第50話 牢獄
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【場所:古都ベルン ヴェルディ伯爵の城の地下牢 】
【相葉ナギ】
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古都ベルンの中央部にあるヴェルディ伯爵の城は、丘の上に建っている。
白い鮮やかな居城は、古都ベルンの市民の誇りでもあった。
相葉ナギは、その城の地下牢に幽閉されていた。
グシオン公爵を倒した直後に気絶し、気付いたらこの牢獄に投獄されていた。
初日は、夜まで筋肉痛で苦しみ、取り調べはその翌日からされた。
そして今は、地下牢に幽閉されて、三日目の朝になる。
「参った……」
ナギは牢獄の中で呟いた。
(最大級のピンチだ……)
ナギは粗末なベッドに座りながら頭を抱えた。
まさか敵が、こんな策略を使うとは思いもしなかった。
死んだグシオン公爵という悪魔の奸智に身震いするほどの恐怖を感じる。
直接的な暴力だけでなく、このような策略まで使うとは、なんていう奴らだ。
(しかし、どうしよう? どうすれば良い?)
取り調べにあたった警察官には、ちゃんと真相を伝えた。
だが、一向に釈放される気配がない。
ヘルベティア王国の法律では、殺人罪は、刑法199条に基づき、死刑もしくは終身刑、または5年以上の懲役刑になるらしい。
(最悪の場合は、死罪か……)
こんなことで、死刑にされたら、死んでも死にきれない……。
俺が頭を抱えた時、牢番の声がした。
「出ろ! 取り調べだ!」
俺は取調室に移動させられて椅子に座らされた。俺の対面には若い刑事が座っている。
刑事だとか、警察だとか、司法制度が随分と進んでいる。
これは近代の地球人の来訪者が、作った制度に違いないと俺は確信している。
俺の対面に座るのは、ルパード警視という40歳前後の男だ。
厳つい顔つきをしたルパード警視は、調書を丹念に読み込むと俺に視線を投じた。
「アイヴァー・ナギ」
ルパード警視は俺をアイヴァー・ナギと呼ぶ。相葉という名字は、発音しにくいらしい。
「はい」
と、俺は怯えながら答えた。
「繰り返しになるが、確認をするぞ。お前は殺人の容疑で投獄されている。だがお前は悪魔を殺したから無罪だと主張している」
ルパード警視が、俺に視線を射込んだ。
「はい。俺が殺したのは魔神軍の一員で、グシオン公爵という名前の悪魔です」
「うむ。そして、グシオン公爵は死ぬ直前に8歳ほどの少女に化けた。だから、死体は人間の少女の姿をしている。つまり悪魔の奸計であるというのが、お前の主張だな?」
「はい」
俺は真摯に答えた。
ルパード警視は、沈黙した。猛禽のような目が俺に向けられる。
俺はごくりと唾を飲んだ。耐え難い思い沈黙が数秒続いた後にルパード警視は口を開いた。
「だが、死体を検分したが血液検査でも魔法による鑑定で、死体は少女のままだったぞ」
「馬鹿な! そんなことが!」
俺は叫んだ。ありえない。死体は悪魔の筈だ!
「それだけではない。少女の遺体は死後三日たっても少女のままだ。享年は8歳前後。紛れもなく人間だ」
俺の心臓が冷たく凍りつく。
「嘘だろ……」
「最初はお前さんの主張を半分は信じかけた。悪魔ならば人間に化ける魔法を使用してもおかしくない。また、お前さんには動機が欠落しているしな。だが、遺体が人間である以上、お前さんを殺人罪で送検するしかない」
「……」
俺はあまりのことに腰が砕けそうになった。
グシオン公爵の冷笑が脳内に響き渡る。
悪魔め……。
「無辜の民……。しかも、8歳の少女を殺した場合、裁判官や検事の心証は最悪のものとなるだろう。しかも、冒険者が殺したとなれば世論も極刑を望む。……お前さんは、確実に死罪だろうな」
俺の視界が歪んだ。喉に恐怖がせりあがり全身が震える。
死罪……。そんな……。かつてない恐怖が、黒雲のように俺の心を満たした。
「……いいか。アイヴァー・ナギ。これからは容赦なく取り調べを行うぞ。この殺人鬼が!」
ルパード警視が叫び、机に拳を叩きつけた時、ドアが開いた。
若い警部が入ってきて、ルパード警視に耳打ちする。
「なんだと?」
ルパード警視が立ち上がり、軍隊式の敬礼をした。
俺が後ろを振り返ると、2人の美女がいた。
16歳ほどの年齢で灰金色の短めの髪に灰色の瞳をしていた。
灰金色の鎧をつけ、腰には美しい剣を帯びている。
もう1人は、12歳ほどの少女だった。
長い白髪に、ルビーのように光る深紅の双眸をしており、人形のような印象の少女だった。
「勇者エヴァンゼリン……、大魔道士アンリエッタ……」
俺は茫然としながら呟いた。
なぜ、この2人がここに?
「この少年が、グシオン公爵を倒したアイヴァ・ナギ君かな?」
灰金色の髪の少女ーー勇者エヴァンゼリンは俺に微笑をむけた。
「は、はい。現在取調中です」
ルパード警視が背筋をただす。
「いや、取り調べは終わりだよ。この少年は無罪さ」
勇者エヴァンゼリンが、俺に灰色の瞳をむけながら言う。
「いや、しかし……」
ルパード警視が、反論しようとした。
勇者とはいえ、自分の部署と職権を荒らされるのは嫌なのだろう。
大魔道士アンリエッタが、一歩前に出た。長い白髪がゆれる。
「……証拠、出た」
大魔道士アンリエッタが黒いローブから、何かを取り出した。
「そ、それは……」
「ひっ!」
ルパード警視と若い刑事が呻く。
大魔道士アンリエッタが手に持っているのはグシオン公爵の生首だった。
「……私が解析した。これ、悪魔。人間に化ける魔法に長けている」
大魔道士アンリエッタが、サイボーグみたいな人間味のない口調で言う。
ルパード警視と若い刑事が顔を見合わせる。
どうも、説明不足で事態が飲み込めないらしい。俺もよく分からない。
「あ~、失礼。あのね? アンリエッタが言いたいのはね……」
エヴァンゼリンが、頬をかきながら説明しだした。
エヴァンゼリンとアンリエッタは、俺が「グシオン公爵を倒した」と警察に主張していることに、興味をもったらしい。
そして、俺が警察に殺人罪で抑留され、悪魔の死体が人間に化けているとの情報を得ると、アンリエッタは全てを悟った。
公爵ほどの位階が高い悪魔ともなると、凡庸な魔法使いがその変身の魔法を解除しようとしても出来ない。
だから、アンリエッタという大陸随一の魔法使いが、グシオン公爵の魔法を解除して、本体を暴いたというのだ。
「まあ、警察の落ち度ではないよ。なにせグシオンは公爵の位階をもつ悪魔だ。人間に化ける腕は凄いものだったよ。変身の魔法を暴くにも、アンリエッタくらいの技量がないと難しいのさ」
「……私も、結構、時間がかかった」
大魔道士アンリエッタは、グシオン公爵の生首を、じっと見るとローブの中にしまい込んだ。
ルパード警視と若い刑事は、押し黙り何事かをささやき合った。
「少々、お待ちを……」
ルパード警視が取調室を出た。
エヴァンゼリンは肩をすくめて呟いた。
「やれやれ、目撃者を調べようともしないとは相変わらず、この国の警察はどうしようもないね……」
「……司法制度は、どこの国でもまだ未発達……。冤罪だらけ……」
アンリエッタは白髪を軽くふった。
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