第15話 夢の世界
風呂から上がるとナギの口から欠伸が漏れた。正直疲れがたまり眠くてしょうがない。
今日はもう眠って明日に備えよう。
そう思っているとセドナが床にシーツをしいていた。そして、ナギにむかって綺麗な姿勢で正座して、頭を床に擦りつけ、礼拝するようにナギに平伏した。
「ご主人様、それではお休みなさいませ」
そう言って、床で寝ようとするセドナにナギは慌てて声をかけた。
「床に寝るなんてダメだよ。一緒にベッドに寝よう」
ナギがそう言うとセドナは上半身を起こして、モジモジと華奢な体を揺らした。
体の揺れに応じて、艶やかな銀髪がゆれ星のように輝く。
「……で、でも、私は奴隷ですから……」
俺は肩をすくめた。そんな風に思っていたのか。馬鹿馬鹿しい。
俺はセドナを買い取る時に奴隷契約書にサインして、法的にはセドナの所有者になった。
だが、セドナを奴隷とは思ってないしそんな風に扱うつもりもない。
セドナが望むなら、いつでも奴隷契約は破棄して自由にするつもりだ。
「気にしなくて良い。ホラ、一緒に眠ろう。二人で眠ればあったかい」
俺が優しく言うとセドナは素直にコクンと頷いて俺と一緒にベッドに入った。
俺とセドナは一緒のベッドで毛布にくるまった。セドナの体温を感じて暖かくて気持ちいい。
すぐ近くにセドナの後頭部があり、もの凄く良い匂いがする。苺のような果物のような香り……。
だんだん、眠たくなってきた。
セドナの匂いには睡眠薬のような効果でもあるのかな?
今日は良い夢が見れそうだ……。
俺は心地よい眠りの世界に落ちた。
**********
『ようやく寝たか。これ、ナギ。ワシじゃ、レイヴィアじゃ』
深い眠りの中でレイヴィア様の声が響いた。
不思議なことに俺はここが夢だと認識していた。
『現世で具象化するのは、今のワシには負担が大きい。今から、ワシの精神世界にお前を誘導するぞ』
「精神世界?」
と、俺が言うと同時に視界が変わった。
そこは地平線まで続く草原の中だった。
『ナギよ。こっちじゃ』
俺が視線を投じるとレイヴィア様がいた。
テーブルが置かれ椅子が2脚あり、その一つにレイヴィア様が座って優雅に紅茶を飲んでいる。
『さっさとこぬか。女性を待たすのは無礼じゃぞ』
俺は早足でレイヴィア様の元に向かった。
草原に風が吹いた。冷たく爽やかな風。芳醇な草と土の匂い。
だが、ここは現世ではないと俺の本能が告げていた。
俺が瀟洒なテーブルにつくとレイヴィア様が紅茶を淹れてくれた。
『まずは紅茶を飲め』
俺はお礼を言い。一口飲む。
美味い。香りが良い。砂糖もミルクもないシンプルな紅茶だが、コクのある濃い味わいと爽やかな喉越しが堪らない。
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『《食神の御子(ケレスニアン)》発動!
《大精霊レイヴィアの紅茶》を獲得しました。
相葉ナギ様は、いつでもこの紅茶を完璧に再現して淹れることが出来ます』
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相変わらず便利だなァ。
俺が紅茶を鼻歌まじりで飲み干すとレイヴィア様が口を開いた。
『……よく、セドナを守ってくれたのう。礼を言うぞ』
「いえ、俺が守られたくらいで……本当にお恥ずかしいです」
社交辞令でも謙遜でもなく本音でお恥ずかしいです。すみません。
『守った、というのは肉体ではなく、セドナの心をじゃよ……』
レイヴィア様が、感慨深げに微笑した。
『セドナは、お主を気に入ったようじゃ。このままセドナを頼むぞ』
「はい」
俺は苦笑した。本当にレイヴィア様はセドナが大事なんだな。
俺の爺ちゃんも、こんな感じだった……。
『これ、ワシのような淑女を、そなたの爺さんと一緒にするな。女性にたいして、爺との同一視は無礼じゃぞ』
「心を読まないで下さいよ」
『ここはワシの精神世界じゃからな。心の奥までお見通しじゃ』
「怖い世界だ」
『まあの』
レイヴィア様は苦笑すると、桜金色の髪を片手ではらった。
長い髪が桜色の光芒とともにふわりと広がる。
『さて、誓約どおり、そなたにワシの恩寵スキルである《眷臣(けんしん)の盟約(めいやく)》を与えよう』
レイヴィア様はそう言って《眷臣の盟約》の説明を始めた。
まず、この《眷臣の盟約》は主従関係によって成り立つスキルだそうだ。
発動条件は主従契約を結ぶこと。
俺が主人となり、誰かを臣下、部下、従者、奴隷などにする。
その上で《眷臣の盟約》を使うと、誓約が交わされて発動するスキルらしい。
『まず、《眷臣の盟約》の効果を教えとくからの。よく覚えておけ』
例えば、俺・相葉ナギは、現在セドナの主人である。
相葉ナギは、《主人》。セドナは、《奴隷》。という関係性があるため《眷臣の盟約》を発動できる。
発動するとセドナは《俺の従者(サーヴァント)》となる。
《眷臣の盟約》の効果は、初歩的なものとして。
1,従者(サーヴァント)と俺が、魂と魔力で深く連帯(リンク)する。
2,従者(サーヴァント)の潜在能力を引き出す。
3,従者(サーヴァント)のアーティファクト(魔導具)を召喚できる。
初歩的なモノはこの3つだそうだ。
『取り敢えずそなたはセドナと《眷臣の盟約》を結べ。すでに主人と奴隷の契約をかわしておるから、発動条件は、満たされておる』
俺はレイヴィア様の言葉に、はっとした。
「あのレイヴィア様。セドナと俺との奴隷契約を解除できませんか?」
俺が身を乗り出す。
『ん? 何を言っておるのじゃ?』
桜金色の髪の精霊は怪訝な顔をした。
「いや、だってセドナが奴隷だなんて、可哀想でしょう?」
俺がそう言うと、レイヴィア様は心底呆れたように、
『アホか、お前は?』
と言った。
『そなたは随分と平和な世界から、来訪したんじゃのう。この世界で生きていくなら、この世界の実情を知っておけ。良いか? この世界で良き主人の奴隷になることは利点が多いのじゃ』
レイヴィア様が俺に説明してくれた。
この世界は恐るべき弱肉強食の世界で人権などないに等しい。
戦争などがあれば敗北した国の民は大量に奴隷にされる。
奴隷に人権などはなく、主人の気紛れで殺されることは日常茶飯事である。
だが、俺とセドナは魔法によって正式な奴隷契約書にサインした。
そのため、他の人間がセドナを奴隷にすることは出来ない。
これだけでも十分な利点がある。
セドナが、仮に誘拐されても奴隷にされることは避けられるのだ。
『じゃから、セドナは形だけで良いからそなたの奴隷にしておけ、何せあれだけの美貌じゃ。そなたとの奴隷契約を解除した後で、誘拐されて奴隷にでもされたら取り返しがつかん』
俺は自身の無知を恥じた。どうもまだ危機感とこの世界の常識が足りないようだ。
『そして、それよりももっと大事な話がある』
「なんでしょう?」
『悪いが、そなたの過去の記憶を勝手に覗かせてもらった。そなたは女神ケレスという神から恩寵を受けているようだのぅ』
俺はプライバシーを暴かれたことに怒るよりも驚き、感心してしまった。
さすが大精霊を自称するだけある。俺の記憶を読み取るとは……。
『相葉ナギよ。これは相当にマズイぞ』
レイヴィア様の桜色の瞳に強い憂慮の光がよぎる。
「あの……何か、問題でもあるのでしょうか?」
『このままでは、そなたは死ぬ』
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