第98話 水晶の回廊

 朝食が終わると同時にナギとセドナのいる部屋の扉がノックされた。 ナギが扉を開けると二十歳ほどの美しいメイドさんが、ナギに対して一礼した。


「お忙しい中失礼致します。私は衣装係としてこの城に使えておりますソフィアと申します」

 

衣装係を名乗るソフィアという女性は礼儀正しく挨拶をした。ソフィアによると三日後の晩に戦勝記念祝賀会があるので、その祝賀会に列席するナギとセドナの服を作らせて頂きたいという。

 ナギもセドナも、礼服を持っていないためソフィア嬢の申し出を承諾した。


「では早速、採寸をさせて頂きたく存じます」

 

ソフィア嬢はそう言うとナギとセドナの身体の寸法を即座に採り始めた。プロだけあって仕事が素早く的確だった。

 

 ソフィア嬢は、採寸が終わるとフムフムと何やら呟き黙考し、やがてナギとセドナに視線を投じた。


「お二人のお身体とご容姿に適した服を祝賀会までに作り上げます。どうか楽しみにお待ちくださいませ」

 

ソフィア嬢はそう言うとメイド服のスカートを両手で摘まんで一礼した。ついでに空になった朝食の皿を下げて部屋を辞した。


「流石にプロだな」

「はい」


 ナギとセドナは感心した。


「それにしても……」

 

 とセドナはちょこんと椅子に腰掛けた。


「戦勝記念祝賀会とは……、パーティーがあるのは知っていましたが良いのでしょうか?」

「良いって何が?」

 

 ナギはセドナの対面の椅子に座る。


「窓の外を見て下さい。ナギ様」


セドナの言葉に応じてナギは窓に黒瞳を投じる。窓の外は市街地が広がっていた。その市街地は一割程が損壊している。


「確かに罪劫王達と魔神軍を退けましたから、『戦勝』であることにかわりはありませんが、こんなに市民が大変な状態の時に祝賀会など開いて良いのでしょうか?」

 

 セドナが申し訳なさそうに言うと、ナギが首を振った。


「だからこそやる必要があるんだ。ヘルベティア王国の王都が魔神軍に襲撃されてしまったんだ。王都に住む民衆もショックを受けているし国家の権威も傷ついた。だから、罪劫王を倒して、魔神軍を追い払ったという事実を大々的に祝賀会を通じて布告することで民衆の苦しみと悲しみを緩和させる必要があるんだ」 

 

 ナギはセドナに優しく説明した。戦争においては必ず犠牲が伴う。その犠牲は勝利すれば無意味なものではなくなる。すなわち死者達が無駄死にではないと確認することで、生者達は精神的に安寧を得られる。

 

 そのためには戦勝記念祝賀会を派手に行って、「犠牲は無駄ではなかった」と国全体に知らしめる必要がある。

 

 勝利した事実を再確認すれば国民の士気も上がるし、祝賀会を王都全域で行うことで、金が回り民衆も経済的に潤う。その分だけ復興も進むという訳だ。


「そうでしたか。流石はナギ様ですね。私はそこまで考えがまわりませんでした」

 

 セドナは黄金の瞳に感嘆の色を浮かべてナギを見る。


「たいしたことじゃないよ」

 

 と、ナギは照れて頬を染めた。実際たいしたことではなく、祖父・円心が言っていたことの受け売りに過ぎない。戦意を昂揚し、経済を回すために国家行事を行うのは洋の東西を問わず国家がよく使う手だ、と円心に教えて貰ったことがあるのだ。


「たいしたことあります。やはりナギ様は偉大であられます」

 

 シルヴァン・エルフの少女が全身に尊敬の念を表して言う。


「いやいや……」

 

 セドナに褒められてナギの頬がドンドン赤くなる。ナギは照れ隠しに

一度視線をセドナから外し、またセドナに戻した。


「しかし、平和なのは良いけど暇だな。やることと言ったら食事することくらいしかないもんな」

「それで良いではありませんか。平和でのんびりと出来るのは最高のことだと思います。私はナギ様と一緒に穏やかに過ごせて凄く幸せです」

「確かにね」

 

 ナギは肩を竦めて苦笑した。贅沢な悩みだと自省する。


「昼食まで、散歩でもしようか?」

「はい」

 

 ナギとセドナは城内を散策することにした。王城は広い暇潰しには最適だろう。ナギとセドナが、部屋を出ようとドアを開けると灰色の帽子に灰色のローブをまとった小柄な少女が廊下に立っていた。


「アンリエッタさん?」

「アンリエッタ様」

 

 短めの処女雪のような白い髪。ルビーのような瞳をした大魔道士は人形のような顔をナギとセドナに向けた。そのままアンリエッタは十秒程、沈黙すると、


「……おはよう……」


 とポツリと呟いた。ナギは沈黙が終わったことに安堵して笑みを浮かべ挨拶する。


「おはよう、アンリエッタさん」

「おはようございます。アンリエッタ様」


 セドナもペコリと頭を下げる。


「……散歩に行くなら私も行く」

 

 アンリエッタは唐突に宣言した。


「よく散歩に行くって分かりましたね?」

 

 ナギが軽い驚きを込めて言うと、アンリエッタは、


「……耳が良いから……」

  

 とぼそりと呟き頬を染めた。


「良いですね。では一緒に行きましょうか」

 

 ナギがそう告げると白髪の魔道士は首を振った。


「……敬語は要らない。名前も呼び捨てでいい……」

「そう? 了解。じゃあ、行こうか。アンリエッタ」

 

 ナギが言うとアンリエッタは頬をますます赤く染めて灰色の帽子を目深におろして顔を隠した。その様子を見たセドナは黄金の瞳に微笑を浮かべた。



◆◇◆◇◆◇◆◇


 

 

王城は優麗で散歩にはもってこいの場所だった。地球のヴェルサイユ宮殿に似た建築様式だが、広大さも荘厳さもこの王城の方が遙かに上回っている。


「よくこんな巨大建築物を建てられたな」 

 

 ナギは王城を歩きながら感嘆した。


「……魔法で施工されている。だから大きくて豪華な建物を造れる……」

 

アンリエッタが無表情で説明する。アンリエッタが言うには建築専門魔導師がおり、彼らは魔法で石材や材木を組み立てる魔法に長けているらしい。


 この王城は二百年前に八百人もの建築専門の魔導師と、二万人の大工によって立てられたヘルベティア王国史上最大最高の宮殿だそうだ。


「凄いな。まさに資金と人的資源によって生み出された建築の芸術だな」

「確かに凄い美しさです……」

 

 ナギもセドナも溜息まじりの声を出した。圧倒的な宮殿の荘厳さがナギとセドナの魂を震わす。理屈抜きで、感動してしまうだけの威力がこの宮殿にはあった。

 

 なぜかアンリエッタはこの宮殿に詳しく、地図もみずに複雑な宮殿を的確に歩いて二人を先導する。 


「ところでアンリエッタはどうしてこんなにこの宮殿に詳しいの?」

「……地図で見て覚えた……」

「地図で? こんな迷路みたいな宮殿をよく覚えられるな」

「……記憶は得意……」

 

 十二歳程の外見の魔導師は平坦な胸をわずかに反らす。どうやら少しばかり自慢しているらしい。


「……この先が一番人気のスポット」 

 

 アンリエッタが言うにはこの王城は部分的にだが一般民衆にも公開されているそうで、どの広間や場所が綺麗かを紹介した本まで出版されているらしい。アンリエッタが案内した先にある広間は『水晶の回廊』と呼ばれる広間だった。


「凄い……」

「ふわぁ~」

 

 ナギもセドナも瞳を開いて瞠目した。

 

 黒髪の少年と銀髪の少女の視界にひらけた光景は言語を絶していた。

 『水晶の回廊』は豪華絢爛という言葉に相応しい威容を誇っていた。

回廊の長さは二百メートル、幅は三十メートル。高さ三十メートルもあり、六十七組の巨大な窓と一千二百枚もの鏡が壁一面に張られていた。

 

 水晶で出来た神々の像が、一定間隔で立っており、それらが陽光を反射して水晶の輝きで回廊を満たしている。

 

 まさに水晶の回廊であった。

 

暫し、言葉もなくナギとセドナは水晶の回廊に眼を奪われ、やがて、歩き出す。精巧を極めた無数のシャンデリアの下を通る。


「眼福とはこのことだな」

「言葉もでません。なんて壮麗なんでしょう……」

 

ナギとセドナは感心しながら水晶の回廊を歩き、アンリエッタは興味があるのかないのか分からない人形のような顔でテクテクと歩いた。

 

 

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