クシャトリヤ〉に襲いかかる。


 亜空間に静寂が舞い降りた。

氷のような静かな静寂。 


 次いで、戦略機動兵器〈クシャトリヤ〉の銀色の表面に光が走った。

 満月を思わずクシャトリヤの表面に横一文字に光が走り抜ける。

 次の刹那、爆轟が響きクシャトリヤが両断された。


「ふわ~」

 

 セドナは夢幻的な美貌に、驚きの表情を浮かべた。


 直径1126メートル。重量53億トンの巨大兵器が、眼前で真っ二つに両断されて墜落していく。


 浮力を失ったクシャトリヤは、八秒後、地面に落下し爆発した。

 地面と大気が揺れ動き、爆発音が耳を聾する。

 ナギは黒い瞳を地面にむけた。


「なんだ、存外脆いな」

 

 ナギは拍子抜けしたように呟いた。


「ナギ様、凄いです」

 

 セドナは尊崇の表情でナギを見た。


「大したことじゃない。それに、全て女神ケレス様とオーディン様という二柱の神の力あってのことだ。俺の実力によるものではないよ」


「いいえ、ナギ様でなければ二柱の神の力を使いこなすことなど出来ません」

 

 セドナも、女神ケレスや大精霊レイヴィアから恩寵を授かる身だ。

 神の力をもらっても、それを利用できるのは本人の器量次第なのだ。


 ナギが重ねてきた津軽神刀流での鍛錬が土台にあってこそだと、セドナはよく理解できる。


 事実、八神光輝は、あれほどの能力を全く生かせていないではないか。


「改めて尊敬申し上げます。ナギ様」

 

セドナは心から言った。


「ありがとう。だが、讃辞は八神光輝を倒してからにしよう」

 

 ナギは微笑して、地面に下降した。

 セドナもナギの後をおって地面に降り立つ。

 密林が燃え上がり、平原が出来上がっていた。


 クシャトリヤが落下衝突した衝撃で地面が抉れ、樹木が燃えたのだ。 巨大な残骸とかしたクシャトリヤが地面に横たわり、銀色の山となっている。


「壊れた兵器などスクラップに過ぎないな。再生利用できれば良いんだが……、勿体ない……」

 

 ナギは地面を歩きながら、感知魔法で四方を探った。

 やがて、八神光輝の生命反応を感知した。

 拳銃の発砲音が響いた。

 ナギは神剣〈斬華〉を逆袈裟に振り上げた。

 剣閃が走り、弾丸を吹き飛ばす。


「そこにいたのか」

 

 ナギが視線を投じた。

 その視線の先に八神光輝がいた。

 全身に傷を負い、西部劇のような古くさい銃を手に握っている。

 どうやら、魔力が低下すると八神光輝は、強力な武器を召喚できないようだ。


「うおおおお! 寄るんじゃねェ! 化け物ォオオオオ!」

 

 八神光輝はパニックになって、拳銃を猛射した。

 ナギは避けることすらしなかった。

 ナギの魔法障壁が、弾丸を弾き飛ばす。

 八神光輝の拳銃の銃弾が尽きた。

 八神光輝は、なおも拳銃を撃ってガチガチとならす。    


「ぐ、おお……」

 

 八神光輝は、拳銃を手から滑り落とした。

 恐怖が八神光輝に襲いかかり、顔が蒼白になる。


「八神光輝、言い残したいことはあるか?」

  

 ナギは、最低限の礼節を護り尋ねた。


「く、来るな! 来るんじゃねェ! 化け物!」

 

 八神光輝は、恐怖に腰をぬかして後退りする。 


(なんなんだ! この化け物は!)

 

 有り得ない、と八神光輝は思う。

 戦略機動兵器クシャトリヤは原子力空母を凌駕する超兵器だ。

 核攻撃でさえも弾き返すクシャトリヤを人間が、一撃で両断するなど有り得る訳がない!


「お、お前は何なんだ!」

 

 八神光輝が叫ぶ。


「なんだと言われてもな」

 

 ナギは困ったような顔をしつつ、神剣〈斬華〉を握り、八神光輝に歩み寄る。


「この御方は相葉ナギ様です。世界で最も偉大で美しい英雄です。そして、私の最愛の御方です」

 

 セドナが薄い胸を反らして、自慢するように言った。


「セドナ。それは褒めすぎた……。俺はそんな大した人間じゃない」

 

 ナギは、頬を染めてセドナを見る。


「いいえ! ナギ様は偉大です!」

  

 セドナは断言して、黄金の瞳をナギにむける。

 ナギは恥ずかしくなって頬をかいた。

 そして、八神光輝に顔をむけ、神剣〈斬華〉を振り上げる。


「八神光輝。繰り返すが、言い残すことはあるか? ちゃんと聞いてやるから言え」

 

 ナギが静かに尋ねる。


「ま、待て! お、俺を殺すつもりか?」

 

 八神光輝が、尻餅をついて後退る。


「当然だろう。お前は何をしたと思っている? 前世では多くの女性を強姦して辱めた。この異世界においては殺人を犯した。そして、俺に殺し合いを挑み、敗北した。死ぬのが道理だろう?」

 

 ナギは冷静に、優しいとも思える声音で告げる。 


「ま、待て! お、俺は人間だぞ? お前と同じ人間だ!」

 

 八神光輝は叫んだ。


「それは知っている」

  

 ナギが、静かな声で言う。


「な、なら、俺を殺せば殺人だぞ! それは理解しているだろう! 俺を殺すのは違法だ! お前は地球人だ! 刑法や人権思想が理解できる筈だろう?」

  

 八神光輝は、口から唾を飛ばして絶叫した。


「違法ではない。地球であっても、正当防衛による殺人は認められており、合法とされている。また、戦争における殺人も合法だ。これは近代国家の常識であり、国際人道法によっても合法だと明言されている」


 ナギが、法学を主張すると、八神光輝は呻いた。ナギの理論は法学的に正当であり、反論の余地がない。

 

 正当防衛による殺人、戦争による殺人は合法である。

 それが近代国家の常識であり、国際人道法の理念である。

 八神光輝は、心から恐怖した。まさか、相葉ナギという少年が、ここまで法学的な知識を持っているとは予想外だったのだ。


「ま、まて、法律論は確かにお前が正しい! だが、お前の良心はどうなる? 俺は人間だぞ? お前は人を殺して良いと思うのか? 人を殺す罪悪感に永遠に苦しめられるぞ! それでも良いのか?」

 

 八神光輝は、ナギの良心に訴えだした。法律論で論破された以上、良心に縋る以外に生き残る道はなかった。


「お前は勘違いをしているな」

  

 ナギは黒髪をふった。


「俺はお前を人間とは認めていない」

「な、なんだと?」

 

 八神光輝が叫ぶ。


「俺は祖父に尋ねたことがある。『人間の条件とは何か? 人間と動物の違いとは何か?』……」


 ナギは神剣〈斬華〉を上段に構えた。美しい古流剣術の構えだった。

 一分の隙も無い、人を殺すためだけにある構え。


「祖父曰く、『人間の条件とは、他人に対する愛情と優しさを持っている者。それを持たない人間は獣と同じ。畜生に過ぎないとな』」


「なっ、何だと?」

 

 八神光輝は、絶句した。あまりにナギという人間の価値基準に驚愕する。


「お前は人間ではない。俺にとっては虫ケラと変わらない。罪悪感など微塵も感じない」

「お、俺が虫ケラだと!」

 

 八神光輝は、怒号した。怒りが八神光輝の胸中をどす黒く濁らせる。


「そうだ。もし、生まれ変わり、人間になれたら善行を積んで、他人に対する優しさを持て。そうしたらお前を人間として認めて、敬意を払い尊敬してやる」

 

 ナギの神剣〈斬華〉が振り下ろされ、変化して横薙ぎの斬撃となって走った。

 八神光輝の首が切断されて地面に落ちた。

 

 死の瞬間、八神光輝は痛みを感じなかった。

 ナギの剣技は、痛みを発する時間を与えなかった。

 死ぬ直前、八神光輝は思った。


(『人間の条件とは、他人に対する愛情と優しさを持っている者。それを持たない人間は獣と同じ。畜生に過ぎない』)


  その言葉が、八神光輝の精神に衝撃を与えていた。

 人間の条件が、愛情と優しさだと?

 

 それは八神光輝の人生観の根底を覆すものだった。

 八神光輝にとって、人間の条件とは、強者になり、より多くの欲望と快楽を得ることだった。

 

 高い学歴、高い地位、強大な権力。より多くの財貨。

 それらを手にして、より多くの欲望と快楽を貪ること。

 それが、人間の条件であり、八神光輝の思考基準だった。

 

 東京大学でヤリサーを設立し、女を犯したのは、八神光輝にとっては当然だった。

 その方が、多くの欲望を満たせる。

 

 生まれ変わって、異世界に来てから、魔神軍に属したのも、その方がより多くの欲望と快楽を得られるからだ。


 八神光輝は、富裕な家に生まれ、祖父母、両親ともに東京大学出身のエリートであり、『勝利して、奪い取り、支配することこそが人間の条件』だと祖父母と両親に教え込まれてきた。

 

 それこそ、幼稚園児の頃から、『勝者』となることを義務づけられた。

 東京大学を卒業し、財務省に入り、高級官僚となり、老後は天下りをする。

 八神光輝の父は言った。 


「俺のように財務省に入り、財務官僚になれば政治家でさえも頭を下げてくるぞ。そして、老後は天下りをして、10年で10億円貰える。これ程美味しい商売はない。お前は東京大学を卒業して財務省に入れ」

 

八神光輝の母は言った。


「良い? 学歴こそが大事なの。東京大学卒業して、財務省に入らないと財務省での出世はないの。財務省の次官になるには東大閥じゃないと無理なのよ。田中角栄ほどの英傑でも、東京大学卒業という肩書きがないから、生涯東大閥から忌避された。日本では学歴こそが大事なの。ろくでもないけどそれが事実なのよ」

 

 両親は幼稚園児の頃から、八神光輝にそう教育した。

 だから、俺は東京大学に入った。 


(誰も、俺に『愛情や優しさ』なんて、教えてくれなかったじゃねェか)

(なら、今、俺が殺されたのは両親のせいか?)

 

 八神光輝は、思った。

 いや、違う。

 ふいに八神光輝は両親の記憶を思い出した。


「日本は、頑迷な国でな。未だに学歴が幅をきかせる。俺も自分が東京大学を卒業しているから偉いなんて思ってはいない。でも学歴がないと、浮かび上がれないのは事実なんだ。俺はお前に苦労して欲しくないんだ」

 

 父親が俺にそう言った。


「学歴がなくても就職に関係ないなら、貴方も無理して東大に行く必要がないのよ。でも、学歴が高くないと、就職で不利なのよ。だから、無理してでも東大を卒業して欲しいの。私達に出来ることは貴方に高い学歴をつけてあげることくらいだから……」

 

 母親は俺にそう言った。

 両親はともに不器用だった。

 言葉が足りなかったかも知れない。 

 だが、両親は俺を幸せにするために、俺に勉強をさせてくれた。

 そして、東大に行かせてくれた……。


 

 俺は確かに愛情を受けていた……。

 愛情を受けていたのに……。なんで、俺は他人に愛情を向けられなかった?

 俺は、どうして間違えた?

 

 ああ、そうか……。

 俺は、東大に入って嬉しかった。

 そして、慢心して傲慢になった。

 自分が偉いと勘違いした。

 偉くなったと思い込んだ。

 

 女を犯しても許されるとまで増長した。

 そして、人間としての心をなくしたんだ……。

 傲慢と増長が、俺を蝕んだ。

 そして、他人を踏みつけても良いと思った時、俺は人間ではなくなったんだ……。

 

 そうか……、他人のせいじゃない。俺は自分で良心を消したんだ。

 人間であることを止めてしまったんだ……。 

 痛い……。胸が痛い。

 自分が死ぬから苦しいんじゃない。 

 今になって、殺した人達の痛みが伝わってくる。

 ごめんなさい……。

 俺は、なんていうことを……。

 


もし、生まれ変わったら……。次は人間として生きて、人間として死のう……。

 他人に優しくして、労りをもって生きていこう……。

 決して他人を傷つけないようにしよう……。

 


 死ぬ時に人間として生きたと誇りをもって死ねるように……。

 

 父さん、母さん、ごめんなさい……。

 俺、間違えたよ……。 

 

 

  

 


 









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る