第127話 焦慮

 その頃、大精霊レイヴィア、勇者エヴァンゼリン、槍聖クラウディア、大魔導師アンリエッタは、エリザベート・バートリーと戦っていた。 事前の打ち合わせどおりである。

 

 八神は、あまりにも彼女たちと相性が悪すぎる。

 そして、八神とエリザベートのコンビネーションは危険すぎた。

二人を分断して、各個撃破するのが戦術的に最適解だった。

 

 密林の亜空間。

 地平線まで見える広大な密林の世界。

 そこで、エリザベート・バートリーと、エヴァンゼリンたちは激しい戦闘を繰り広げていた。

 エリザベート・バートリーの放つ衝撃波が、密林の世界を振るわし、勇者エヴァンゼリンたちを吹き飛ばす。


「チィっ!」 

 

 大精霊レイヴィアは舌打ちして、後方に退避した。

 勇者エヴァンゼリン、槍聖クラウディア、大魔導師アンリエッタも、エリザベート・バートリーから距離を取る。


「強いね」

「ああ、予想外だ」  

 

 勇者エヴァンゼリンと槍聖クラウディアは当惑しつつ、エリザベート・バートリーを見据えた。

 空中に浮かぶエリザベート・バートリー。

 その周囲をエヴァンゼリンたちは、包囲していた。

だが、《時間》と《空間》を操るエリザベート・バートリーの魔法に苦戦していた。


「《氷神(パゴス)の竜巻(トルナド)》」 

 

 大精霊レイヴィアが、魔法を吸血鬼エリザベート・バートリーに撃ち放つ。 氷の暴風が、出現しエリザベート・バートリーに襲いかかる。 エリザベート・バートリーは碧眼を投じると、《空間破壊》を発動した。


《氷神(パゴス)の竜巻(トルナド)》が、展開されている空間、そのものを破壊する。 

 大気が震え、空間が、エリザベート・バートリーによって破壊されて消滅する。

 空間の消滅と同時に、大精霊レイヴィアに生み出した《氷神(パゴス)の竜巻(トルナド)》が、消滅してしまう。

 

 エヴァンゼリンとクラウディアが無言でエリザベート・バートリーに襲いかかった。

 エヴァンゼリンの聖剣と、クラウディアの聖槍が、エリザベート・バートリーに襲いかかる。

 

 エヴァンゼリンの聖剣は正面から、袈裟懸けに、エリザベート・バートリーを襲った。

 槍聖クラウディアは背後から、エリザベート・バートリーの背中に正確に心臓めがけて、聖槍を刺突する。

 エリザベート・バートリーは、右手に細剣(レイピア)を出現させて、正面の勇者エヴァンゼリンの聖剣を受け止めた。


「!」 

 

 エヴァンゼリンの灰色の瞳に驚愕の色彩が浮かぶ。

 まさか自分の聖剣を受け止められるとは予想外だった。

 一体、どうして、エリザベートごときに自分の聖剣が止められたのだ

 

 その理由は、エリザベートの空間操作だった。

 エリザベートは空間ごと固定し、エヴァンゼリンの聖剣の斬撃の威力を殺したのだ。

 エヴァンゼリンの攻撃の質量とエネルギーを空間固定で、減少させる。

 そうなるとエネルギーは減殺されて力を失うのだ。

 ほぼ同時に、クラウディアは聖槍ごと弾かれて後方に吹き飛んだ。


「ぐうっ!」

 

 クラウディアは口から血を出した。

 頬が斬れたのだ。


(触れることもできない!)

 

 クラウディアが歯噛みした。

 これも、エリザベートの空間固定だ。

 クラウディアの身体を空間ごと吹き飛ばしのだ。

 いかなる攻撃でも空間を利用する。

 全ての存在は無機質、有機物を問わず、空間を使用して運動エネルギーを生じさせる。

 その空間を操るエリザベートの力は恐るべき威力を発揮した。


(まずい。此奴、前回戦った時よりも遙かに強くなっておる!)

 

 大精霊レイヴィアは、胸中で焦りを吐露した。

 どのようにして、レベルアップしたのかは不明だが、吸血鬼エリザベートの魔力と戦闘能力は、飛躍的に向上している。


(ここで仕留めなければ手に負えなくなる!)

 

 大精霊レイヴィアは桜色の瞳に強い光をよぎらせた。

エリザベート・バートリーは、吸血鬼である。

 時空間を操る能力に加えて、吸血鬼の能力まで十全に使用できるようになれば、どれだけ恐るべき存在になるか分からない。

なんとしてでも今、討ち取らなければ!

その思いは、この場にいる全員が共有した。


「……全員、退避して」

 

 大魔導師アンリエッタが、膨大な魔力を集中させはじめた。

 あまりの巨大な魔力に亜空間の大気が鳴動する。

地球に匹敵する巨大な密林の世界。

 その世界が、大魔導師アンリエッタの魔力で振動する。


「はやく離脱しろ!」

 

 大精霊レイヴィアが、危険を察して怒鳴る。

 エヴァンゼリンもクラウディアも、アンリエッタの恐るべき魔力に恐怖を覚えながらその場を離れた。

 エヴァンゼリンたちは、全力で飛行して離脱する。 

 大精霊レイヴィア、エヴァンゼリン、クラウディア、三人が五十キロ以上、距離を開けた時、アンリエッタの紅色の双眸が光った。


《黒(マーブロー)き虚(アキア)ろな棺(フェレトロー)》    

 

 大魔導師アンリエッタは、魔法を撃ち放った。

 重力魔法の最上位階攻撃魔法:


《黒(マーブロー)き虚(アキア)ろな棺(フェレトロー)》。

 が発動し、エリザベート・バートリーに襲いかかった。

 

 球形の巨大な重力の渦が、ブラックホールのように発生する。

 大魔導師アンリエッタの最大レベルの魔力を込めた破壊の魔法。

 魔法で造られた魔導ブラックホール。

 

 空間を歪曲させ、時間の法則をねじ曲げ、光さえも飲み込む破壊の化身。

 その究極的な重力の渦が、吸血鬼エリザベートに強襲する。

 空間を押し潰しながら、重力の渦が、エリザベート・バートリーに接近した。

 

 エリザベート・バートリーは、碧眼に冷笑を浮かべた。  

女吸血鬼は艶麗な笑みとともに、豊満な身体から魔力を放出した。

 次の刹那、《黒(マーブロー)き虚(アキア)ろな棺(フェレトロー)》が、停止した。

 エリザベートが、空間操作を利用して、止めたのだ。


「!」

 

 大魔導師アンリエッタの瞳に信じがたいと言った表情が浮かんだ。  

 最上位階攻撃魔法を停止させるなど、魔導理論で考えて有り得ない。 エリザベート・バートリーは、


「返すわよ。おチビさん」

  

 と大魔導師アンリエッタに嘲弄をかえした。

 同時に、《黒(マーブロー)き虚(アキア)ろな棺(フェレトロー)》が、大魔導師アンリエッタにむかって、襲いかかる。

  

 投げつけたボールがかえるように、大魔導師アンリエッタにむかって、魔導ブラックホールが、押し返される。


「くうっ!」 

 

 大魔導師アンリエッタは、即座に《黒(マーブロー)き虚(アキア)ろな棺(フェレトロー)》の術式を解除した。 

 発動させるのと同量の魔力を使用して、《黒(マーブロー)き虚(アキア)ろな棺(フェレトロー)》を解除する。

 

 魔導ブラックホールは大魔導師アンリエッタによって解除されて消滅した。

 アンリエッタは肩で息をした。


(……魔力と精神力を無駄に消費した……)

 

 アンリエッタは、焦慮を端麗な顔に浮かべた。


 

 

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