第38話 神との対面




新しい文字が手紙に浮かび上がる。


『私の交渉がようやく少し実りまして《魂を管理する神》と誓約を交わすことができました。つきましては、相葉ナギ様。是非とも、私とともに、神々の住まう夢幻界にお越し頂いて、私の立ち会いの下で、《魂を管理する神》と面会して頂けませんか?』


「面会?」


『はい。そうです』


ケレス様の文字が、すぐに浮かんだ。……手紙の電話? ネットみたいだ。


『私、女神ケレスが引率しますので、一度、私の部屋に来て頂き、説明をした魂を管理する神に会って欲しいのです』


『《魂を管理する神》は、頑固な性格の方で、「本人に会って、話をせねばならぬ」と申して聞きません。もし、決意ができましたら、セドナ嬢とともに、私の部屋に来て下さい。準備が出来たら、私の名前を呼んで、「今から、行きます」と言えば、《ゲート》を開いて、貴方とセドナ嬢を転移させます』


「僕はともかく、セドナも一緒に行っていいんですか?」


『はい。セドナ嬢は、大精霊レイヴィアの《眷臣(けんしん)の盟約(めいやく)》にて、貴方と同様に神族になりました。よって、セドナ嬢にも夢幻界にきて神と対面できる資格を有しています』


神と対面する資格か……。あまりにも壮大すぎるな。


ナギは軽く吐息した後、セドナに事情を話した。銀髪の少女は、その聡明さによって、すぐに事態を把握した。


「ことはナギ様にとって重要です。すぐに参りましょう」


セドナの黄金の双眸に力強い光が満ちる。


頼りになる娘(こ)だなァ~、俺よりよっぽど頼もしいや。


準備ができるとナギは声を張り上げた。


「女神ケレス様。聞こえますか? 夢幻界に参ります!」


その言葉を合図にして、ナギとセドナの体が白い光で包まれた。直後、二人の身体が室内から消失して夢幻界に転移した。




◆◇◆◇◆◇◆◇




ナギとセドナの視界が変わる。


転移した2人は、白い広壮な建築物の内部に来た。ドーム状の大聖堂のような室内。


ナギとセドナの前に女神ケレスがいた。


白と黄金の司祭のような服装。


豪奢な黄金の髪と、翡翠色の瞳をした美しい顔貌。


16歳前後に見えるが、その身に纏う神聖さは圧倒的な力感に満ちている。


「お久しぶりです、ナギさん」


女神ケレスが、美しい顔を綻ばせた。


ナギは頭を垂れた。


「お久しぶりです。ケレス様」


「あ、あの……初めまして……」


セドナが怖ず怖ずと声を出した。


「初めまして、セドナさんですね? 私は女神ケレスと申します。以後、よしなに」


女神が優しい声で言うと、セドナの緊張がとけた。


セドナはコクリと頷いて、安堵した微笑を浮かべる。


「それでは早速、説明させて頂きます」


女神ケレスが説明を開始した。


今回の目的は相葉ナギが、《魂を管理する神》に面接し、地球に帰還する許可を貰うことだ。


だが、問題は《魂を管理する神》である。女神ケレスの交渉で、どうにか相葉ナギが面接する所にまで漕ぎ着けた。


問題は《魂を管理する神》が、相葉ナギと面会したとして、地球に帰還する許可をすんなりと出してくれるかどうかだが……。


「……その、単刀直入に聞きますが、《魂を管理する神》とはどんな神様ですか?」


俺が問うと、ケレス様は秀麗な顔に困ったような表情を浮かべた。


「正直にいいますが、なんとも癖の強い御方でして……」


ケレス様の口調を聞いただけで、この交渉は難しくなりそうだ、と俺は思った。


しかし、面会相手のことを知らないと対策の練りようがない。


俺が地球に帰還できるかどうかの瀬戸際だ。


なんとしてでも、有利に事を運ばねばならない。


円心爺ちゃんの声が、脳裏に響く。


『良いか、ナギ。人間が生きる目的は洋の東西を問わず古来より変わっておらぬ。それは「幸福になることじゃ」。だが、人生には無数の落とし穴が待ち構えておる。長い人生、未来において、いつ突発的な不幸が我が身に降り注ぐか分からん。

 だから、この言葉を忘れるな。『敵を知り、己を知り、最悪の事態を想定すれば、百戦危うからず』、じゃ。

 孫子のいう「敵を知り、己を知る」は、名言じゃが、それだけでは足りぬ。「最悪の事態への想像と予防」を怠るな。これが出来れば、人生に起きる苦しみと不幸の3割は減らせる』


俺は円心爺ちゃんの言葉を反芻した。


俺の最悪事態は《魂を管理する神》に嫌われて、「地球に帰還させない!」と言われることだ。それだけは嫌だ!


「……ケレス様、まず、《魂を管理する神》の名前を教えて頂けますか?」


俺が尋ねると、ケレス様は、ああっと、翡翠色の瞳を瞬かせた。そして、おっとりとした口調で言う。


「ごめんなさい。うっかりしておりました。そうですよね~。相手の神様の名前くらいは知らないといけませんよね~」


ケレス様って、うっかりが多すぎません? などとは口にしないでおく。


「《魂を管理する神》の名はオーディン。大神オーディンです」


ナギは、パクパクと口を数度、開閉させた後、唇を震わした。


「あ、あの、オーディンって……、北欧神話の主神オーディンのことですか?」


ナギが問うと、ケレスが嬉しそうに答える。


「よくご存じですね。そうですよ」


なんてこった。信じられない。よりにもよって、オーディンとは……


オーディンは古代の北欧。すなわち、ノルウェー、スウェーデン、フィンランド、デンマーク、ドイツ、イギリス、アイスランドなどで、信仰されていた旧き神だ。


オーディンは、北欧神話の神々の王であり戦争を司る神である。


日本で言えば天照大神だ。だが、天照大神が国土平安と五穀豊穣を体現した比較的温和な神であるのと対照的に、オーディンは武人である。


邪神ではないが、警戒せずにはいられない。


オーディンは、神々の世界アースガルズに住んでいる。そのアースガルズにあるヴァルハラという宮殿に住み、世界を見渡しているという。


夢幻界は無数の神々の世界を内包しており、オーディンのいるアースガルズも夢幻界の中にある。


ナギとセドナはこれからそこに向かうことになる。


「……オーディンって、戦争の神ですよね?」


「はい。そうです」


「……怒らせたら、殺されたりとかしませんか?」


「その可能性はあります」


あるんかい! 怖いよ!


「そうならないように。今、打ち合わせするのですよ。ナギさん、まず覚えておいて下さい。オーディンは勇武を好み、戦う者を慈しみます。そして嫌いな者は、弱い者いじめをする者や、卑怯者です」


俺は必死にケレス様の説明を頭に叩き込んだ。命が懸かってるからな。


「なので、ナギさんは、正義のために戦う者であり、弱い者いじめをするような卑怯者ではないと、オーディンに自己主張して下さい」


「了解しました」


俺はゴクリと唾を飲む。あんまり自分でそういうことを言うのもどうかと思うが事情が事情だ。アピールしよう。


「そして、セドナ嬢」


ケレス様がセドナに視線を投じる。


「は、はい!」


「貴女はなるべく淑やかに願います。ナギ様の後ろに一歩下がっていて下さい」


「分かりました」


セドナが点頭する。


「それでは参りましょうか?」


ケレス様が、告げると俺は慌てた。


「もう打ち合わせは終わりですか?」


「はい」


あっさりしてる!


「大丈夫ですよ。ナギさんは、知勇兼備の御仁。オーディン様もきっと貴方を気に入ります。そう思いませんか、セドナさん?」


「はい。ナギ様は世界でもっとも偉大で高潔な御方です!」


セドナがのせられた! 嬉しいけど、何の保証にもなってない!


「さあ、参りましょう」


ケレス様が両手を優美にひらいた。次の刹那、白く神聖な光が室内を包む。


「待ってください。ケレス様! まだ心の準備が!」


俺が、慌てるとケレス様がクスリと笑った。


「大丈夫ですよ。ナギさんなら……」


光の奔流がナギ達の体を包み、やがて消えた。












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