第129話 戦略機動兵器〈クシャトリヤ〉

 八神光輝は、この時、亜空間の中に隠れていた。

 吸血鬼エリザベートの空間操作能力によって、身を隠しており、隠れながら、相葉ナギとセドナの戦闘を観察していた。


(化け物かよ。あの野郎はよォ)

 

 八神光輝は、ナギとセドナの戦闘能力に驚愕していた。

 1万機のF-22戦闘機を一瞬で消滅させるなど常軌を逸している。

 F-22戦闘機が、一万機もあれば、アメリカ空軍と戦っても、空戦においては圧勝できる。


(あいつの戦闘能力は、アメリカ空軍より上かよ)

 

 八神光輝は、震えながら言った。 


(相葉ナギ。あいつを甘く見ていた)

 

 前回、ナギの戦いが精彩を欠いたのは、あくまで人質がいたからだったのだ。

 もし、人質がいなければ、ナギはその絶大な能力を存分に駆使して、八神光輝と吸血鬼エリザベートを鏖殺しただろう。

 人質がなく、全力で戦えるナギの強さに八神光輝は、背筋の震えが止まらなかった。


(だが、まだ負けが確定したわけじゃねェ)

 

 八神光輝の顔に、陰惨な表情が浮かび上がった。 


   




 突如、大気が震えだした。

 密林の亜空間全体が、振動する。


「なんだ?」

 

 ナギが、宙空を見据えた。


「セドナ、注意しろ。何かくるぞ」


 アルフォンスが、注意を即し、神剣〈斬華〉を構える。


「はい」 

  

 セドナが油断なく《白夜の魔弓(シルヴァニア)》に矢をつがえる。

 更なる巨大な激震が、空間に走り抜けた。

高度八千メートルの宙空で、空間が歪み、鳴動する。

 やがて、空間の歪みが消えた時、そこに巨大な銀色の球体が出現した。

 ナギは口笛を吹いた。


「凄いなこいつは……」

 

 ナギは本心から感心して独語する。


「随分と大きいですね……」  

 

 セドナは黄金の瞳に、驚くというよりも呆れたような表情を浮かべた。

 ナギとセドナの視線の先。

 そこには、直系一キロをこえる巨大な超兵器が浮かんでいた。

 

 その超兵器の名は、〈クシャトリヤ〉。

 戦略機動兵器である。  

二十一世紀には存在しない兵器。

 

 西暦2237年に実用可能となる最新鋭兵器だった。

 ナギがいた時代の地球では、まだ開発設計段階の兵器の一つにすぎない。

 アメリカ国防総省の技術スタッフは、将来的に開発できる可能性がある兵器を日夜思案している。

 

 それは有り体にいうならば、「現在の科学技術では不可能だが、未来においては、開発できるのではないか?」という兵器を想像し、図面化するということである。

 

 戦略機動兵器〈クシャトリヤ〉は未来の兵器だった。

 八神光輝の兵器召喚能力の最強スキルは、「未来の兵器」さえも、召喚できるという点だった。

 今、八神光輝は、戦略機動兵器〈クシャトリヤ〉の中、コクピット席の中にいた。

 八神光輝は、クシャトリヤのコクピットの中で、口の端を歪めた。


「聞こえるかァ~? 相葉ナギ」

 

 八神光輝の声が、音声スピーカーで増幅されて、亜空間の中に響き渡る。


「これが、俺の奥の手だァ~。この戦略機動兵器〈クシャトリヤ〉は、本来ならば、西暦2237年に実用可能となる筈だった超兵器だ~」

 

 八神光輝の声には、圧倒的な優位を確保したとの愉悦が滲んでいた。


「正々堂々の勝負をしようぜェ~。相葉ナギ~」

 

 八神光輝は、コクピット内で、視線を移動させた。

 八神光輝の眼球の動きに応じて、無数の画面が浮かび上がる。

 そして、ナギとセドナにカメラの焦点が合う。


「この〈クシャトリヤ〉の性能を少しだけ教えてやるぜェ~。この〈クシャトリヤ〉は直径1126メートル。重量は、53億トン。タングステン合金、超硬度セラミカル、アラミド結晶合金の多重装甲で覆われている。

 5600の大口径レーザー砲を初め、あらゆる兵器が搭載されている破壊の化身だ」

 

 八神光輝は、自身の兵器に酔い、長舌をふるう。


「核兵器でも破壊不可能な防御力。地球を七十二時間で焦土にかえる攻撃力。まさに人類史上、最強最悪の超兵器だ」 

 

 戦略機動兵器〈クシャトリヤ〉が、動き出した。


「さあ、行くぜェ~。相葉ナギィ~。テメェ~に斬られた腕の仇を取らせもらう!」


 八神光輝は、コクピット内で、クシャトリヤに思念を送った。

 クシャトリヤが、八神光輝の脳波と脳内の電気信号を受け取り、八神光輝の意志通りに動き出す。

 

 破壊の化身。人類が生み出した最強最悪の超兵器が、相葉ナギとセドナを殺すためだけに動き始めた。


(すぐにブチ殺してやるぜェ~。相葉ナギィ~!)


 八神光輝は、勝利を確信していた。

いかに、相葉ナギが、強くとも所詮は人間。

 このクシャトリヤほどの超兵器に勝てるわけがない。 

 すぐに捻り殺してやる!





  その時、ナギは、端正な顔に微笑を浮かべていた。


(愚かな奴だ)

 

 とナギは思う。 


(あのまま、隠れていれば良かったものを、わざわざ姿を現すとはな)

 

 既にナギは感知魔法で、八神光輝の居場所を特定していた。

 八神光輝は、間違いなくあの戦略機動兵器〈クシャトリヤ〉の中心部にいる。

 ならば話は簡単だ。

 〈クシャトリヤ〉を破壊して、八神光輝を倒せばいい。


「まさか、わざわざ出てくるとは思いませんでした。あのまま隠れていれば向こうが有利だったのに……」

 

 セドナが、ナギの傍らで言う。


「それが、八神光輝という男の欠点だ。元々の頭は悪くない筈なのに、客観的に自他を見ることが出来ない。だから、ああいう愚かな戦術を取る。哀れだな」

 

 ナギは、八神光輝という男の心理を洞察しきっていた。


(八神光輝は、ダークトライアドの気質をもっている)

 

 と、ナギは見抜いていた。

 

 ダークトライアドとは心理学用語である。

 マキャヴェリズム

 ナルシシズム

 サイコパス

三つのパーソナリティ特性の総称である。

 

 俗に悪の気質、持っていては危険な精神的性質と呼ばれるもので、これらを持つ者は、他者と社会に著しい被害を与える傾向が強いとされている。

 いずれも、他人にたいする共感の欠如、対人敵意、対人攻撃性を有しており、自他を客観視しにくい性質を持つ。

 

 ダークトライアドに陥る最大の原因は、遺伝ではない。

『他人に対する愛情』『弱者に対する思いやり』。これら、善なる精神の欠落から生じるのだ。

 

 八神光輝は、幼少期から他人を見下し、自己愛を肥大化させた。

 そして、ついにはレイプ犯にまで墜ちて、自己の精神と魂を救い難いほどに堕落させたのだ。

 精神の堕落が、本来は明敏だった筈の知能までも曇らせた。


「哀れだな」

 

 ナギは心底そう思い、神剣〈斬華〉を構えた。

 〈クシャトリヤ〉が、大口径レーザー砲の砲門を開いた。

 5600門のレーザー砲が、ナギとセドナに標準をむける。

 一つのレーザー砲だけで、原子力空母を一撃で破壊する威力を有する。


「蒸発しちまえや!」

 

 八神光輝は、レーザー砲を発射した。

 5600門のレーザー砲が一斉に、レーザー光線を放出した。 

 5600条のレーザー光線が、宙空を切り裂いて、ナギとセドナに襲いかかった。

 

 

  


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