第107話 紅茶
エヴァンゼリンの部屋に入ったセドナは優雅に一礼すると、エヴァンゼリンとの対話を求めた。
エヴァンゼリンが応じるとセドナは、クラウディアも交えて対話した。 一時間後対話を終えるとエヴァンゼリンは、セドナに心から礼を言い決意を胸に秘めてナギの部屋に向かった。
ナギの部屋に向かう途中エヴァンゼリンは初めてナギに会った時のことを思い出していた。
あれは馬上で民衆の歓呼に迎えられた時だ。自分はクラウディアやアンリエッタとともに大通りを騎行していた。
その時、闘気が向けられているのを感じた。
その闘気は心地良く、優しげだった。
不思議に思った。闘気に優しさが混じっているなど初めてだった。興味が湧いて、エヴァンゼリンは振り向いた。
そして、その視線の先にナギがいた。
黒髪黒瞳の少女のような外見の少年だった。
美しい銀髪金瞳の少女セドナとともに自分を見ていた。
やがて、ナギとセドナとともに罪劫王ダンタリオンと戦うことになった。
いつしか、自分はナギを好きになっていた。
理由は分からない。彼のどこがどう好きなのか。
ある時、彼と一緒にいると楽しいことに気付いた。それからは彼の全てが好きにな
った。彼の黒髪、黒瑪瑙の瞳。優しい声。背筋が伸びた綺麗な姿勢。
いつもセドナを大事にする所。大きな手。自分と同じ剣の修行で出来たタコがある手。
生まれて初めて恋をした。
そのことに気付いてから、自分は弱くなったように思う。
精神が波立って、揺らぎ続ける。
そして、弱くなったことが嬉しいとさえ思ってしまった。心の揺らぎが楽しいと思ってしまった。
クラウディアの言うことは正しい。
戦いにおいて、精神の揺らぎは即座に死に結びつく。
多分、この恋に決着をつけない限り、自分の心に揺らぐ波は消えないだろう。
だから、今勇気を出して告白する。
(もし、拒絶されたら……)
ふとエヴァンゼリンの胸中に不安が冷雨のように滴る。
(いや、それでも良い……)
ボクは多分、この恋の決着を望んでいる。
好かれても、嫌われても、ボクは多分、乗り越えられる。
だって、嫌われてもボクはナギを好きだと思い続けるだろうから。それだけは確信している。
ナギは自室のソファで足を組み、黙考していた。
考えることは魔神軍だ。
魔神、魔神軍、それに関する情報があまりにも少なすぎる。
(まずはこれから、五大国がどう行動するか……)
国家の支援がなければ戦争など出来はしない。ナギ自身もセドナやエヴァンゼリン達も、各個に戦術核兵器並の戦闘力を保持している。
だが、個人レベルの戦闘力だけで勝てる相手ではない。
(近いうちに五大国の王達にどんな軍略があるのかを聞かないとなぁ)
そう思っていると、ドアをノックする音がした。
ナギが、「どうぞ」と言うとエヴァンゼリンが入ってきた。
灰金色の髪と灰色の瞳をした少女を認めると、ナギは対面の席をすすめた。そして、宝物庫(アイテム・ボックス)から、紅茶のセットを取り出して、紅茶を淹れる。
メニュー画面からもらった時間短縮のスキルで、あっという間に美味しい紅茶ができあがる。
「す、凄いね。なんだか時間が止まったような感覚がしたよ」
エヴァンゼリンが、灰色の瞳に驚愕の光りを宿す。
「いや……。料理でしか役に立たないスキルでね。あんまり詳しいことは言いたくないけど……」
ナギがヤケに疲れたような顔で言う。
ナギは宝物庫(アイテム・ボックス)から取り出した紅茶のセットに紅茶を注ぎ、お菓子を皿にのせてテーブルの上におく。
瞬く間にできあがった紅茶のアフタヌーンセットにエヴァンゼリンは感歎の吐息を出す。
「凄いな。一流の執事みたいだ。いや、それ以上の手際だ……。ナギはなんでも出来るんだな」
エヴァンゼリンはほとほと感心して呟く。
「いや、全部女神ケレス様からもらったスキルだよ。自分の才能でも無ければ努力の結果でもない。自慢すらできるものじゃないさ」
ナギは苦笑すると、エヴァンゼリンに紅茶をすすめた。
「い、頂きます」
エヴァンゼリンは紅茶を一口飲んだ。
(美味しい……)
エヴァンゼリンは思わず胸中で呟いた。
信じがたい程に美味しい紅茶だ。こんな芳醇で、かつ上品な飲み心地を感じたのは初めてだ。
ナギが、王宮の食料庫から拝借した最高級の茶葉。それをナギの《食神の御子》の技術で淹れたために茶葉の良さが最高レベルに引き上げられたのだ。
エヴァンゼリンは紅茶を飲む度に自分の心身がなんとも言えない心地良さと安堵感に包まれているのを感じた。
好きな人のお手製だからだろうか。それとも紅茶の良さか。多分両方だろう。これ程リラックスしたのは何時以来だろうか。
(ああ、気持ちが良いなぁ……)
エヴァンゼリンはその時、ふと分かった。
多分、自分がナギを好きになったのは、彼の醸し出す雰囲気だ。側にいるだけで安心するなんとも居心地の良い空気。
ナギは周りの人間に涼やかな風のような安心感を与えてくれるのだ。
エヴァンゼリンは端麗な顔に微笑を浮かべた。
(ボクはすごく単純な人間なんだなぁ)
と思った。
こんな小さなことで人を好きになる。心乱れるくらに好きになる。人が聞いたら笑うかもしれない。でも、それでも良い。馬鹿にされても良い。多分、恋とはそういうものなんだろう。
エヴァンゼリンは紅茶を味わいつつ飲み干すと、ティーカップを皿に置いた。そして、唇を開いた。
「ナギ、聞いて欲しいことがある」
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