第99話 練兵場
水晶の回廊を見学し終えたナギ達は次に練兵場に赴いた。これまた壮麗な建造物であり、一見の価値があるものだった。白を基調とした外観をしており、白鳥のような趣がある。
「練兵場をこんなに派手で豪華にする意味があるのかな?」
ナギが疑問を口にする。練兵場とは騎士や兵士が訓練する場所だ。宮殿ならともかくこんな施設の外観まで豪華にする必要はないだろう。金がかかりすぎるのではないか?
「……多数の魔導師がいれば建築費は比較的安価で済む。……だから、宮殿も練兵場も庶民の家も含めて、この王都の建物はみんな豪華……」
アンリエッタが、抑揚のない声で説明する。
「なるほどね」
「安く済むなら建物は綺麗な方が良いですものね」
ナギとセドナは振り返り王都の街を見下ろした。王城は丘の上にあるため王都を一望できる。
(貴族の屋敷どころか、庶民の家まで、それなりに立派なのは建築コストが安いためか)
ナギは納得した。この世界は中世ヨーロッパレベルの文明と女神ケレス様に説明されていたが、それにしてはインフラが整っている、と不思議に思っていた。その謎が解けた。上下水道も、建築物の巨大さも建築専門の魔導師がいるというならば得心できる。
「……ちなみに練兵場は中も綺麗……。入って見る?」
アンリエッタが白髪を手でいじりながら言った。
「行こう、行こう。どうせお昼ご飯まで暇だし」
「私も綺麗なら見てみたいです」
ナギとセドナは即答した。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「確かに綺麗なもんだ」
「練兵場として使うのは勿体ないですねぇ……」
ナギとセドナは練兵場内からドーム状の天井を見上げた。天井画に鎧兜をつけた乙女達の勇壮な姿が描かれている。内部構造は、ほぼ真円に近い円形で中央部に砂が敷き詰められ、外周に閲覧席があった。
「セドナ、せっかくだから、少し身体を動かしていくか?」
「はい。ナギ様に稽古をつけて頂きたいです」
「……私は見学する……。ナギの剣術、体術は面白い……」
ナギ達は階段を降りて練兵場の砂場に入った。地面はしっかりと踏み固められており動きやすい。
軽く剣技でもセドナに教えるかな、とナギが思った時、練兵場に五十人程の鎧兜を着けた集団が入ってきた。全員、フォルセンティア王国の貴族の子息達であり、年齢は十代後半だった。
「おい! 貴様らは何者だ!」
先頭にいる金髪碧眼の若者が怒号した。どうやらナギ達がいるのがお気に召さないらしい。
「これは失礼。使う予定があるとは思わなかったもので……」
ナギは微笑して謝罪すると、彼らに場を譲って下がろうとした。
「待て! 謝罪した程度で許すと思うのか! 薄汚い平民め!」
顔を傲慢に歪めながら若者が、ナギに詰め寄る。
「よく覚えておけ、我が名はマルクス・ウィスタリオン! 栄えあるウィスタリオン侯爵の長子だ!」
余程、その名に効き目があると思っているのだろう。マルクス・ウィスタリオンは胸を傲岸にそらした。
「マルクス・ウィスタリオンか。長くて格好良い名前だね」
ナギは、本心からそう思って褒めてあげる。
「馬鹿にしているのか貴様は!」
マルクスは額に青筋を浮かべた。
「馬鹿にしてはいないよ。親御さんに良い名前をつけてもらえてよかったね」
ナギは何とか穏便にすまそうと微笑しながら褒める。
「それが馬鹿にしていると言うのだ平民! なぜ俺の名に『様』をつけぬ!」
マルクスは軍靴で地面を蹴った。
「ああ、なるほど……」
「それで怒っていたんですね」
「……面倒くさい……」
ナギ達はようやくマルクスが激怒している理由が分かった。
「ようやく理解したか、平民ども! ここは我ら栄えあるフォルセンティア王国の貴族のみが使用できる聖地。練兵場とは騎士の神殿だ! 貴様らのような愚昧で賤しい身分の者が入ることなど許されぬのだ!」
「マルクス様の仰る通りだ!」
「平民の貴様らの吐く息で聖域が汚されたぞ!」
「土下座して謝罪しろ! 平民めが!」
五十人もの少年達が口々に怒号する。騎士の鎧兜で武装した五十人がナギ達三人を逃すまいと半包囲する。貴族の子息達は、人数で大きく上回る。
その上、一見するとナギは少女のように柔弱な外貌をしており、セドナは十歳の子供。アンリエッタも小柄な少女である。彼らは貴族の権威と暴力の気配で脅せば震え上がると確信していた。
が、その予想は打ち砕かれた。
「そうか、これがチンピラに絡まれるというヤツか。セドナ、俺は生まれて初めてチンピラに絡まれたぞ!」
「私も初めて体験しました!」
ナギが嬉しそうに言い、セドナもはしゃいで答えた。
「……私は何度かある……」
アンリエッタが、なぜか得意そうに薄い胸を反らす。
数秒、練兵場に静寂が流れた。やがてマルクスとその取り巻き達が、怒りで目を充血させて怒号する。
「ふざけるな! 俺様をチンピラだと!」
マルクスが大剣を抜き放った。
「この薄汚い下民めが!」
「取り囲め!」
「あばら骨をへし折ってやれ!」
「いや、全身の骨を砕いてしまえ!」
マルクスにならい、取り巻き全員が抜剣してナギ達を包囲した。
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