第109話 キス

 取り敢えず、恋人になったナギとエヴァンゼリンだが、どうすれば良いのか分からない。

 二人の間に沈黙が流れる。 

 ナギもエヴァンゼリンも恋愛経験など皆無で、何をどうすれば良いのか分からない。

 エヴァンゼリンがふいにソファーから立ち上がった。


「じゃあ、取り敢えず握手しない?」


 灰金色の髪の勇者が手を差し伸べる。


「あ、ああ、良いね」

 

 ナギも立ち上がり、エヴァンゼリンの手を握った。

 二人は強く握手した。


「よし、じゃあボクはこれで」


 エヴァンゼリンが頬を染めながらいうと、ナギも、


「うん」


 と頷いた。

 エヴァンゼリンは笑顔を浮かべて去ると、ナギはソファーに腰を下ろした。

 数分後、ドアが開いて、セドナが室内に入る。


「ナギ様、どうでしたか?」


  銀髪金瞳の少女が、笑顔で問う。


「え?」

 

 ナギが、きょとんとした顔をする。


「エヴァンゼリン様とはどうなったのですか?」

「……なんで知ってるんだ?」

「私がエヴァンゼリン様にナギ様の恋人になるように促したので」

「セドナが?」

 

 ナギは驚いた。


「はい。で、エヴァンゼリン様とは?」

 

 ナギが目を輝かせて問う。


「……その……」

 

 ナギは頬をかきながら視線を彷徨わせる。


「……付き合うことになった」

「良かったです……」

 

 セドナは安堵の息を出した。

セドナが心から喜んだ顔をしているのを見て、ナギは不思議に思う。


「セドナは良いのか? 俺がエヴァンゼリンと恋人になっても?」

「勿論です。私もナギ様の恋人であり、婚約者。エヴァンゼリン様もナギ様を好きで恋人。とても素敵じゃありませんか。私、エヴァンゼリン様となら楽しい家庭を築ける自信があります」

「か、家庭……」

(一夫多妻制がある国の女性はこういう思考をするのか……)

 

 ナギはカルチャーショックを受けた。思わずソファーの背に身をもたせる。

 セドナが優美な動作でナギの隣に座った。


「ところでナギ様、エヴァンゼリン様とはキスくらいはしたのですか?」

「え? いや、してない。……でも握手をしたよ」

「握手?」


 セドナが、形の良い眉をよせる。


「ああ、握手して『よろしく』ってことで」

「それだけですか?」

 

 セドナの夢幻的な美貌に驚きの色が宿る。


「あ、ああ……」

 

 ナギが、少し狼狽えた表情をする。


「ダメですよ! 女の子を何だと思っているんです!」

 

 セドナは人差し指を立ててナギを叱った。


「次はキスくらいはして下さい! 良いですね?」

「キ、キス?」

「そうです。円滑なコミュニケーションが大事です。私は将来、ナギ様と結婚し、エヴァンゼリン様もナギ様と結婚します。家族になるのですから、今からエヴァンゼリン様とも仲良くして頂かないと困ります!」

「え? ええ?」

 

 ナギはひたすら当惑する。妻が二人。結婚する。ナギにとっては全て想像の埒外でしかない。


「そ、それはちょっと……」

「ダメです。大事なことですよ」

 

 セドナはふいにナギの肩に手を乗せた。そして、顔を寄せてナギの唇に己の唇を重ねる。

 ナギの唇にセドナに唇の甘い感触がつたわる。ナギは全身が痺れるような快感に身を震わせた。

 しばらくセドナはナギの唇を堪能すると、艶麗な微笑をもらした。


「ほら、キスは気持ちが良いでしょう? 円満な関係には必須です」

 

 セドナが諭すような口調で言うとナギは頬を染めて頷いた。


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