第57話 到達




〈迷宮討伐軍〉1万2000余名が、〈幻妖の迷宮〉の前に到達した。


小高い丘の上から、相葉ナギとセドナは、〈幻妖の迷宮〉の入り口を見る。


「なんだこれは……」


相葉ナギは呻いた。


歪かつ、不気味な光景だった。


平原に直径3キロほどの黒い真円が穿たれていた。


黒く丸い円は、不気味な光を放ち、見る者を圧迫している。


「……あれは、〈幻妖の迷宮〉の〈転移門(ゲート)〉……」


大魔道士アンリエッタが、ナギの側に馬を寄せた。


エヴァンゼリンとクラウディアも、ナギの近くに馬を寄せる。


「さて、ナギ君。君とセドナは僕たちとともに〈幻妖の迷宮〉に突入してもらうよ。狙いは〈幻妖の迷宮〉の主ダンタリオンだ。つまり最精鋭部隊さ。光栄だろ?」


「ええ」


ナギは、神剣・〈斬華〉の柄に左手をそえた。


望むところだ。それにエヴァンゼリン達とともに行動する方が安全だろう。他の兵士は気心が知れないし、自分よりも弱い兵士と組んでもろくなことにならない。


その時、角笛と戦鼓が響いた。


「第1軍、突入せよ!」


ヴェルディ伯爵が、第1軍に突入命令を下した。



3000人が、〈幻妖の迷宮〉にむけて整然と行進していく。最前列の兵士が〈幻妖の迷宮〉の〈転移門〉に入ると、姿を消した。


次々に兵士達が〈転移門〉に突入する。


まるで、黒い真円に兵士達が飲み込まれていくようだ。


ナギの身体に、軽い戦慄が走る。


「怖いかね?」


槍聖クラウディアが、ナギに問うた。


「はい。とても怖いです」


ナギが即答すると、クラウディアは微笑した。


「そうか、恐れを素直に認めるとは強いな。戦士はそうでなくてはならん」


「クラウディアさんも怖いですか?」


ナギが問うと、クラウディアが肩をすくめた。


「もちろん、怖い。そして、その心が私をいつも救ってくれた。今回も多分生き残れるだろう」


クラウディアが、そう言うと手に持った兜を装着した。


「……生き残りましょう」


ナギが自分に言い聞かせるように言う。


「当然だ」


クラウディアが兜の紐を締める。エヴァンゼリンはじっと〈転移門〉を見据えて身じろぎもしなかった。



◆◆◆◆


 角笛の音が平原に響いた。ヘルベティア王国の軍旗が掲げられ、全軍が〈幻妖の迷宮〉の〈転移門(ゲート)〉に向かって行進する。


相葉ナギとセドナは、勇者エヴァンゼリン、大魔道士アンリエッタ、槍聖クラウディアとともに歩を進める。


輜重部隊と兵站の守備兵を残し総勢8000余名が〈幻妖の迷宮〉の〈転移門〉に向かう。


「こんなに大勢で迷宮に入って大丈夫なのか? 迷宮の内部で、人が多すぎて進めないなんてことになったら笑い話にもならないが……」


 ナギが不安を口にすると、エヴァンゼリンがクスリと笑った。


「それは心配ないよ、ナギ君」


「……〈幻妖の迷宮〉は広い……」


大魔道士アンリエッタが、呟く。


ナギは頬をかいて、


「本当に大丈夫か?」


と独語した。


やがて、最前列の兵士が、転移門に入った。そして姿が消える。


10分後、ナギ達も転移門の前に来た。


(デカい……)


ナギは、圧倒された。


平原に突如として存在する黒い真円。


直径3キロもの異形の黒い空間。


おぞましい妖気のような黒い光が放たれている。


「さて、ナギ君。行こうか」


エヴァンゼリンが、水たまりに入るように黒い真円に足を進めた。その


まま水に入るようにトプンとエヴァンゼリンの姿が消える。


巨大な黒い水のプールにダイビングしたようだ。


ナギは覚悟を決めて足を上げ、黒い真円に足を降ろす。


刹那、ナギの視界が変わった。


「ここは……」


「ようこそ。〈幻妖の迷宮〉へ」


エヴァンゼリンが、芝居がかった口調で言う。


ナギは瞠目して〈幻妖の迷宮〉を見る。


大きい……。


信じがたいほどに巨大だ。


天井は1キロはあるのではないか?


部屋は正方形だと思われる。だが、壁までの距離が2キロはある。


なんという広さだ……。


魔法光による明かりが壁や天井から発せられ、視界は通る。


迷宮は魔神軍が時空間魔法で構築したため広さが規格外だった。


セドナ、大魔道士アンリエッタ、槍聖クラウディアも転移してきた。


ヴェルディ伯爵も遅れて参陣し、隊列を作るように指示する。


(ヴェルディ伯爵は、迷宮で指揮を執るのか……)


ナギは感心した。


なんとなく貴族は後方で待機して、手柄だけを奪うような気がしていた

が自分の身を危険に晒すとは大したものだ。


迷宮内で軍列が整うと進軍が開始された。


不気味な静寂が迷宮の中に横たわる。


討伐軍8000余名の軍靴と武器、甲冑の擦れ合う音が響く。


(静かすぎる……)


ナギはいつでも神剣・〈斬華〉を抜刀できる体勢を取って歩いた。


「セドナ、モンスターの気配や、音を感じるか?」


「いえ、全く感じません……」


ナギの問いにセドナが答える。


やがて第1層から第2層に降りる階段に辿り着いた。階段の幅は、500メートルはある。


まるで軍隊に通れと誘っているような構造だ。


「わざと、通りやすくしているようだ……。普通の城塞なら通路は狭くするのが定石なのに……。こちらを誘っているのか?」


ナギの独語にアンリエッタが、


「……ご名答……」


と呟いた。






討伐軍8000は、そのまま第4層にまで到達した。

モンスターとは一匹も遭遇しなかった。


第4層は、天井、壁、床、全てが白い大理石で構築されており、魔法光まほうこうで照明がなされていた。

まるで招待客をもてなすかのような雰囲気。


討伐軍8000名は、第4層の中央部にある巨大な空間に出た。

正方形で一片が2キロのほどの空間だった。


ふいにナギとセドナの背骨に不快な戦慄が走った。

粘つくような視線。殺意が濃縮されている。


突如、空間の上方に無数の黒い光球が出現した。

落雷のような音が弾け、同時に黒い光球からモンスターの群れが飛び出した。


「迎撃せよ! モンスターどもを殺せ!」


ヴェルディ伯爵が怒号し、兵士達が武器を構える。


ナギは神剣・〈斬華〉を抜刀し、セドナは《白夜の魔弓》を構えた。

一瞬で乱戦となり、数秒後に死闘に変わった。


異形の怪物の群れは総数5000を超えていた。

モンスターは、昆虫型、哺乳類型、植物型とあらゆるタイプが混在し、圧倒的な殺意と獰猛さを発揮して人間達に次々に襲いかかった。

ナギは〈斬華〉でモンスターを両断し、セドナは《白夜の魔弓》を連射してモンスターを射殺した。


エヴァンゼリンは〈飛行フライ〉の魔法を使って飛ぶと、空中に浮遊したまま聖剣をふるった。一撃で数十匹のモンスターを屠り、放つ魔法で100体以上のモンスターを鏖殺する。


槍聖クラウディアが、槍をふるう度に数匹のモンスターが吹き飛ばされる。


大魔道士アンリエッタは、治癒魔法と防御魔法に専念した。負傷した味方を即座に治癒し、敵の攻撃を魔法障壁で、無効化する。


(これが大魔道士アンリエッタの力か……)


ナギは畏怖に満ちた目をアンリエッタにむけた。

圧倒的な魔力で8000名の味方を護りきっている。これほど凄まじい使い手は見たことがない。


モンスターと人間との戦いは、人間に終始優勢に進み、モンスターの死体が床に積み重なっていった。





◆◇◆◇◆◇◆◇




討伐軍とモンスターの戦闘を密かに観察する者がいた。

頭部がカエルに酷似し、黒い鎧をまとった悪魔ーーラーフ伯爵である。


(やはり手強い……)


ラーフ伯爵は姿を消しながら、人間の戦士達を観察する。


勇者エヴァンゼリン、大魔道士アンリエッタ、槍聖クラウディア。

この3人は、規格外の使い手だ。


本当に人間なのかどうか疑わしく思える。


(それにしても面倒な……)


ラーフ伯爵は上役であるダンタリオンの命令を思うと、怒りさえ湧いてくる。最大戦力たるダンタリオンは、こともあろうに、勇者エヴァンゼリン達と闘うよりも、相葉ナギという若造と闘うことを所望しているのだ。


本来ならば、ダンタリオンが率先してエヴァンゼリン達を仕留めるべきであろうに……。


だが、魔神軍において序列は絶対である。


ラーフ伯爵は1つ嘆息すると、ダンタリオンの命令を実行するために動き出した。







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