第106話 死命を分かつ
セドナは王宮の廊下を歩いていた。目的地は勇者エヴァンゼリンの部屋である。勇者エヴァンゼリンに会い、エヴァンゼリンがどの程度、相葉ナギを好きなのか。どうしたいのかを聞くのが目的だった。
(多分、……いや間違いなく、勇者エヴァンゼリン様はナギ様に惚れているでしょう)
セドナは確信していた。自分の直感がよく当たることは知っていたし、勇者エヴァン
ゼリンの瞳や仕草を見れば、余程愚鈍で無い限り誰でも分かる。
セドナは勇者エヴァンゼリンが相葉ナギの正妻になることに賛成だった。自分も正妻となり、勇者エヴァンゼリンも正妻となる。
勇者エヴァンゼリンの為人を見ていると、あの人とならうまくやっていけそうだと思う。
この世界では一夫多妻などは珍しくも無く、道徳的に非難されることはない。むしろ、普通である。よって、セドナは相葉ナギが何人の正妻を持っても構わないと思っていた。
だが、エヴァンゼリン様は恐らく自分という存在がいる限り、ナギ様に告白しようとは思わないだろう。あの人は義理堅い人だ。
だから、エヴァンゼリンに思いを伝えるように促すのは自分の役目だと認識していた。
(急がないといけません)
とセドナは思っていた。魔神との戦争はこれから激しさを増す。不吉だし、考えたくもないが、いつ誰が死ぬか分からない。
生きている今のうちにやりたいこと、するべき事を全てやっておいた方が良い。
(生きている間にできるだけ多くのことを……)
セドナはそう決意して、歩みを早めた。
豪奢な部屋に二人の少女がいた。
勇者エヴァンゼリンと槍聖クラウディアである。
勇者エヴァンゼリンは椅子に座り、窓を見ながら物憂げな吐息をついていた。
そんな勇者エヴァンゼリンに、ソファに座る槍聖クラウディアが、
「相葉ナギにさっさと告白したらどうだ?」
と声をかけた。
「こ、告白?」
勇者エヴァンゼリンが驚いたように瞳を開く。
「そうだ。告白して恋人になるなり、結婚を申し込むなりしろ」
クラウディアが言う。
「そ、そんな……。け、結婚?」
灰金色の髪の勇者が顔を真っ赤にすると、槍聖クラウディアは微笑しつつ口を開く。
「そうだ。お互いいつ死ぬか分からない身だ。死んでから恋だの、結婚だのしようとしても遅いぞ?」
「そ、それはそうだけどさ……」
エヴァンゼリンは俯いて、灰金色の前髪を指で摘まんだ。
「エヴァ、聞いてくれるか?」
槍聖クラウディアが、真摯な声音で言う。
「う、うん」
「私は既に婚約者がいる。親が決めた婚約者だ。だが、私は彼を愛している」
「うん」
「我ながら単純だと思うし、笑われるかもしれんが、それが生きる希望になっている。魔神との戦いを潜り抜けて、何とか生き延びて来られたのは、いつか婚約者殿との幸福な未来がある。そういう心の拠り所があったからだ」
「……うん」
「殺し合いは、そういう些細な精神が死命を分かつ。今のお前では次の戦いで死ぬかもしれんぞ」
クラウディアの言葉に、灰金色の髪の勇者は衝撃を受けて、軽く仰け反った。
「……随分、ハッキリ言うね」
「罪劫王バアルとの戦いでお前は苦戦した」
「ああ、あれはバアルが強いし、読心術を使えるから……」
「それもあるだろう。だが、それでも今までなら、あそこまで苦戦することはなかった筈だ」
クラウディアの冷厳に指摘した。
「……」
「お前の心の奥底にある相葉ナギへの恋慕。それに決着がついていなかった。だから、あそこまで苦戦したのだ。以前のお前ならあそこまでの醜態を晒すことはなかっただろう。微細な精神の揺れが、お前の戦闘力と精神力を低下させたのだ」
「随分、厳しいね……」
勇者エヴァンゼリンは灰色の瞳に苦笑の波をゆらした。
「厳しく言って、お前が死なずにすむなら嫌われても構わん」
クラウディアは断言した。
暫く、沈黙が降りた。夜風が窓を叩き、その音だけが室内に響く。
「……ナギに告白してさ……。振られたらどうなるかなぁ?」
エヴァンゼリンの顔に寂しそうな表情が浮かんだ。
「その時は沢山泣いて、沢山悲しめ。私が慰めてやる。……だが、その後お前は立ち直り、以前よりも強くなる。それは私が保証してやる」
水色の髪の槍聖は立ち上がるとエヴァンゼリンの側まで歩いた。そして、エヴァンゼリンの水色の髪を抱き寄せる。
「私はお前を妹のように思っている。誰よりもお前を知っている。だから、保証してやる。お前の恋はどのような結果になろうと必ずお前を強くする。だから、勇気を出して行動に移せ」
「……絶対告白が成功するとは言ってくれないんだね? お姉ちゃん」
エヴァンゼリンが座ったままクラウディアの腰を抱きしめる。
「保証してやりたいよ。でも、これだけはどうしようもないんだ……」
クラウディアが苦笑しつつ自分の胸に顔を埋めるエヴァンゼリンの髪を撫でた。
そのまま二人は抱き合い、十秒後エヴァンゼリンは顔を離した。
「……でも、ナギにはセドナちゃんがいるよ?」
「そうだな……。だが、セドナは多分、大丈夫だと思うぞ? 一夫多妻などよくあることだ。セドナはそういう点では気にしないタイプに見える」
「そうかなぁ……。でも、セドナちゃんに申し訳ない気もするよ……」
勇者エヴァンゼリンがぼやくように言った時、ドアをノックする音がした。
槍聖クラウディアが、入室を許可するとセドナが入ってきた。
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