第36話 軍事会議
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【場所:古都ベルンの中央部にあるヴェルディ伯爵の城】
【ヴェルディ伯爵、及び勇者エヴァンゼリンの一行】
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翌日の午後。
古都ベルンの中央部に位置する城。
この城はヴェルディ伯爵の本城であり、その城の中の一室で軍事会議が開催されていた。
室内の中央にある円卓には地図がおかれている。
列席者の中に、灰金色の髪と灰色の瞳。灰金色の鎧で武装した少女の姿があった。
勇者エヴァンゼリンである。
短く切った灰金色の髪を掌でなでつけながら地図を見る。
彼女の視線の先には、十二罪劫王の1人『ダンタリオン』のいるダンジョンがあった。
エヴァンゼリンの灰色の瞳に一瞬、熾烈な光が浮かび、消えた。
「では正規軍の編成と配備はこれでよろしいですな?」
そう言ったのは、この城の持ち主、ヴェルディ伯爵である。
列席者達が頷く。
ヴェルディ伯爵は42歳。本作戦の最高責任者である。
今回のダンジョン攻略はヘルベティア王国軍の正規兵が投入される。
8000人の精鋭部隊である。
ヘルベティア王国の国力を考えれば、数万の兵士を投入することも可能
だが、ダンジョン攻略は兵数を多く投入することにより不利になること
すらある。8000人が最も適切と判断された。
「しかし、今回は勇者エヴァンゼリン殿、大魔道士アンリエッタ殿、槍聖クラウディア殿がおられる。頼もしい限りですな。いや、若くて美しいご婦人が3人もいるとなると戦場も華やぎますわい」
ヴェルディ伯爵が軽口を叩き、部下達が追従の笑いを出す。
灰金色の髪の勇者は苦笑し、大魔道士アンリエッタは彫像のように無口なまま。創聖クラウディアはいささか不快そうな顔をした。
「しかし、なにゆえ魔神軍はこのような場所にダンジョンを作ったのですかな……」
貴族の1人が言う。
全員の視線がダンジョンに集中する。
目指すダンジョンの名は『幻妖の迷宮』。
古都ベルンの北西120キロの地点にある超巨大迷宮だ。
『幻妖の迷宮』は二十日ほど前に突如、出現した。
すでにヘルベティア王国の腕利きの諜報部隊がダンジョンに潜入し、その規模をある程度解明している。
不可解なのは、偵察部隊が全員、生還したことだ。まるで、こちらに手の内をわざと晒しているかのようだ。
「魔神軍の意図が読めぬというのが、どうにも不気味でなりませんなぁ……」
ヴェルディ伯爵は、困惑の色を出した。
魔神軍は強大きわまりない存在だが、モンスターによって構成されているため、人間の軍事学上の常識で類推できない所がある。
「相手を理解しようとするのは無駄でありましょう」
創聖クラウディアが、凜とした声を発した。
「魔神軍は、怪物どもの群れです。我ら人間の叡智の範疇外にある存在です」
創聖クラウディアの発言に全員が首肯する。
「魔神軍の目的はただ1つ、我々、人類・亜人を含めた理性ある存在の廃滅。ならば、私達は彼らを確実に討滅すること、それだけを考えていれば良いのです」
「クラウディア殿、仰るとおりですな。心しましょう」
ヴェルディ伯爵が、点頭し、列席者達の顔が引き締まる。
確かにその通りであった。
魔神や悪魔の思考を理解できる筈もない。
下手に彼らの考えを読もうとすれば、泥沼にはまりかねない。
我々は奴らを倒すだけだ。
倒せない時は、この場にいる者を含めて、人類も国家群も全てが滅ぼされるのだ……。
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【場所:古都ベルンの空き地】
【相葉ナギとセドナ】
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相葉ナギとセドナは、祝勝会の翌日の昼、また空き地に来ていた。
ナギの体からは既に酒が抜け、体から力が溢れていた。
今日は、魔力による身体能力の強化の続きを主眼に稽古をした。
ナギはセドナに長剣をもってもらい、軽く打ち合った。
勿論、本気ではない。怪我をしないように互いの力を制限して、長剣をぶつけあう。
2つの長剣が、刃鳴りの音と火花を宙空にまき散らす。
ナギとセドナ、双方の肉体に魔力が巡り、身体能力が強化されていく。
(うん。段々、魔力による身体能力の強化が馴染んできた)
しかし、なんという戦闘力の向上だろう。魔力があるため、この世界では冒険者でも女性が多い理由が得心できた。
女性でも、圧倒的な膂力を発揮できるならば、男より強い女性なんていくらでもいるだろう。
しかも、セドナのような10歳の少女ですらこれほど膂力を出せる。
(この世界では、外見で人の戦闘力を測るのは不可能だな)
とナギは思った。いや、不可能どころか危険だろう。
もし、モンスターで外見が非力そうな奴がいても、油断はできない。この認識は忘れないでおこう。
ふいにセドナの長剣が袈裟切りにナギに襲いかかった。
ナギはすいっと流れるような動作でセドナの長剣を受け流し、同時に右手でセドナの左手首をつかんだ。
ナギの体重が左後方にわずかにズレる。次の刹那、セドナの手から長剣が外れ、彼女の小柄な体が宙に舞った。
「ひゃっ」
セドナが悲鳴をあげながら、宙空をくるんと一回転する。そして、ナギは彼女を優しくお尻から地面に落とした。
ダメージは一切なく、セドナは地面に着地する。
セドナが尻餅をついた状態のまま、唖然としてナギを見る。
「い、今のはなんですか?」
セドナが手品にかかったような不思議な顔をした。彼女が、見たことのなかった体術。力の方向を反らされて、かってに転ばされた。……いや、まるで自分から、転がってしまったような異質な感覚。
「津軽真刀流の武技:《体落(たいお)とし》さ」
ナギが、セドナの小さな手をつかんで、立ち上がらせる。
《体落とし》は、手や、足、腰、胴体などを敵に接触させて、地面に転ばせたり、叩き付けたりする技だ。達人になると、自分の衣服をつかんだ敵をタイミングと体重の移動だけで、地面に叩き付けて失神させたり、殺したりできる。
ナギはまだ出来ないが、祖父・円心はそれが出来た。
昔、円心と修行している時。ナギが円心の服を掴むと、その刹那に投げ飛ばされた。その時、円心はナギの体に手を触れることもなかった。支点にしたのは、服を掴んだナギの手だけだった。
あそこまで到達できればなァ……、とナギは思う。今の俺のレベルでは、相手に手や足を接触させないと投げ飛ばすなんてとても無理だ。
「強くなりたいなァ……」
俺が独語すると、セドナは、
「ナギ様は、十分、お強いです!」
と断言してくれた。
「ありがとう。宿屋に帰ろうか?」
「はい」
と、その時、俺の腹が鳴った。そう言えば昼食がまだだった。
「……宿屋に帰る前に、ご飯を食べようか?」
セドナがコクンと頷いた。
どんな時でもお腹が減って、毎日、ご飯を食べないといけない。人間の宿命だね。生きることは食べること……か。
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