第121話 リーダー

 食べ終わると全員が暫く幸福感に満ちた顔でソファーの背にもたれた。

 ナギがコーヒーを全員に配り、静かにコーヒーを飲む。


「食べてなんだか楽になったよ」

 

 エヴァンゼリンが、落ち着いた声で言った。


「ああ、なんだか肩のこりや妙な緊張がとけた気分だ」


 クラウディアが、ほっとした表情を見せる。


「……美味しいご飯は最高の薬」


 アンリエッタが、コーヒーを片手に言った。


「うむ。儂もなんだか暗鬱な気分が晴れた。礼を言うぞナギ。そなたは本当に優秀な男じゃ。強い上にこれだけ上手い料理が作れる男はおらぬぞ」


「褒められると照れますね」

 

 ナギは微笑してコーヒーを一口飲むと口を開いた。


「さて、じゃあ、これからの俺たちがすべきことを考えるか」

「ああ、頼むよ。リーダー」 

 

 エヴァンゼリンがナギに言った。


「リーダー?」

 

 ナギが首を傾げる。


「ああ、そうさ。今回の件で思い知った。ナギ、君がリーダーになって僕たちを引っ張っていってくれ。僕らは君たちに従うよ」

 

 エヴァンゼリンが、灰色の瞳をナギにむける。


「いや、しかし、エヴァンゼリンは〈勇者〉だろう? 君がリーダーになるべきでは……」

 

 ナギが言うと、エヴァンゼリンは蒼灰色の髪を振った。


「僕はナギの戦闘能力、判断力、指揮統率力に遠く及ばないよ。この中で最もリーダーに相応しいのは君さ」


「私もそう思う。何せ、私もエヴァンゼリンも情けないことに今回の襲撃ではおくれをとって何も出来なかった……。ナギ、君が私達を導いてくれ」


 クラウディアが、薄青の瞳に賞賛の念を込めながらナギを見る。


「……私もナギにリーダーになってもらいたい」

 

 アンリエッタも賛同する。


「いや、しかし、僕は……。一番の年長者はレイヴィア様でしょう? レイヴィア様がなさるべきでは?」

 

 ナギが、桜金色(ピンク・ブロンド)の髪の精霊を見やる。


「儂は無理じゃよ。儂は参謀や裏方が得意なタイプでな。それにナギは神に選ればれし者。そなたがリーダーになるのに相応しい。儂は喜んでナギに従う」


「私はいつでもナギ様の御命令に従います!」


 セドナが嬉しそうに手を挙げる。


「困ったな……。リーダーなんてガラじゃない」

 

 ナギは肩を竦めた。


「諦めろ。そなたしか出来ぬ。これは運命じゃよ。さて、リーダー。今後儂らはどうするべきじゃと思う?」

 

 レイヴィアが、真剣な顔で問う。


「……まずは、曙光作戦が決行されるか、それとも延期されるかを早めに見極めたいですね。それによってこちらも大きく対応がかわる」

「うん。その通りだね」

 

 エヴァンゼリンが賛同する。


「流石はナギ様です」

 

 セドナが感心する。


「クラウディア。この中では貴方が一番、政治に強そうだ。曙光作戦は五カ国の力がないと実行されない。どうなると思う?」

 

 ナギがクラウディアに問う。


「五王の内、三人が死亡した。曙光作戦は中止もありえると思うぞ」


 クラウディアが、答える。クラウディアはコーヒーを飲むと、語を継いだ。


「王が死ぬというのは当然ながら大惨事だ。死亡した三人の王の国は王の崩御を理由に曙光作戦から離脱するやもしれん。そうなると曙光作戦は確実に中止だな。五カ国全ての力を結集しないと〈北の大地〉に遠征なぞできるわけがない」


「もし、曙光作戦が決行されるとしたら?」

 

 ナギが尋ねる。


「そうだな……。生き残った二人の王の指導力と決意の強さ。そして、死亡した三人の王たちの後継者の意気込みと器量しだいだろうな。もし、再び魔神軍に暗殺されることに怯えるようなら、曙光作戦は中止されるだろう」

 

 クラウディアは嘆息した。


「でも、曙光作戦の中止はまずいのでありませんか?」

 

 セドナが恐る恐る聞く。


「そりゃあ、マズイじゃろうよ。それは即ち戦意の喪失じゃからな。曙光作戦を中止したい、と怖じ気づくような王たちなら、もう五カ国は魔神軍と戦う気迫を失うじゃろう。王が死を覚悟して戦うという意気込みがなければ戦争などできん。配下の貴族も平民も戦う気力が湧かぬ」

「そ、そんな……」 

 

 レイヴィアの言葉にセドナが怯えた。


「では後継者に気概ある英雄がいたら?」

  

 ナギがレイヴィアに黒瞳を投じた。


「気概ある英雄がいたら何とかなるじゃろうがな。ようは全て人材じゃからの」

「では英雄の気質がありそうな後継者に率先して動いてもらいましょうか」

 

 ナギはコーヒーを優雅な動作で飲んだ。


「英雄の気質……、カイン皇子かい?」

 

 エヴァンゼリンが身を乗り出す。


「ご名答。カイン皇子なら、父の敵を討とうと率先して動く筈。あの人は魔神軍に命を狙われるのに怯えるような惰弱な人間じゃない。それにグランディア帝国は大陸最大の国家なんだろう? なら政治力を生かして、他の王や貴族たちを動かす手腕も手管もあるだろう」

 

 ナギの主張に全員が感歎し、尊敬の眼差しをむけた。


「凄いね。ナギはやっぱり指導者の器だ」


 エヴァンゼリンは感心して言った。


「うむ。やはり私の目に狂いは無かったな」


  クラウディアが心底嬉しそうに言った。


「……政治的なことに頭が回る人間は少ない。凄い……」


 アンリエッタが、赤瞳に讃辞の色を灯す。


「だてに苦労していないのう。大したもんじゃわい」

 

 レイヴィアが微笑する。


「ナギ様は本当に偉大な御方です」

  

 セドナは心から言った。


「あまり褒められると失敗した時が怖いな」

 

 ナギは苦笑すると宝物庫(アイテム・ボックス)から、お菓子を取り出した。


「さて、食後のお菓子を食べようか。食べながら魔神の倒し方を考えよう。考えることは山ほどある。糖分をとって頭を働かせてくれ」  


 ナギはテーブルの上に、チョコレートムースのケーキを置いた。

美味しそうなチョコレートムースケーキに全員の視線が釘付けになった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る