第120話 ピザ 

「八神光輝を取り逃がしたのはまずかったなぁ……」

 

 と、ナギはこぼした。

 八神光輝だけでも殺害するか、捕縛しておくべきだった。


「近代兵器の召喚。これは非常に危険な能力だ」

「ナギが危惧するほど危険なのかい?」 

 

 エヴァンゼリンが問う。


「ああ、何せ地球の兵器には核爆弾なんてものもあるからな」

「それは……。どのくらいの威力なんだ?」


 エヴァンゼリンが、蒼灰色の瞳に緊張を色を浮かべる。


「二十万人を一瞬で殺傷するくらいの能力がある」

 

 ナギが言うと、エヴァンゼリンたちは瞠目した。


「それは凄まじいな」

 

 クラウディアが、言う。


「……禁術魔法と同程度のレベル……」

 

 大魔導師アンリエッタが、白髪の前髪を弄りながら言う。


「いや、核爆弾どころじゃない。もっと危険な兵器や汎用性の高い兵器もある。やはり、八神光輝だけでも確実に仕留めるべきだった……」

 

 ナギが、黒髪をかいた。


「ナギ。自分を責めるな。人質がいる状態じゃし、エリザベート・バートリーの異能による阻害もあった。時間や空間を限定的にしろ操作するとは恐るべき手練れじゃ。人質を取り戻して、強敵二人を退散させただけでも武功じゃぞい」

 

 レイヴィアがナギを慰める。


「レイヴィア様の仰る通りです。ナギ様はご立派です」

「……褒めてくれてありがとう。少しは気が紛れる……。さて、今後の作戦だけど、罪劫王ディアナ・モルスは本当に奸智に富んでる気をつけないとな」

 

 ナギが、嘆息しながら長い足を組み替えた。


「そうじゃな、ああいう異能を持った大勢の使徒がこれから襲撃してくるじゃろう。警戒は怠れん」


 レイヴィアは桜金色(ピンク・ブロンド)の長い髪を手で梳いた。


「あの……曙光作戦はどうなるのでしょうか?」


 セドナが、おずおずとした口調で問う。

 曙光作戦は北方の大地。魔神の支配領域に人類側の橋頭堡を作る大作戦である。これが延期ないし中止されれば人類側の士気と戦意は一気に低下するだろう。

だが、実行するにしても、五王の内の三人が兇弾に倒れ、死亡してしまった。

 

 五王は、

ヘルベティア王国国王イシュトヴァーン。

 アーヴァンク王国国王マクシミリアン。

 エスガロス王国国王アルミナス。

 オルファング王国国王イーバル三世。

 グランヴァニア帝国皇帝カスタミア


この内、アルミナス王、イーバル三世王、皇帝カスタミアが、死亡し三カ国は混乱の渦中にある。

 どうなるのか予想もつかない。


「三人も国家君主が一度に死亡するなど前例のないことだ。曙光作戦がどうなるのか予想もつかない」

 

 槍聖クラウディアが、水色の髪をふった。


「俺はこの世界の政治について詳しくはないんだが、王が死亡した場合はどうなる?」

 

 ナギが問う。


「まずは王の葬儀とともに、次代の王を決めることとなるね。うまく決まれば良いが、決まらない場合は内戦になることも珍しくないよ」

 

 エヴァンゼリンが、溜息まじりの声を出す。


「内戦ですか……」

 

 セドナが黄金の瞳に悲しげな光を浮かべる。


「ああ、王位継承とは常に争乱と紙一重のものだ。もちろん、うまく継承がすめば平和裏に終わる。だが、幾人もの王子が、王位に名乗りを上げて、玉座をかけて殺し合うなどよくある話だ」

 

 クラウディアが、やや皮肉な口調で言った。


「よくある話じゃ困るな」 

 

 ナギが迷惑そうに言う。


「市井の庶民でも、親が死んで相続争いで紛争するなど日常茶飯事だ。ましてや、争うのは王位。紛争が起こるなど当然だろう?」

 

 クラウディアが、大人びた顔に苦笑を浮かべる。


「確かにクラウディア様の言葉は正しいですが、何も今、こんな時期に……。一致団結しなくてはなりませんのに……。曙光作戦が成功したら、勝機が我ら人類に向いてくるというのに……」

 

 セドナが、優美な銀髪をふった。


「だから、今、この時を狙って罪劫王ディアナ・モルスが使徒を差し向けて来たんじゃよ。人類が混乱すれば、魔神にとっては万々歳じゃろうて」


 大精霊レイヴィアが、吐息を吐く。


「搦め手ばかり使ってきおる。魔神の一番狡猾な所じゃ。力攻めでくれば良いものを小細工ばかり弄しおる」

 

 レイヴィアはソファーの背に凭れた。室内に重い沈黙が漂う。

 暫し、沈黙が滞留した後、ナギが立ち上がった。


「気を取り直そう。何か食べないか? 俺が美味い料理を作るよ。気分転換して、今後の対策を練ろう。気分が沈滞していると良い考えも湧いてこないからな」

 

 ナギはそう言うとセドナを伴って、部屋を出た。





「さて何を作ろうかな?」

 

 ナギは調理室の中で呟いた。


「ナギ様の作るものなら何でも美味しいです」

 

 セドナが、耳をフルフルと上下しながら言う。


「いや、今回は元気が出る食べ物だ。人間は食べ物で元気が出るからな」

「何に致しますか?」

「そうだな……」

 

 ナギは暫し考えた。元気が出る食べ物。そして、すぐに脳裏に浮かんだのがピザだった。


(俺はピザを食べて気分が落ちたことはない。精も付くし、美味いし、ピザなら元気が出るかもな)


「よし、ピザにしよう!」

「分かりました! ピザとは何でしょうか?」

「作るのは簡単さ。メニュー画面」

『はい、はい、何ですか?』

「今から料理をする。時間操作をしろ」

 

 ナギが言う。


『了解しました』

「ところで、本当に料理する時しか、時間操作ができないのか? 八神光輝とエリザベート・バートリーとの戦闘に使えれば、あいつらに勝てるんだけどな」

『う~ん。本当は禁忌ですけど、一度くらいなら使えるかもしれません』

「本当だな? 言質を取ったぞ!」

 ナギが勢い込んで言うとメニュー画面は慌てた声を出した。

『いえ! 本当は神律に違反しますからね! 宇宙の均衡が乱れるんですからね! 一回だけ! 一回だけですよ!』

「分かった。言質を取ったぞ。一回時間操作を戦闘で使うからな。頼むぞ」

『……しまったなぁ~』


 メニュー画面はそう言うと消えた。


「ナギ様、どうかしたのですか?」

 

 セドナが問う。セドナにはナギとメニュー画面の会話が聞こえない。ナギの独り言にしか聞こえないのだ。


「八神光輝とエリザベート・バートリーに勝つ算段がついた」

「本当ですか?」

 

 セドナが黄金の瞳を輝かせる。


「ああ、さて、ピザを作ろうか?」

「はい!」




 二十分後、大量のピザを乗せた手押し車(ワゴンカート)を持って、ナギが室内に戻った。

 焼きたてのピザの香りに全員が瞳を輝かせて身を乗り出す。


「これはなんだい? 随分、美味しそうだね」

 

 エヴァンゼリンが灰色の瞳を瞬かせる。


「ピザだ。凄い元気が出るし、美味いぞ」

 

 ナギが自慢する。


「確かに旨そうだ」

 

 槍聖クラウディアが、感歎の声をあげる。


「……美味い」

 

 大魔導師アンリエッタが、いきなり手掴みでピザを食い、モグモグと咀嚼した。


「速い! 儂でも見切れなかったぞ!」

 

 大精霊レイヴィアが、驚嘆の眼を白髪の大魔導師に向ける。

 大魔導師アンリエッタは無表情でモグモグと喰い、大きなピザを食い切ってしまった。


 「早い者勝ちだよ。手掴みでドンドン食べな」

 

 ナギが宣言すると、エヴァンゼリン、クラウディア、レイヴィアが顔を見合わせ、素速くピザを掴んだ。


「さて、俺達も喰うか」

「はい」

 

 ナギとセドナがピザを掴んで食べる。

 ナギはピザを食いちぎって噛んだ。舌の中でピザの生地と熱々のチーズ、トマトが、ハーモニーを奏でる。牛肉を噛むと、それがパンと混ざって調和した味わいが出る。


(美味い)

 

 とナギは思った。素朴なピザだが、無農薬の野菜とパンと肉だ。これがマズイわけがない。最高の食感と芳醇なチーズとトマト、パン生地の匂いが、口と喉と胃に溢れる。


「こ、こんなに美味いものは初めてだよ」

 

 エヴァンゼリンが感動して言う。


「私もだ」

 

 クラウディアが、両手でピザを掴んで食べる。食べる手が止まらない。食欲が止まらない。


「美味いのう。熱々で肉とチーズがトロトロじゃ! たまらん!」

 

 桜金色(ピンク・ブロンド)の髪の精霊が、幸福そうな笑みを浮かべた。美味いものを喰うと笑みがこぼれるのは人間も大精霊も同じなようだ。

 大魔導師アンリエッタは黙々とかつ素速く食べ、既に四枚のピザを食い終えて、五枚目に向かった。


「アンリエッタ、まだ沢山あるからゆっくり食べな」   

 

 ナギが言うと、アンリエッタは、


「……これが私の普通の速度」

 

 とうそぶいて、リスのように頬を膨らませながら咀嚼した。


(食いながら話せるなんて器用だな)

 

 とナギは妙に感心した。 

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