第114話 使徒

ナギは会場を飛び出すと、視線を周囲に巡らした。

 視界には銀色の仮面の男がいない。

 ナギは舌打ちすると、王城の上に飛翔した。そして、王城から王都全体を見回し、同時に思考を巡らした。


(あれは確かに狙撃銃だった)

 

レミントンM700狙撃ライフル。

 そんなものが、どうして異世界にある?

今までナギはこの異世界で、銃火器など見たことがない。火縄銃さえもなかった。

 だが、あの銀仮面は確かに狙撃銃で王達を狙撃した。


(狙撃銃などという代物のせいで反応が遅れた。あんなもので攻撃されるなんて予想外だった)

 

 ナギだけでなく、セドナやエヴァンゼリン、クラウディア程の手練れが反応出来なかったのは、予備知識がなかったからだ。

 会場内を閃光で満たしたのは閃光弾だ。

 あのような近代兵器をセドナたちは知らない。予備知識がないために反応が遅れたのだ。 

 ナギが、反応できたのはナギの圧倒的な速度と感知能力もあるが、近代兵器の知識があったからだ。

 閃光弾によって、セドナ、エヴァンゼリン、クラウディアほどの猛者が一時的であれ、行動不能になるとはナギでさえも予想外だった。所詮は閃光弾による目眩ましだ。すぐに回復するだろうが、こんな攻撃があるとは……。


(そして、罪劫王ディアナ・モルス)

 

 罪劫王ディアナ・モルスは奸智に富んでいた。

 自分の立体映像を魔法で出して注意をひいた。そして、ナギ、セドナ、エヴァンゼリンたちを攻撃するように示唆しておいて、実際は五王たちを狙ったのだ。

 まんまと思考を誘導されてしまった。


(狙撃銃で五王を狙ったのは銀仮面は、ディアナ・モルスではない)

 

 ではあいつは何者だ?

 ナギは精神を研ぎ澄まし、知覚能力を最大限にまで引き上げた。

 数秒後、王城の南東に邪悪な気配を感じた。

 即座にナギは《軍神(オーディアンズ)の使徒(マギス)》で、雷化して、気配を感じた方向へ飛翔した。

 


  


 ナギが、王都の東南にある平地に降り立つ。

 そこは王城から三十キロほど離れた平原だった。

 周囲に民家はなく、ここなら戦っても被害はないだろう、とナギは確認する。

 ナギの視線の先。三十メートルほどの距離に銀色の仮面の男がいた。

 手に狙撃銃を持ち、灰色のローブをまとって佇んでいる。

銀仮面はふいに肩を竦めた。大仰な仕草と、銀色の仮面が相まって舞台俳優を思わせる。


「さてと~、初めまして。と挨拶すべきだろうォなァ~?」


 銀仮面はナギを見ながら言う。

 ナギは銀仮面と周囲を警戒しながら聞く。即座に攻撃することなく、銀仮面の情報を引き出すことに留意する。


「俺は罪劫王ディアナ・モルス様の忠実なる臣下、『使徒』の一人、八神(やがみ)光輝(こうき)だ」

 

 銀仮面は臣下であることを誇らしげに強調した。


「八神光輝……か。名前からすると日本人だな?」

「ああ、そうだぁ。同輩だなァ。俺たちはよォ~?」

 

 八神は軽薄な口調で言う。


「罪劫王ディアナ・モルスの『使徒』の一人か……。使徒というのは罪劫王ディアナ・モルスの臣下か?」


 ナギが誰何する。


「そうだ。俺は罪劫王ディアナ・モルス様によって超常の能力を与えられた選ばれし存在だ」

 

 八神は胸を反らした。『選ばれし存在』ということに強烈な自負心を抱いているようだ。


「使徒の一人ということは、お前の他にも『使徒』とやらがいるのか?」

「もちろんだ。大勢いるぜェ~」

 

 八神はケタケタと耳障りな笑声を上げる。


「……お前は日本人、つまり異世界の人間だろう? なぜ、罪劫王ディアナ・モルスの臣下に成り果てた? この異世界であえて魔神に与する理由はなんだ?」


 ナギが問う。


「もちろん。俺自身の利益と私欲のためだァ~」

「……そうか。一体、何人の使徒がいるんだ? 他の使徒もお前のように地球人なのか?」


 ナギが、〈斬華〉を右手で持ちながら尋ねる。


「おいおい。これ以上は教えねぇぞ。知りたかったら自分で調べろや」

 

 ナギの黒瞳に殺意の光がよぎった。

これ以上、情報が得られそうにないなら八神に用はないと判断した。

 私利私欲のために魔神に加担する人間など生かしておく価値はない。

 ナギは雷化し、八神に飛びかかった。秒速10万kmという速度で、八神に躍りかかる。

 ナギは即座に首を刎ねるつもりだった。

 ナギは一切の躊躇なく八神に神剣〈斬華〉を振り下ろす。〈斬華〉は八神の脳天を真っ二つに両断する筈だった。

 だが、ナギの速度がまたも落ちた。

 鈍化したナギの速度はあまりに鈍く、八神は易々とナギの斬撃をかわして後方に飛ぶ。


「あぶね~」

 

 八神は、灰色のローブをなびかせながら口笛を吹く。


「信じらんねぇぜ。無言で斬りかかって来るなんてよぉ」


 八神はヘラヘラとした軽薄な口調でナギに問う。

 ナギは八神に視線を投じたまま無言でいた。


(なぜ、斬れなかった? なぜ、速度が落ちた?)

 

 雷速の攻撃というナギの最も得意とする技がなぜか通じなかった。

 八神に攻撃すると速度が異常に落ちる。

 そして、斬撃をかわされる。

 これで二度目だ。


「まったく、最近のガキは礼儀がなっていねぇなぁ~? 無視すんなよ」

 

 八神が、狙撃銃を撃った。

 ナギの胸元めがけて弾丸が飛ぶ。

 ナギは神剣〈斬華〉を軽く動かして弾丸を弾き飛ばした。


「凄ぇなァ。弾丸を弾き飛ばすなんてよ~」

 

 八神はあきれた声を出した。


「じゃあ、こいつはどうだ?」

 

 ふいに八神の手から狙撃銃が消えた。かわりに両手でスティンガーミサイルを構えていた。


「無駄だ。そんなもの俺には効か……」

 

 ナギが言い返した刹那、ナギのいた地面が爆発した。

 爆轟が平原に轟き、爆風と振動が大地と大気を振動させる。

 ナギは咄嗟に上空に回避して爆発から逃れた。


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