第37話 鱈のムニエル ~《きのこバターソース添え》




俺とセドナは古都ベルンのレストラン通りを歩いていた。


昼飯時なのもあって、混雑している。やはり、食事はいつの時代、どの場所でも、商売として成り立つから良いよな~。


どんな国家でも民族でも、必ず食事は取るから、食事に関する商売は、一定の富がある所に必ず存在する。


俺とセドナは、おのぼりさんらしく、キョロキョロと色んな店を見て回った。100店以上もあるから、迷う迷う。


俺達と同じようにどの店にするか悩んでいる人達が大勢いた。こういう

風に、何を食べようかと迷うのも楽しみの1つだ。


ふいに俺の鼻に、鱈(たら)のうまい匂いが飛び込んできた。


(ああ、これは美味しい)


と、俺は確信した。


「セドナ、あの店の鱈を食べたいんだけど良いかな?」


俺が問うと、セドナは、


「はい。何でもナギ様のよろしいように」


と答えた。


店に入ると驚いた。


デカイ鱈が、店内で丸焼きにされている。


5個に切り分けられた鱈は、一個100センチ。つまり、全長5メートル前後はある。


デカすぎる。なんていう大きさだ。


俺の視界に映っているのは、鱈……、だと思う。少なくとも外見は鱈だ。


しかし、全長5メートルというのは……。


それが、串刺しにされて店内の中央にある囲炉裏のような場所で豪快に

丸焼きにされていた。すごい……。


「ああ、大鱈(おおたら)ですね」


と、セドナがこともなげに言う。


「大鱈とな?」


俺は思わずツッコんだ。


とりあえず席につくと、男性店員がメニューを渡してくれた。


鱈のムニエルとパン、葡萄ジュースを頼む。


俺は、囲炉裏で焼かれている鱈に視線を移動させた。豪快に火が爆ぜ、火の粉が散る。匂いは間違いなく鱈だけど、味が大味になったりしてないだろうな?



どうしても質問したくなって、俺は店員さんを呼んだ。


「あの~、質問して良いですか?」


「どうぞ、何なりと」


男性店員さんが愛想良く答える。


「あの、大鱈(おおたら)はなんなんでしょうか?」


「大鱈は、大鱈でございますが?」


男性店員が首を傾げる。


質問の仕方を間違えたようだ。


「あれは海で釣れるんですか?」


「もちろんでございます」


この世界の海ではあんなのが釣れるのか!


「……俺は、もっと小さい鱈しか見たことも、食べたこともないので、びっくりです」


「おや、お客様は鱈しか見たことがないと言うことですか?」


「ええ」


俺が答える。


「それはお可哀想に……」


なぜか、心底同情された。可哀想な人を見る目をするな。


「この機会にぜひ、大鱈の味を堪能してくださいませ。わがレストラン通りの大鱈(おおたら)の味は古都ベルン随一でございますぞ」


男性店員は胸を張る。


「あの、大鱈と鱈は違うんですか?」


「勿論でございます」


男性店員が、慇懃に答える。


「どう違うんですか?」


「鱈は普通の大きさの鱈でございます。大鱈は、デカい鱈でございます」


すごい頭の悪い答えがかえってきた。さっぱり分からん!


「では失礼致します」


男性店員が去った。


俺は再び全長5メートルの鱈を見た。


地球には、大西洋鱈(たいせいようたら)という大きな鱈がいる。


西大西洋や、バルト海、北海などの海域で釣れる。


だが、それでも成体で、体長2m、体重90キロ前後だ。


あんな規格外の鱈みたこともない。


う~む。豪快で楽しい。ファンタジーだな~。


「あの、ナギ様のいた地球という星では、大鱈がないのですか?」


セドナが不思議そうな表情を浮かべる。


「うん、ないね。あんなに大きいのがいるのかとビックリした」


「地球とは不思議な星なんですね」


妙に感心されてしまった。いや、不思議なのはこの異世界フォルセンティアだと思う。……いや、これは主観の相違か……。


やがて、料理が運ばれてきた。


『鱈のムニエル』~《きのこバターソース添え》。それとパンと葡萄ジュースだ。鱈にバターソースが、タップリ塗られている。


皿への盛りつけ方も素晴らしい。料理は見た目も大事だ。


ブロッコリー、トマト、キノコが綺麗にタラのまわりに並べ慣れている。コショウの匂いと鱈の匂いが、食欲をそそる。


俺とセドナはナイフとフォークを手に取って食べ始めた。フォークに鱈をさして口に運ぶ。


うん、旨い。味がさっぱりしてる。間違いなく、鱈の味だ。バターソースがよく合う。


パンを千切って、皿にあるソースをつけて食べる。バターソースが、パン生地に染みついて旨い。


ブロッコリーとトマトを鱈と一緒に食べる。うん、野菜、単品でも食べれる味だ。無農薬だからだろう。


無農薬の野菜は甘い。


トマトがここまで甘味があるとは。地球にいた頃は農薬づけの野菜が多かったから驚きだ。


トマトを口でかみつぶす。トマトの味と鱈の味が混ざり合う。

舌先で蕩けていく。ああ、幸せだ。


サッパリとして美味しい。


パンが合うのでどんとん、パンを食う。そして、葡萄ジュースを飲んだ。


「お、これは……」


俺は思わず、葡萄ジュースの入ったグラスを見た。


芳醇だ。葡萄の甘さが口内で広がる。葡萄ってこんなに甘いのか?


人工的な砂糖の味ではない。


葡萄本来の自然の甘味。


砂糖の人工的な旨味とは違う。本来の自然が織りなした甘さだ。


……葡萄って美味しいんだな……。


葡萄ジュースでこんなに感動してしまう日がくるとは思わなかった。


俺もセドナもドンドン、鱈を食って、パンをおかわりしまくった。


2人でパンを5回もおかわりしたが、店員は嬉しそうに持ってきてくれた。うん、この男性店員はプロだ。


旨かった!


メニュー画面が、俺の脳内で声を響かせた。

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《食神(ケレスニアン)の御子》発動。

『鱈のムニエル』~《きのこバターソース添え》を記憶しました。


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俺とセドナは店を出て、宿屋に戻った。俺は椅子に座し、セドナはベッドの上に腰掛ける。


俺が、武具の点検でもしようかと思っていると、突如として室内に閃光が弾けた。


光の消失と同時に羽を生やした封筒が、パタパタと室内を飛び回った。


「ナギ様?」


セドナが警戒して《白夜の魔弓(シルヴァニア)》を構える。


「大丈夫だ。知人からの手紙だよ」


忘れもしない。間違いなく女神ケレス様の手紙だ。


羽を生やした封筒が、小鳥のように俺の手に飛び込んでいた。


封筒を見ると「女神ケレスより、相葉ナギ様へ」と書かれていた。


俺が封筒を開けると、真っ白な手紙があった。やがて手紙に女神ケレス様の文字が浮かび始める。


相変わらず書道家のように流麗な文字だ。


『お久しぶりです。

桜の花も盛りを過ぎ、吹く風も暖かく感じられる季節となりました。

相葉ナギ様におかれましては、益々、ご隆盛のこととお喜び申し上げます』


「いえ、桜なんて咲いてません」


俺は思わずツッコミをいれた。


ケレス様だなァ~っと思う。


もしかして、俺はこんなノリのミスで死んだのか?










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