第119話 異能

 ナギとレイヴィアは取り敢えず、王宮に戻った。

 既に、セドナ、エヴァンゼリン、クラウディアの視力は回復していた。 閃光弾で一時的に視力を奪われただけなのですぐに回復したそうだ。

 

 セドナはすぐにナギの応援に駆けつけようとしたが、アンリエッタに止められた。

 

 魔神軍の更なる襲撃があるかもしれず、王宮にいる五王や人間たちを守るべきだとアンリエッタが主張し、セドナはそれに同意した。


 幸い、魔神軍の襲撃はなかったが、王宮内は八神光輝が放った爆弾のせいで多数の死傷者が出ていた。


「アンリエッタ様の治癒魔法がなければ死者の数は数倍になる所でした……」

 

 セドナが、青ざめた顔で言う。

ナギは無言でセドナを抱き寄せて、ポンポンと背中を叩いた。

 今、ナギ、セドナ、レイヴィア、エヴァンゼリン、クラウディア、アンリエッタは王城にある広い会議室にいた。

 当然ながら、八神光輝の襲撃後、戦勝記念祝賀会は中止されて王城は厳戒態勢に入った。

 ナギは、用意された水を飲むとソファーに座り、対面に座るエヴァンゼリン、クラウディア、アンリエッタを見た。


「先に謝罪する。敵を取り逃がした、すまない」

 

 ナギは頭を下げた。


「頭を上げてくれよ」

 

 エヴァンゼリンが首を振った。


「ああ、私達こそ、ナギに謝罪しなければならん。目眩ましにやられて視力を奪われてしまい、何も出来なかった……」

 

 クラウディアが悔しそうに言う。


「……初めて見る武器だった……」

 

 アンリエッタが不思議そうな顔で呟く。


「あれは閃光弾だ」


 ナギが言う。


「閃光弾?」

 

 エヴァンゼリンとクラウディアが顔に疑問符を浮かべる。


「……なんというか説明が、難しいな。つまりあれば、魔法じゃなくて武器なんだ」

 

 ナギが説明する。 


「俺がいた世界には、この世界と違い魔法はない。その代わり科学が発展しており、武器が非常に進化している。閃光弾はその武器の中の一つだ」


「武器か……。では魔力反応がなかったのはそのせいか」

 

 エヴァンゼリンが、即座に理解する。元々が聡明なので理解がはやい。


「そうだ。地球の武器を召喚できる厄介な敵が魔神軍にいる。八神光輝という奴だ。そいつも俺と同じ地球人だ。それともう一人、エリザベート・バートリーという化物も地球人だ」


「つまり、《来訪者》が魔神軍に味方しているというのか?」

 

 クラウディアは驚きを露わにした。

 《来訪者》とは地球からこの異世界に来た人間の総称である。

 《来訪者》は、超常の力をもつ強者が多く、そんな人間たちが魔神軍の配下に連なったと聞いてはクラウディア達は平静ではいられなかった。


「俺も、そこらへんの経緯がよく分かっていない。ここからはレイヴィア様に説明してもらった方が良い」

 

 全員が大精霊に視線を投じた。


「儂も完璧に把握したわけではないのじゃがのう……」

 

 桜金色(ピンク・ブロンド)の髪の精霊は足を組むと説明をはじめた。

 まず、大精霊レイヴィアは八神光輝とエリザベート・バートリーとの戦闘の経緯について説明した。

 大精霊レイヴィアは魔神軍の襲撃に備えて身を隠していたことを話した。

 そして、ナギと八神光輝とエリザベート・バートリーとの戦いを見たまま伝える。


「それで、エリザベート・バートリーなる女の記憶を少しばかり読んだ。そして分かったことじゃが、八神光輝なる男は生前、婦女暴行を働いていたようじゃ」

「あっ、そうか!」 

 

 ナギが声を上げた。


「ナギ様、どうかなさいましたか?」   

 

 セドナが問う。


「いや、思い出したんだ。八神光輝という名前。どこかで聞いたことがあると……」

「知っておるのか? 有名人なのか?」

 

 レイヴィアが桜金色(ピンク・ブロンド)の髪を指で梳きながら問うた。


「まあ、有名人ではありますよ。悪い意味でね……」

 

 ナギは黒髪をふった。

 八神光輝。この男は生前、ナギも知っていた。

 この異世界に来る半年ほど前にニュースで見たことがあるのだ。

 有名大学の二年生で、連続婦女暴行容疑で起訴された男だ。

 

 三十人以上の女子大生、女子高生をヤリ部屋に連れ込んで、同じ大学の友人たちと凶悪な強姦事件を繰り返した男。それが八神光輝だ。

 

 八神光輝は検察から懲役12年を求刑されたが、裁判は突如終了した。 八神に強姦された女子高生の父親が、八神を刺殺したのだ。


(……まさか、あの男が……)

 

 ナギは嘆息した。あんなロクデナシとまさか異世界でこんな形で会うことなるとは……。

ナギは頬を掌で撫でるとレイヴィアに顔を向けた。


「それで、エリザベート・バートリーは?」

「やつは、貴族じゃ。生前に三百人ほど惨殺しておる。いわゆる異常者じゃな。どうも黒魔術に耽溺しておったようじゃ」


 レイヴィアが告げると、ナギは吐息を出した。


「間違いありません。そいつも地球では有名人です。悪い意味でのね」

 

 ナギは言う。

 そいつは間違いなく、《血の伯爵夫人》として有名なエリザベート・バートリー伯爵夫人だ。

 吸血鬼のモデルの一人で、ハンガリー王国の大貴族だった実在の人間だ。

 エリザベート・バートリー(1560年8月7日-1614年8月21日)は史上最も有名なシリアルキラーの一人である。

 

 バートリー家は、富裕な貴族家で、財産を保持するために近親婚を繰り返して、一族は異常者が多い。

 エリザベート・バートリーは夫が死ぬと莫大な財産を相続し、チェイテ城という自身の城に貴族、平民を問わず美しい少年、少女を集めた。

 そして、集めた美少年、美少女を残虐な方法で殺害した。

 

 その後、残虐行為が明るみになり、逮捕。裁判にかけられた彼女は死刑判決を下されるが、高貴な身分ゆえに死刑を免れる。

 エリザベート・バートリーは自身の居城チェイテ城の一室に幽閉され、1614年8月21日に餓死した。

一説では黒魔術に耽溺していたとも、吸血鬼になることを夢見ていたとも言われている。


「……なんだか怖いです」

 

 セドナが両腕で自分の細身の身体を抱いて震えた。

 ナギがセドナの肩に腕をまわしてさすってやる。


「気持ち悪い奴らだな」


 灰色の髪の勇者が顔を歪める。


「二人とも犯罪者ということか……」

 

 クラウディアは顎を指で摘まんだ。


「ああ、どうやら罪劫王ディアナ・モルスは《来訪者》を《使徒》として召喚して配下に加える能力があるようじゃ。八神によれば、『使徒は大勢いる』といっておった」


「大勢?」


 エヴァンゼリンが驚く。


「そんな異能の怪物どもが、多数魔神軍に味方していると?」


 クラウディアが額に手を当てた。


「……最悪」


 大魔道士アンリエッタが、無表情に呟く。


「ああ、本当に厄介じゃよ」

 

 レイヴィアは肩を竦めた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る