第56話 アメリカの家庭料理


行軍は緩やかで兵士の体力を温存することに気を遣っていた。


日が沈むと、すぐに野営地が築かれた。


俺とセドナは勇者エヴァンゼリンのいる営舎の隣の営舎に滞在させてもらえた。凄い好待遇だった。食事も兵士が運んできてくれる。


食事はいかにも軍人が食べるための料理という感じだった。


栄養を重視し、かつ大量の肉、野菜、果実、それと蜂蜜入りの牛乳が特徴的だった。カロリーが大目の食事を食べていると、地球の潜水艦乗りを思い出す。


潜水艦の乗組員などはカロリーが大目の食事を一日4回、食べる。

いつ海に投げ出されても良いようにだ。


海に放り出された場合、沢山喰っていないと、エネルギーがもたず、海に負けて死んでしまうのだ。


俺とセドナはたっぷりと喰った。


悪いが遠慮はしない。冤罪でブチこまれたんだ。これは迷惑料としてタップリ喰っておく。


……だが、あまり美味くない。


「……あまり美味くはないな……」


「……はい」


俺とセドナは、テーブルの上に並ぶ大量の料理を見ながら言った。


どうもダメだ。《食神(ケレスニアン)の御子》のスキルで味覚のレベルが上がってしまった。


よほど美味い料理でないと、舌が美味いと感じてくれない。


贅沢だが、この料理は、不味くはないが、美味くもない。


……なんだか、口寂しい。いや、量はあるけど……。


「今まで、良いモノ喰ってたんだな……」


「……はい……」


〈幻妖の迷宮〉侵攻作戦が終わったら、また美食三昧の生活に戻ろう。そのためにも〈幻妖の迷宮〉で沢山、モンスターを倒さないと。何せ、どんなモンスターでも報奨金が十倍になる。これは凄い。百万円分倒せたら、一千万円。一千万円分、倒したら、一億だ。


金が手に入るかと思うと俄然やる気が出てきた!


現金が入ると人間は元気になる!


俺は美味くもなく、不味くもないステーキにカブリついた。肉を食って、体力をつけなくてはならない。


そこで俺はアッと気付いた。このボリューム満点で、美味くもなく、不味くもない料理。


……アメリカの家庭料理だ……。




****************************************************




迷宮の最深部。


広大な室内の奥にある玉座に、ダンタリオンは巨体を沈めていた。


彼の目の前に、古都ベルンでの戦闘の映像が映し出されている。


彼の配下が見たものを映像化したものだ。


映像の中で、勇者エヴァンゼリン、大魔道士アンリエッタ、槍聖クラウ


ディアが、彼の配下のモンスターを打ち倒していく。


ダンタリオンは、つまらなそうにそれを見やっていた。


その後、映像が切り替わった。


グシオン公爵と相葉ナギ、セドナとの戦闘である。


その刹那、ダンタリオンの目つきが変わった。


食い入るように映像を見る。


グシオン公爵を倒した相葉ナギの剣技。


その剣の技法、鮮烈さ、熟達した動き、どれもダンタリオンがかつてみたどの剣士よりも優れている。


「素晴らしい……。名は相葉ナギ……か……」


ダンタリオンが感嘆の声をもらした。


「この者を我が前に連れてこい」


ダンタリオンの宣言に、広間に居並ぶ怪物達は顔を見合わせた。


一人の悪魔が前に進み出て、階の下で拝跪する。


悪魔の名は、ラーフ伯爵という。頭部がカエルの悪魔で、黒い鎧を纏っている。


「ダンタリオン陛下。この者を御前にと申されましても……。このような葉武者、陛下のお手を煩わす価値などございますまい」


「吾輩が、そう望んだのだ。ラーフよ」


ダンタリオンの双眸に殺意が宿った。ラーフ伯爵は恐懼して身を縮めた。


「……かしこまりました……」


ラーフ伯爵は心中で舌打ちをした。


(また、座興をなさるおつもりか……)


自分の上役ながら、ダンタリオンに嫌気がさす。ダンタリオンは剣士の矜恃という得体の知れないモノに取り憑かれている。


任務よりも、剣士と闘うことを優先するのだ。ラーフ伯爵には理解不能である。


(本来の主任務を忘れておいでではないか?)


ラーフ伯爵は心中で毒づく。


魔神から託された命令は、第一に勇者エヴァンゼリンをこの〈幻妖の迷宮〉に引きずり込んで殺害すること。


第二に、勇者エヴァンゼリンの腹心である大魔道士アンリエッタと、槍聖クラウディアを殺すこと。


煎じ詰めれば、勇者エヴァンゼリン達を殺すこと以外は二義的な要素でしかない。


勇者エヴァンゼリン達を殺すには、この〈幻妖の迷宮〉の最大戦力であるダンタリオンが、勇者エヴァンゼリン達と闘うことだ。それをダンタリオンは、相葉ナギを倒すことを優先しようとしている。


ラーフ伯爵は、拝跪したままダンタリオンに問うた。


「では、勇者エヴァンゼリン達は如何なさいますか?」


「ラーフよ。陣立ては任せる。勇者エヴァンゼリン達を殺す手柄は、そなたらにくれてやる。吾輩の前に相葉ナギのみを連れてこい。吾輩は、相葉ナギとの一騎打ちを所望する」


ダンタリオンの命令にラーフ伯爵は、頭を垂れた。


(仕方あるまい……)


ラーフ伯爵は広間を出ると、部下を収集した。


「良いか、ダンタリオン陛下から勅命が下った」


ラーフ伯爵は、戦略を練り直して、布陣の配置を命じた。


相葉ナギという小僧をダンタリオンのいる広間に転移させる。そして勇者エヴァンゼリン達は、ラーフ伯爵が指揮した軍勢で包囲して討ち取る。


「即座に布陣をすませよ。明日には勇者エヴァンゼリンと人間どもの軍団がくるぞ」


ラーフ伯爵の命令に配下のモンスターが一礼して去った。




















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