第112話 罪劫王ディアナ・モルス

 夕刻。パーティーの昼の部が、終わりに近づいた。

 日没とともに、夜の部が開始されることとなる。

 ふいに儀仗兵の美声が響いた。


「列席の皆様にお伝えします。これより、五大国の最高君主五人による発表がございます」

 

 会場がざわめき、人々はパーティー会場の上を見る。

 二階にあたる位置に五人の最高君主達がいた。


 ヘルベティア王国国王イシュトヴァーン

 アーヴァンク王国国王マクシミリアン

 エスガロス王国国王アルミナス

 オルファング王国国王イーバル三世

グランディア帝国皇帝カスタミア


 中央にイシュトヴァーン王がおり、代表としてスピーチを開始する。


「宴もたけなわであるが、これより魔神軍への大侵攻作戦について話したい」

 

 イシュトヴァーン王の言葉に列席者がざわめく。


「これより我ら五大国は共同し、史上かつて無い規模の大軍勢を率いて、魔神の本拠地とされる北の大地に進軍する」

 

 列席者のどよめきが漏れる。


「我らはこれまで常に魔神軍の後手にまわってきた。だが、これからはそうではない。今回の大侵攻作戦において、我らは北の大地に橋頭堡を確保する!」

 

 列席者たちの顔が、興奮の色を帯びてくる。

 ナギは黒い瞳に興味深げな光りを宿した。セドナはナギに強く抱きつく。

橋頭堡とは敵地に作る攻勢のための前線基地だ。確かに成功すれば魔神軍に対して、戦略的優位性を保持できる。


「我らは必ず今回の作戦を成功させる! 我ら五大国が共同すれば成功に疑いはない! 邪悪なる魔神を必ずや討ち滅ぼすのだ! その第一歩として、必ずや橋頭堡を作り上げる!」

 

 列席者たちが吼えた。

 貴婦人たちも、興奮し頬を染める。 

 これは人類の希望となり得る作戦だった。


「我らの勝利は疑いない! 我らには勇者エヴァンゼリン。槍聖クラウディア。大魔導師アンリエッタ。そして、英雄・相葉ナギとセドナがついている!」

 

 列席している貴族や軍人達が咆吼した。貴婦人たちも歓声をあげる。会議場はもはや戦場のような高揚感に包まれている。


「我らに勝利を! 人類に栄光あれ!」

 

 イシュトヴァーン王が、叫ぶ。


「「我らに勝利を! 人類に栄光あれ!」」

 

 王の叫びに列席者たちが応じて叫ぶ。


(イシュトヴァーン王も中々やるな)

 

 とナギは思った。

 ここには五カ国の王族、貴族、軍人達が集結している。

 一致団結して戦意を鼓舞させるにはもってこいの場だ。吼えることで全員が連帯感をもつ。また、決意を公にすることで、人類全体の士気も上がる。劣勢で受け身だった人類が、魔神軍に侵攻を仕掛ける。 これ程分かり易く、かつ民衆を昂揚させるものはないだろう。


「なお、此度の大侵攻作戦は作戦名を『曙光作戦』と命名する!」

 

 夜明けにさす太陽の光ーー『曙光』。人類に指し示す光。

 その名称に列席者たちの熱狂は最大級に高まった。


「「人類に光りあれ!」」

 

 誰からともなく歓声があがる。

 会議場全体に明るい光が満ちる。


「ナギ様。皆さんの顔が凄く明るくなりました」

 

 セドナはナギの腕を抱きしめながら言う。


「ああ、これからの未来に希望を見いだしているんだ」

 

 ナギは微笑して答える。


「なんだか、私も興奮してきました」

 

 セドナはナギの腕を両腕で強く抱きしめる。


「それは武者震いってヤツだな」

 

 ナギは微苦笑して、銀髪の少女の頭を撫でる。セドナは猫のように眼を細め、長い耳をピクピクと上下させた。


(『曙光作戦』か。良い名前だ。俺も奮起しないとな)

 

 ナギがそう思った刹那、会場に赤紫の光りが弾けた。

 会場内にいる人間達がざわめく。


『愚か者どもめ』

 

 不気味な声が響いた。美しい女性の声。だが、同時に凶悪かつ、残忍な意志が滲んだ声だった。

 声と同時に、会場の天井付近に赤紫の光が集約した。そして、一人の女性の姿が宙空に立体映像として浮かび上がる。

 一人の美女の上半身が浮かんでいた。

 赤紫の長い髪。赤紫の瞳。端麗な顔。二十歳前後の艶麗な色香をふくんだ女性の姿。

 その美女は、赤紫の瞳を列席者たちにむけた。


『我が名は、罪劫王の一人、ディアナ・モルス』

  

 美女はそう宣言した。

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