第16話 女神の恩寵
『このままでは、そなたは死ぬ』
レイヴィア様の言葉に俺は衝撃で固まった。あまりのことに体が震えてくる。
「し、死ぬ? 俺が死ぬ?」
また死ぬんかい! こんな短期間に二度も死ぬ奴、どこにいる!
『いや、落ち着け。言い方が良くなかったようじゃな。安心せい』
俺は安堵し、椅子の背に身をもたせた。
「死ぬ可能性があるというだけじゃ」
「ちっとも、安心できません!」
俺は叫んだ。
『男が女々しく狼狽えるな。それでもワシが見込んだ漢か?』
レイヴィア様の目に鋭い光が浮かぶ。
俺はふいに、円心爺ちゃんの言葉を思い出した。
『自分の生死に関わる事態に遭遇したら、まず冷静になれ。冷静さを失うと生き残る機会を失うぞ。まず呼気を整えて心身を保て』
俺は爺ちゃんの教え通りに深呼吸した。3回ほど丹田に力を入れて、深く丁寧に息を出し入れする。
10秒ほどで俺はある程度の冷静さを取り戻した。
正直、まだ怖い。凄く怖い。だが、話を聞くくらいは出来る。
「……失礼しました。話を聞かせて下さい」
俺は胸に手を当ててレイヴィア様に視線を投じた。
『よし、それでこそワシが見込んだ漢じゃ』
レイヴィア様が嬉しそうに顔を綻ばせ詳しく説明してくれた。
『要するに、そなたは女神ケレスから【神力】と同時に【食神の御子】という恩寵を授けられた。問題はその力が巨大すぎるということじゃ』
レイヴィア様によれば《女神ケレス》の力は巨大すぎて、俺のような《人間》には手に余るのだそうだ。
強大すぎる神力が暴走して、死に至る可能性すらあるという。
『まあ、ようするにじゃ。このカップをそなたの器としよう』
レイヴィア様が優美な動作で頭の高さに紅茶の入ったカップを掲げ横に差し出す。
『このカップがそなたの今現在の器だとする。これ以上に【神力】【魔力】や何らかの【力】を注ぎ込まれると……』
レイヴィア様のもつカップから紅茶が溢れだした。やがて、止めどなく紅茶が流れ出し地面に紅茶が滴り落ちる。
そして、ふいにカップに亀裂が入り、次の刹那カップが木っ端微塵に砕けた。
俺の全身に戦慄が走り抜けた。
『これで分かったかの? そなたの器に入れるには女神ケレスの力は強すぎる。人間と神では力の桁が違いすぎるのじゃ』
「そんな……」
『そなたが今まで無事だったのは、そなたの『器』を構成する肉体、精神、魂に女神ケレスの神力が注ぎ込まれておったからじゃ。
そなたは人間であるにも関わらず《神の力》を備えたまことに希有な存在じゃ。魂、精神、そして細胞の一つ一つに至るまで、女神ケレスの神力が融合されておる』
俺は
「ああ、ようやく終わりました。相葉ナギさん。私の『神力』を吹き込んで貴方の肉体、精神、魂、全ての再構築が完了しました……」
……そうだ、俺が次元震で木っ端微塵に吹き飛ばされて即死し、女神ケレス様は俺の体を再構築した。
その時、確かに言っていた。「私の神力を吹き込んだ」……と。
あの時か……。あの時、俺の体に、女神ケレス様の神力が吹き込まれたのか……。
『うむ。その通りじゃ。くわえて、運が良かったのはワシと誓約を交わしたことじゃな。そなたの『神力』……。まあ、『神力』と『魔力』はほぼ同義じゃが、それを調整してやっていたのじゃ』
レイヴィア様は、俺が《食神ケレスニアンの御子》を発動させたり、俺の神力が暴走しそうになると俺が死なないように調整してくれていたそうだ。なんて有り難い。
「……知りませんでした。ありがとうございます」
俺は心から言った。レイヴィア様がいなければ死ぬところだった……。
『いや、礼はいらぬ。ワシはそなたと誓約を交わした身じゃ。そなたを守るのは当然じゃからの』
レイヴィア様は桜金色の髪をふると、どこからともなく新しいカップを取り出して紅茶を注いで一口飲んだ。
『さて、そういう訳で今後そなたは女神ケレスから貰った神力を十全に活用するためにレベルアップしなければならん』
「レベルアップ……ですか?」
『そうじゃ、肉体、精神、魂、に至るまで強くなり、器を強靱なものにするのじゃ。そうすれば、そなたが神力の暴走で死ぬこともない。そして、器が頑丈になれば女神ケレスから授けられた神力を完全に操れるようになるじゃろう』
俺は拳を握りしめた。
「分かりました。やります」
命がかかっている。やるしかない。
『うむ。とにかく強くなれ。せめて、セドナよりかは強くなれよ。女に守られるようでは男は男であることを証明できぬからの』
レイヴィア様がクスリと笑った。俺は恥じ入ってうつむいた。
『ま、取り敢えず、多くのモンスターと戦ってレベルアップに励め、それと今ひとつ、話しておくことがある』
「なんでしょうか?」
『これはワシの側の問題じゃがの。そなたの神力を調整するのに、膨大な魔力を消費しておる。そのせいでワシは復活するのが遅れそうじゃ。しばらくは、このまま幽霊の如き状態が続くハメになりそうじゃ』
レイヴィア様は、ほうっと溜息を漏らした。俺はなんだか申し訳ない気持ちになった。ふと、レイヴィア様は紅茶のカップの縁を指先でなぞった。
『……まさか、そなたが、ここまで強大な神の恩寵を授かっておったとはのう……』
「すみません」
俺は頬をかいて、詫びた。バツが悪くなり話題をそらす。
「……しかし、あれですよね。女神ケレス様も俺みたいな人間にそんな強大な力を授けるとは、なんだか少し抜けていますよね。俺が死んでしまうかも知れなかったのに……」
『まあ、しょうがあるまい。あまり女神様を悪く思ってやるなよ? 悪意があってしたわけでないじゃろうしの』
それは俺も同意する。女神ケレス様は悪意をもって何かをするような御仁ではない。天然ボケ系統の御方ですから。
『そもそも、神と人間では存在そのものの【次元】が違う。感覚に相違があるのは当然なのじゃ。永劫の存在にして、宇宙の因果律に干渉しうる者。それが神じゃ。時間、空間、エネルギー量、思考、思想、感情、あらゆるものの次元の桁が違う』
でしょうね……。【神】とはそういう存在だろう。
ケレス様は、心から親切心で、俺に恩寵スキル《食神の御子》と、神力を与えて下さったのだと思う。
ただ、俺が人間であることをうっかり忘れていた……。そして、人間の力が女神である自分と比べて脆弱であることも忘れていた。
うん……。確実にそうだろう。だって、ケレス様だもん。俺とレイヴィア様は同時に大きな溜息をもらした。考えることが同期していたのだろう。
レイヴィア様は
『……ワシはそなたを一目見た時、『この男はただ者ではない』と看破したが、ワシの観察眼は大当たりじゃったわけじゃのう。しかし、これほど強い恩寵を与えられる者は希じゃぞい。……いつになったらワシは復活できるんじゃろうか……』
レイヴィア様はそう言うと、ふいと俺から視線を外し横をむいた。
『そなたを見捨てれば、ワシはすぐに復活できるんじゃが……』
「嫌だァアアア! 見捨てないで下さい! 見捨てないで下さい! 死にたくない!」
俺は椅子から飛び上がり、レイヴィア様に抱きついて哀願した。
『分かった! 見捨てん! 誓約がある以上、絶対にそなたを守る! じゃから離せ! やめろ、どこを触っておるんじゃ、やめ、やめて!
んくっ! あっ、あっ! 止めてぇ!』
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