第111話 カイン皇子
一時間後、ナギとセドナは壁の隅で静かにジュースを飲んでいた。
ようやく貴族や令嬢達が寄りつかなくなりほっとする。
「ナギ様、伯爵位おめでとうございます」
セドナが、ジュースを片手にナギに言う。
「形式的なものだよ。大したものじゃない」
「それでも凄いです! 相葉ナギ伯爵なんて、カッコイイです!」
セドナが、十歳の子供らしい無邪気な思いで言う。
ナギは微笑し、セドナの銀髪を撫でた。
「失礼、相葉ナギ殿」
ふいに背後から美声が響いた。
ナギが振り向くと、カイン皇子がいた。
金髪碧眼の皇子は酒の入ったグラスを掲げる。
「伯爵位授与、おめでとうございます」
カイン皇子が微笑する。
「これはどうも」
ナギも微笑で答える。
「私の名は、カイン・グランディア。グランディア帝国の皇太子です。偉大なる英雄・相葉ナギ殿にお会いできて光栄に思います」
カイン皇子は胸に手を当てて一礼する。その動作は気品に満ち、かつ誠意に富んでいた。
「ご丁寧な挨拶痛み入ります。改めて名乗らせて頂きます。俺は相葉ナギと申します。そして、こちらはセドナです」
「初めまして、カイン殿下」
セドナがドレスの裾を摘まんで一礼する。
カイン皇子は愛らしいセドナの姿に相好を崩した。
「お美しい御方だ。シルヴァン・エルフのご婦人とは初めて会いました」
カイン皇子が魅力的な声で言う。深く透る声。人の上にたつ者の声である。
「ところで相葉ナギ殿、この場にてお礼を言いたい。よくぞ、魔神軍と罪劫王たちを退けてくれました。貴方達がいなければ王都は陥落し、人類の士気は地に落ちていたでしょう。貴方達こそは人類の救世主だ。一国の皇太子として、心より感謝申し上げます」
カイン皇子は胸に手を当てると深く頭を垂れた。
超大国グランディア帝国の皇子が低頭する姿に周囲の貴族達がざわめく。
「顔を上げて下さい。当然のことをしたまでです。それに一国の皇子が俺ごときに頭を下げてはいけませんよ」
ナギが慌てて言う。
「いいえ、貴方達の活躍はもっと報われ、賞賛されて然るべきです。王都が陥落すれば致命的でした。もし王都が陥落し、イシュトヴァーン王とパンドラ王女が、討ち取られていたら、ヘルベティア王国は滅亡していました。そうなればヘルベティア王国は魔神軍の支配地になる。そうなれば、隣接する我がグランディア帝国も魔神軍に滅ぼされていたでしょう。……貴方達は私の祖国の恩人でもあるのです」
「分かりましたから、顔を上げて下さい。困ります」
ナギが心底慌てて言う。セドナも、秀麗な顔に困惑の色を浮かべてナギの腕を掴む。
カイン皇子はようやく頭を上げた。そして、グラスを掲げた。
「困らせて申し訳ない。ですが、感謝を伝えたかったのです。本当にありがとう」
カイン皇子は笑みを浮かべた。誠実で素朴な笑みだった。
その笑みにつられてナギもセドナも微笑する。
「英雄・相葉ナギ殿に感謝を」
カイン皇子が、グラスを掲げる。
ナギもセドナもグラスを掲げた。
「今後は私も、私の麾下の不死隊(ウルス・ラグナ)も魔神軍との戦いに全力を注ぎます。王都では私も不死隊(ウルス・ラグナ)も一戦も交えなかった……。貴方達の活躍を傍観していただけだ。情けない限りです」
「そんなことはありませんよ」
ナギがフォローする。
「慰めて下さると多少は救われます。皇族の存在意義とは畢竟、戦争に参戦して領土と民を護ること。これに尽きるのです。民を護るために血を流さぬ皇族など、存在する価値がない。以後は私もナギ殿やセドナ殿とともに奮戦します。どうぞ、よろしく」
「こちらこそ」
「よろしくお願いいたします」
ナギとセドナが、微笑して答える。
カイン皇子の誠実で素朴な人柄にナギもセドナも好感をもった。
(頼りになりそうな人だ)
とナギは思う。
ふいにカイン皇子の後ろから執事と覚しき男性が、カイン皇子に耳打ちした。金髪碧眼の皇子は頷くと、ナギとセドナに視線を投じる。
「失礼。これから他国の王族と少し話をしなければなりません。いずれまた」
「ええ」
ナギが答えるとカイン皇子は一礼してその場を離れた。
ナギとセドナは遠ざかるカイン皇子の背中を見る。
「カイン皇子か……。頼りになりそうな人だな」
「はい。とても礼儀正しい人でした」
ナギの独語にセドナが答える。
「うん。ああいう風に謙虚に人に頭を下げる人は総じて強い。それにカイン皇子はカリスマ性もある。指揮官としても有能だろうな」
ナギはグラスを揺らしながら言う。
(パンドラ王女にカイン皇子……か。若い世代は優秀な人間が揃っている)
「頼もしいな」
ナギが言うと、
「はい」
とセドナが答えた。
やがて、セドナはチラチラとナギを見ると思い切って尋ねた。
「……あの、ナギ様、それはそうと私の衣装はどうですか?」
セドナが自分の着ているドレスの裾を摘まみながら言う。
セドナが着ているドレスは純白に青で装飾されたものだった。胸が大きく開いており、そこにダイヤモンドのネックレスがかけられている。
「どうって、セドナは何を着ても世界一美しいよ。当然だろう?」
ナギが真顔で言うと、セドナは「ふえぇぇえ~?」と可愛らしい声を出して、頬を真っ赤に染めた。
セドナの全身に甘い快感が襲いかかり、心も体も溶けそうになる。ふいに嬉しすぎてセドナの膝が抜けた。
セドナが床にくずおれそうになるのを見て、ナギが慌ててセドナを抱きしめる。
「大丈夫か? セドナ?」
ナギはセドナを片手で抱き寄せながら言う。
「……あ、あの大丈夫……。いえ、大丈夫じゃありません。……もう少し、……このまま……」
セドナはナギの身体に自分の全てを預けながら言う。
「ああ、分かった」
ナギはセドナを強く引き寄せた。
セドナはナギの匂いと肉体の感覚を強く感じて幸せそうに頬を緩めた。
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