第110話 伯爵

 二日後の昼。祝勝会が開催された。

 早朝から魔導師達が花火を空に打ち上げ、王都はお祭り騒ぎとなった。

 数万の群衆がひしめいて、王都や城壁の外で酒を飲み、ご馳走をあじわう。酒も食事も全て王家が無償で提供したものだ。

 

王都の郊外に、ナギ、セドナ、勇者エヴァンゼリン、大魔導師アンリエッタ、槍聖クラウディアの姿があった。

 全員、正装して馬に乗っている。

 彼らの周囲には着飾ったヘルベティア王国の騎士団が整列している。

 

なぜ、ナギ達が郊外にいるかというと、パレードのためだ。

 これから各国の騎士団とともに正門から城内に入り、大通りを騎行する。そして、英雄であるナギ達の姿を大通りを埋め尽くす民衆に見せるのだ。


「我々は十二罪劫王に勝利し、魔神軍を退けた!」


 という事実を喧伝し、国民の士気を高めるのが狙いである。

 それは重要であるし、ナギ達も率先して参加した。

 パレードの後は王城に入り、豪勢なパーティーが深夜まで続く予定になっている。


「ご馳走が楽しみだな」

 

 エヴァンゼリンが、馬の首を撫でながら言う。


「食い気が先かい?」

 

 ナギが問うと、エヴァンゼリンは苦笑した。


「正直に言うとボクはあんまりパレードやパーティーが好きじゃなくてね。パーティーではなるべく酒と食事を楽しんで、他のことはしないようにしている」

「それは賢いな」

 

ナギは肩を竦めて同意した。ナギもパーティーなんて何をすれば良いのか分からない。


「それにしても圧巻の光景ですね。どの騎士団も綺麗です」

 

 セドナが楽しそうに周囲の騎士団を見る。全て、閲覧用の鎧兜で武装しているため、非常に外見が美しい。


「確かに見るだけの価値はあるな」

 

 とナギも各国の騎士団達を見る。

 地球でも各国の軍隊が、軍事パレードを行う。特にヨーロッパではパリなどの大都市で、世界中の軍隊がパレードを行うが、あれと同じで煌びやかで、見ていて楽しい。

 参加している騎士達も戦闘ではなく、お披露目なのでどこか楽しそうだ。

ふいに新たな騎士団が参列した。

 同時に、感嘆の声が上がる。

 ナギは白い鎧兜で武装した一際美しい騎士団を見た。


「強いな……」

 

 ナギは無意識に呟いた。

 その白い鎧兜の騎士団は一目で強いと分かった。

 一人一人の騎士の実力が並外れている。統制も整い、指揮系統が強いのが一目で分かる。


「……グランディア帝国のカイン皇子率いる不死隊(ウルス・ラグナ)……」

 

 大魔導師アンリエッタが、抑揚のない声で言う。


「大陸最強と謳われる騎士団だ。総数はわずか三千だが、全員が一騎当千の精鋭揃い。十万の兵に匹敵すると言われている」

 

 槍聖クラウディアが説明する。


「なにせ『戦神(せんしん)カイン』が、騎士団長だからね。強い筈さ」

 

 エヴァンゼリンが、灰色の瞳をカイン皇子に向ける。

 ナギもカイン皇子に視線を投じた。

 不死隊の先頭にいるカイン皇子は白い鎧兜で武装していた。

 金髪碧眼の美男子で年齢は二十歳前後。身長は百八十センチほどだろう。


(『戦神カイン』か。確かによく鍛錬している)


 カイン皇子の所作を見れば武芸をよく修めているのが一目で分かる。

 ふいにカイン皇子の視線がナギと合う。

 カイン皇子はナギと目が合うと分かると、微笑して礼儀正しく頭を下げた。

 ナギも礼儀正しく頭を垂れて返礼する。


「皇子なのに俺に頭を下げるなんてな……」

 

 ナギは意外そうに言った。


「戦神カイン皇子は、温厚篤実な人格者として有名だ。実際、非常に良い方だぞ」

 

 クラウディアが、なぜか自慢気に言う。


「皇族、王族がああいう御方ばかりだと、世の中うまく行くでしょうね」

 

 セドナが微苦笑して言うと、ナギ達は苦笑した。

 全員、まったくその通りだと思った。 




やがて、パレードが開始された。

 先頭はナギ、セドナ、勇者エヴァンゼリン、大魔導師アンリエッタ、槍聖クラウディアである。

 正門を通り、大通りを騎行すると群衆は熱狂的に英雄たるナギ達に歓声をあげた。

 

 ナギはぎこちなく手を振り、セドナは頬を染めて俯いた。

 エヴァンゼリン、クラウディアは慣れており手を振り笑顔で群衆に答える。アンリエッタのみは無言で人形のように微動だにせずに馬を歩ませる。

 怒濤の如き歓声は、カイン皇子率いる不死隊にも届いた。

 カイン皇子は皇族らしく、上品な笑顔で民衆に答え、特に若い女性は熱狂し気絶するものすらいた。


(大したもんだな。ハリウッドスターみたいだ)

 

 ナギはカイン皇子を見て感心した。

カイン皇子に対して妬心を覚えないのは彼の人格が良いからだろう。


(出来れば少し話してみたいな。味方にできれば頼もしそうだ)

 

 ナギは手綱を握りながら思った。

 


 


 王城に入ると最上階で豪華なパーティーが開催された。

 パーティーの前にナギ達は全員着替えた。衣装を担当する職人や侍女が、ナギ達に見合った服を作成しており、それを来て出席した。


 パーティーは昼の部と夜の部で別れており、夜の部でもまたお色直しをするように言われた。


 「どうぞ、夜のお色直しを楽しみになさって下さい」

 

 と服飾専門の職人が請け負った。

 王城の最上階の会場では酒と美食が溢れていた。

 エヴァンゼリン、アンリエッタ、クラウディアはすぐに貴族達に囲まれた。

 ナギとセドナも貴婦人方に取り囲まれた。


「本当にナギ様はお強いですわね」

「そうよ。ナギ様は一人で罪劫王を百人倒したのよ」

「それに一年前には百万の魔神軍を単騎で倒されたんでしょう? その時の話を聞かせて下さいませ」 

 

 いつの間にか誇張された噂が蔓延しているらしい。

 ナギは心中で苦笑しつつ、愛想笑いに努めた。ナギを包囲する貴婦人は美女揃いだったが、二十人以上の美少女、美女に囲まれると嬉しいよりも当惑する。


「セドナ様はエルフですのね!」

「綺麗ですわ。こんな美しい御方はじめて見ました!」

「まるで天使のようです!」

「妹に欲しいわ!」

  

 セドナの周りにも貴族のご令嬢が集まり、セドナの美貌を褒めそやす。全員がセドナの信じがたい程の美しさに酔い、口々にセドナの美貌を絶賛する。

 セドナはどう答えれば良いか分からず、頬を染めて俯き、それがまた愛らしくて令嬢達は騒ぎ出す。

 パーティー開始から一時間後、儀仗兵が美声を響かせた。


「ヘルベティア王国国王イシュトヴァーン国王陛下、並びにパンドラ王女殿下ご入来!」

 

 会場にいる列席者達が一様に静まる。

 会場の上にある閲覧席にイシュトヴァーン王とパンドラ王女が現れた。

 全員が頭を垂れ、ナギとセドナも軽く頭を下げる。


「くわえて、グランディア帝国皇帝カアスタミア陛下、アーヴァング王国国王マクシミリアン陛下、エスガロス王国国王アルミナス陛下、オルファング王国国王イーバル三世陛下、ご入来!」

 

 儀仗兵の美声と同時に、皇帝と三人の王達が閲覧席に現れる。

 静まりかえった会場に、イシュトヴァーン王の声が響く。


「本日、この場にて予は心より感謝したい。よくぞ、このヘルベティア王国の危機にかけつけてくれた。信義と武勇をそなえた同盟者たる諸卿らへの報恩の思いを予は永遠に忘れぬであろう」

 

 イシュトヴァーン王はそう述べて、同盟者たる皇帝や三人の王達、そして援軍として駆けつけれてくれた将兵を賛美した。

 そして、罪劫王と魔神軍を討滅したナギ、セドナ、勇者エヴァンゼリン、槍聖クラウディア、大魔導師アンリエッタに最大級の賛辞を送る。

 その後、イシュトヴァーン王は一際大きな声で、ナギの業績を称揚する。


「予は此度の王都防衛戦において尋常ならざぬ大功をあげた英雄相葉ナギにたいして、『伯爵位』と十億クローナの報奨を持って報いたい、英雄相葉ナギよ。予の心ばかりの礼を受け取ってくれるか?」

 

 ナギに会場中の視線が集まる。

 ナギは軽く頭を下げて、


「謹んで拝受します」

 

 と答礼した。

 割れんばかりの拍手が起こる。

 イシュトヴァーン王の演説はその後も続き、二十分後、ようやく終わった。


(校長先生の話と同じで疲れるな)

 

 とナギは思った。

 どうやら列席者も同じらしくイシュトヴァーン王の演説が終わると、やれやれと言った顔をして酒を飲み歓談を始めた。

  


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る