第105話 将の器
今川焼きを食べ終えると大魔導師アンリエッタとパンドラ王女は、用事があると言って部屋を辞した。
その後、セドナもナギに用事があると言い出した。
「用事? どんな?」
「もの凄く重要なことです」
ナギの問いにセドナが微笑しながら答える。
「ナギ様、申し訳ありませんが、一人で出かけたいと思います。お許し頂けますか?」
「ああ、いいけど……」
「では少しの間だけ失礼致します」
セドナは優美に一礼すると部屋を辞した。
(セドナが一人で用事とは珍しいな)
とナギは思った。何があっても自分と同行するのを好むのに……。
ナギは愛娘が成長してしまったような不思議な寂しさを味わった。
(ま、たまにはこういう時もある……)
ナギは宝物庫(アイテム・ボックス)から、紅茶のセットを取り出すと自分のために丁寧に紅茶を淹れだした。
ナギは紅茶を淹れ終えるとティーカップを二つセットした。そして、二人分の紅茶を用意すると虚空に黒瞳を投じた。
「レイヴィア様。お茶など如何ですか?」
ナギが言うと、大精霊レイヴィアの声が室内に響いた。
「察しが良くなったのう」
虚空から音もなく、桜金色の髪(ピンク・ブロンド)と桜色の瞳をもつ美少女ーー大精霊レイヴィアが現れた。
レイヴィアは優美な所作で椅子に座ると足を組んだ。
「うん。良い香りじゃな」
「味も良いですよ」
ナギが静かに答える。
レイヴィアも頷くとティーカップを取って紅茶を飲んだ。ナギも紅茶を飲む。そのまま数分二人は無言で紅茶を飲んだ。やがて紅茶を飲み干すとナギが口を開く。
「セドナがいない間に話したいことがあります」
「うむ」
「実は女神ケレス様と再会しまして……」
ナギは女神ケレスと再会したこと。自分がこの世界に来た理由などを話した。
レイヴィアはナギの話を聞くと得心して頷いた。
「ふむ。そういう経緯があったか……」
「それと今ひとつ、こちらの方が重要なんですが、レイヴィア様は魔神についてどのくらいのことをご存じですか?」
ナギが問うと、桜金色の髪(ピンク・ブロンド)の精霊は首をふった。
「すまん。情けない程に何も知らぬ。魔神の外見。能力。それ処か、北の大地に本当にいるのかすら定かではない……」
「最悪ですね」
ナギは吐息を出した。
外見すら不明とは何という厄介な敵だろうか。下手をすると北の大地に進軍しても誰が魔神が分からないために取り逃がすことすらある。
「ですが、今まで魔神軍と戦ってきて分かったことも多々あります。一つには魔神は非常に狡猾で、知能が高いということです」
「ほう。根拠は?」
「自分の正体を完全に隠匿しているからです。正体不明の敵。これ程、敵に対して不安と恐怖を煽る存在はありません。だからこそ、奴は自分の正体を隠しているんです」
「そうじゃな。人間は見えざる者を最も恐れる」
「それに魔神の戦略です。王都を侵攻した手際は見事でした。戦略的にも戦術的にも満点に近い」
「儂もそう思う。手薄の王都に兵力を集中させて、罪劫王を五人も投入してきた。もし、王都が陥落していればヘルベティア王国は終わりじゃった」
「ええ、だからこそ分かることがあります」
「ほう、聞きたいのう」
レイヴィアが身を乗り出した。
「魔神は人間の戦略、戦術を理解している。よって、魔神の思考法は人間に近い」
「ふむ。確かにな……。言われて見れば……」
レイヴィアは驚いた顔をした。
「そして、魔神の力は有限であり、決して無限ではないということです」
「有限であるという根拠は?」
「分かりませんか? 俺達は罪劫王バアルとの戦いの後、満身創痍でした。正直、俺も戦う余力を失っていた。あの時、魔神が残りの罪劫王六人と魔神軍を新たに投入してくれば俺達は終わりでした」
「あっ……」
レイヴィアが桜色の瞳に驚きの色を浮かべた。
「なのに魔神は後続の魔神軍を王都に転移出来なかった。出来なかったということは転移するだけの力をあの時失っていたのです」
「そうか。そうじゃの……。魔神が無限の魔力を有しているならば出来た筈じゃ」
「はい。だから魔神には一定レベルの魔力量しかないのです。それが例えどれだけ膨大な魔力だったとしても有限です。ならば勝てる方法もある筈。有限の存在ならば、俺達人間と本質的に同じです。魔神が、【僭神】という神の一種であっても何らかの制約でその力を十全には活用できていない可能性が高い」
「そうか。その通りじゃ……。つまり決して無敵ではない……」
「はい。必要以上に恐れる必要はありません。それに魔神が人間の思考を用いて戦略と戦術を行っているならば、それを読み解いて対処することも可能です。正直、こちらの方が楽な位です。戦争の定石を無視した無茶苦茶な戦法をとらず、魔神が最も効果的な軍略を行うなら、こちらがその裏をかくことも可能でしょう。少なくともある程度の予想はできる」
「そうじゃ、その通りじゃ」
レイヴィアは何度も頷いた。ナギの分析は明晰であり、強い説得力があった。
「しかし、そなた随分と立派になったな……」
レイヴィアは椅子の背に凭れながらナギを見る。
「立派だなんて、大袈裟な」
ナギが照れて頬をかく。
「いや、お世辞ではなく本音じゃよ。出会った時と比べると雲泥の差じゃ、頼もしいのぅ。しっかりとした『将の器』になりおった」
「そこまで変わりましたかね?」
ナギは心中で首を捻る。
「ああ。しかし、変わるのも当然じゃろうな。あれほどの激戦を経れば成長せざるを得ぬ。実戦とはそれ程短期間に人を変える。人間の隠れた才能と本能を呼び覚ますからの」
レイヴィアはそう言うと、ナギに紅茶を淹れるように即した。ナギが紅茶を注ぐとレイヴィアは静かに飲み。飲み終えると立ち上がった。
「まだやることが残っておってな。夜にでもまた会おう」
「忙しそうですね」
「やることがありすぎて困っておるよ」
レイヴィアは苦笑すると虚空に姿を消した。
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