第102話 肉じゃが

マルクス・ウィスタリオン達を治癒した後、ナギ達は練兵場を後にした。昼時でお腹が減ってきた。


「何を食べようかな……」

「何にいたしましょうかね」

 ナギとセドナが考える。


「アンリエッタは何か食べたいものがある?」

 ナギが問うとアンリエッタは赤瞳を瞬かせた。


「……私もいいの?」

「勿論、仲間だからね」

「……美味しければ何でもいい」

「一番、難しい要求だね、それは」

 

 せめて肉とか魚とか言って貰いたいね。専業主婦の大変さがよく分かる。


「じゃあ、俺の国の料理にしようかな」

「ナギ様の国の料理ですか?」

 

 セドナが目を輝かせた。ナギの国の料理はエキセントリックでかつ美味しい。


「肉じゃがにしよう」

 ナギは決定した。何せ王宮の食料庫には米、味噌、醤油など日本の料理をいくらでも造れる下地があるからな。


「じゃあ、俺一人で調理室に行くからセドナとアンリエッタは部屋で待っていてくれ」

 

 ナギがそう告げるとセドナは、


「畏まりました」

 

 と拝命した。アンリエッタも頷く。

 セドナはアンリエッタとともに先に部屋に行く。

部屋に入るとセドナはアンリエッタに、


「アンリエッタ様、お話があります」

 

 と話しかけた。


「……なに?」

 

 赤瞳の魔導師が小首を傾げる。


「ナギ様とのことについてです」

 

 セドナが黄金の瞳に真摯な色を浮かべた。

 その後、セドナとアンリエッタは真剣に話し合った。



 

 ナギは調理室で肉じゃがを手早く作り上げると部屋に持っていった。「お待たせ」

 ナギが室内に戻ると、なぜかアンリエッタが顔を真っ赤にして俯いていた。そして、ナギを見るとまた目を伏せた。

「どうかした?」

 

ナギが問う。


「大丈夫ですよ、ナギ様」

 

 セドナが夢幻的な美貌に笑みを浮かべる。


「そうか。ならいい」

 ナギは虚空庫から肉じゃがと食器、ジュースを取り出した。

 セドナが慣れた手つきでテーブルクロスをかけて食事の準備をする。あっと言う間に準備された食事を見て、アンリエッタは赤瞳を輝かせた。


「……凄い。これ……なに?」

 

 アンリエッタが肉じゃがを不思議そうに指さす。


「これは肉じゃがだよ。まあ、世界一美味い料理の一つであることは間違いないね」

 

 ナギが日本人としての愛国心を爆発させて言う。

 食卓の上に並べられたのは肉じゃが、味噌汁、白いご飯。正統的な日本の家庭料理だった。


「まあ、自慢だけどこれを越える料理は殆どないだろうね。世界で最も舌の肥えた偉大な民族の叡智の結晶たる料理がこれさ」

 

 ナギが誇らしげに言うと、セドナとアンリエッタが、ほぉ~、と感歎の声をあげる。よく分からないけど凄そうだ。そして、確かに美味しそうな香りがする。


「ま、食べてみれば分かるよ。さ、食べよう」

 

 ナギは箸で食べ出し、セドナとアンリエッタはフォークとスプーンを使って食べた。


「美味しいです」

「……美味しい……」

 

 セドナとアンリエッタは一口肉じゃがを食べるとそう呟いた。


(……不思議な料理……)

 

 アンリエッタは肉じゃがを食べながら思った。なぜか懐かしい感覚がする。煮込まれた牛肉が口の中で溶けるように消えていく。また一口食べる。今度は牛肉とジャガイモを同時にスプーンで口に入れる。牛肉とジャガイモには独特な味付けがしてあり、歯と舌に味が広がると脳まで痺れるような旨さが突き抜ける。

 アンリエッタはナギとセドナを見た。彼らは肉じゃがと一緒に白米を食べていた。よく分からないが、それが正しい食べ方らしい。


(……あまり、米は好きじゃないけど……)

 

 アンリエッタはあまり白米が好きではない。白米は味がしないからだ。どうして東方の国ミブロの民はこんなものを主食とするのか理解できない。アンリエッタは不思議に思いながら肉じゃがと一緒に白米をスプーンで口に運んだ。

 アンリエッタの赤瞳が光った。


(美味しい……)

 

 信じられない。肉じゃがと白米を同時に食べると、かつて味わったことがない食感と旨味が口内に弾ける。肉じゃがの濃い味と白米の薄い味が絶妙なハーモニーを奏でている。


(……そうか。これは……。白米はこういう風に食べるのか……)

 

 アンリエッタは何か極上の真理を悟ったような気持ちになった。白米とはこうして、おかずとともに食べるとこんなに味が変わるのか。

 アンリエッタはドンドン、口に肉じゃがを運んでいった。同時に白米を味わう。

 美味しい……。止まらない。

 

 アンリエッタはナギとセドナをまた赤瞳でチラリと窺う。ナギとセドナは味噌汁を美味しそうに飲んでいる。

 アンリエッタもスプーンで味噌汁を飲んだ。

 これもいい。とても上品なスープだ。繊細で柔らかい味噌汁の味がアンリエッタの舌を楽しませる。

 

 味覚的にこれ程繊麗なスープは食べたことがない。 

 アンリエッタはドンドン、味噌汁を飲んだ。かつて味わったどのスープよりも美味しい。

 喉に送り込む時の快感が堪らない。

 いつの間にかアンリエッタの手が止まらなくなっていた。三十分後、肉じゃが、白米、味噌汁を食べ終わった後、アンリエッタは暫し、恍惚とした表情で赤瞳を潤ませた。 


(……幸せ……)

 

 アンリエッタは甘い幸福感の中で思った。

  

   

     

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