第12話 崇拝





宿の部屋で、セドナは武器の手入れをしながら、相葉ナギを待っていた。

 

セドナは鼻歌を歌いながら、短剣を布で磨き、刃こぼれがないか、強度が落ちていないかを入念にチェックする

 

武器の手入れはかかせない。ほんの少しの不備が死に直結する。

 

戦闘中に武器が破損すれば、終わりなのだ。

 

セドナは、短剣の鞘まで入念に確認し終えると、次に弓と矢の確認作業に移った。


武器の手入れを完璧に終えると、まだナギが帰らないので、セドナは部屋の掃除を始めた。

 

セドナは、鼻歌を歌いながら、掃除をしていく。


掃除を終えると、セドナはベッドにチョコンと座って、足をパタパタとゆらした。


そして脳裏にナギの顔を思い浮かべた。

 

(あんなに美しい人は初めてだ……)

 

と、セドナは思った。

 

顔で判断したわけではない。シルヴァン・エルフ族は、種族的に誰もが美しい容姿をしている。


『始まりの神』・『始祖神しそしんフォルセンティア』の末裔であるシルヴァン・エルフは、『神の呪い』によってそうなった。

 

それ故に、シルヴァン・エルフは外見で人を判断したり、差別したりしない。

 

容姿の美醜で他者を判断するのは、穢らわしい、愚劣なことだと考えている。

 

「生物の美しさは、ただ人格が、魂が、高潔であるかどうかだけだ。

人格と魂の美醜こそが、シルヴァン・エルフにとって、相手の好悪を判断する基準なのだ」

 

そう、両親と祖父母に教わってきた。

 

だが、あの御方……相葉ナギ様ほど、美しい魂をもつ御方がいるだろうか?

 

あの御方は、私が醜悪な怪物になった時、見捨てずに助けてくれた。


私がお腹が空いているだろうと、自らのパンを分け与えて下さった。

 

ただのパンではない。

 

お金が少なく、食べ物がない時に、分け与えて下さったのだ。

 

食物とは命だ。

生命そのものだ。

 

ナギ様が与えてくれたのは、命の綱の食べ物だ。

ナギ様は、自分が飢えるかもしれないのに、パンを下さった。

 

死を覚悟して、パンを与えて下さったのだ。

それは自分の肉と命、魂を削り取って与えて下さった行為。

 

神の慈悲(アガペー)だ。

 

私が本来の美貌を持っていたら、そうする者は、他にもいるかもしれない。だが、醜い怪物にパンを与えて下さる方など何処にいるだろう?

 

ナギ様は、無償の愛でもって、自らのパンを分け与えて下さった。

 

あの時、私はナギ様が、神に等しき御方だと確信した。


……そして……、ナギ様は、こう言った。


「……大丈夫だ。俺はお前を護る……」


私はあの瞬間、恋に落ちてしまった。

 

魂の全てをあのナギ様に奪われた。

 

私はナギ様に会えたことを神々と祖霊に感謝した。


確信できる。


私とナギ様は、運命によって結ばれている。私達はそういう運命なのです……。

 

その時、足音が聞こえた。

 

シルヴァン・エルフは耳が良い。これはナギ様の足音だ。

 

セドナはベッドから跳ね起きた。


私は髪を両手で梳いて整えた。そして、服に汚れがないか、シワがよっていないかをチェックする。

 

私は、ナギ様が後、数秒で扉を開けることを察知した。

 

最高の笑顔で出迎えよう! できれば頭を撫でてもらえると嬉しい。

 

私は決意して待った。そして、扉が開いた。


「お帰りなさいませ。ナギ様!」

 

私は、とびきりの笑顔でナギを迎えた。


「ただいま、セドナ」


「お疲れ様でした」

 

私は自らの主人に深々と一礼した。


「見てよ。セドナ、猪鍋の具材を買ってきたよ。早速食べよう。俺が、調理する!」


ナギ様が、はしゃいで、そう言われました。ですが、私は少し首を傾げました。


「あの……。ご主人様……いえ、ナギ様、そう仰られても、調理道具がありませんが?」


「あ……」


ナギ様が、絶望的なお顔をされました。可愛いです。


私はナギ様に提案しました。


「あの、冒険者ギルドの一階にレストランがありました。あそこで、調理道具を貸して頂けないか、交渉したら如何でしょうか?」


「おお、その手があった!」


ナギ様は感心して、私を褒めて下さり、私の頭を撫でてくれました。


やりました! 今日、2回もナギ様に頭を撫でて頂きました!

 

ナギ様は、偉大な御方ですが少し抜けておいでです。


ですが、そこが素敵なのです。


私が、しっかりとナギ様をお護りします!



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