第13話 猪鍋
相葉ナギとセドナは、冒険者ギルドに赴いた。
冒険者ギルドで
報酬は3万クローナだった。
報奨金を貰った後、ナギはレストランの調理場を貸して貰えないかと受付嬢に申し出たら、案外簡単に許可された。
ナギはセドナとともに調理場に行った。
レストランのコックに調理道具一式を貸して貰うと、早速料理を開始した。
ナギはアイテムボックスから一角猪の肉を取り出した。
そして、借りたナイフを包丁代わりにして肉を切っていく。
すでに一角猪の肉は、血抜きがされていた。しかも、臭みが取れている。どうしてだろう?
『【
なるほど、便利だな。
『そうでしょう? 女神ケレス様と私に感謝して下さい。
BY:メニュー画面』
女神ケレス様には、十分、感謝するが、メニュー画面のような無機物に感謝したくありません。
俺が冗談半分で言うと、メニュー画面がキレた。
『感謝して下さい。感謝して下さい。感謝して下さい。感謝して下さい。感謝して下さい。感謝して下さい。感謝して下さい。感謝して下さい。
おい! 感謝くらいしてくれても良いだろうがよ!』
分かりましたよ。感謝しますよ。なんでいきなり、チンピラみたいになってんだ。
そう思いながらも、俺は的確な包丁さばきで、肉を切り分けていた。
あまりの手際の良さに、まわりの料理人達が驚いてる。
「ご主人様……すごいです……」
セドナが、黄金の瞳に感嘆の色を浮かべた。
「そ、そうかな」
俺は照れた。元々料理はそこそこできたが、ここまでの技量はなかった。
すべて【
肉を切り分け終わると大きな鍋に水を入れて沸かし、切り分けた一角猪の肉を下茹でした。
「セドナ、灰汁ぬきを頼む。なるべく小まめに」
「はい。お任せ下さい!」
俺はセドナに鍋を任せると、アイテムボックスから野菜を取り出して切り分けた。
もやし、ゴボウ、ニンジン、大根を、手早く切り分けていく。
本当は豆腐、油揚げ、白菜と、しらたき、が欲しかったが市場になかった。
味付け用の日本酒、みりん、赤味噌、粉山椒、胡麻ペースト、昆布なども同様にない。
残念だ。
俺は野菜を鍋に手際よく放り込んだ。
スープが沸騰したので一旦火を止めて、酒、塩、砂糖、で味を調えスープを完成させた。
ふわぁ、と溶けるような官能的で美味い匂いが鍋から広がっていく。
肉とスープの香りが、鼻孔から脳まで届き口に唾液が広がってきた。
「美味しそうです……」
セドナが黄金の瞳を輝かせた。料理人達が俺の鍋に視線を集中させる。
「よし出来た」
料理長に調理場を借りたお礼を言うと、俺は大鍋を抱えて調理場を出た。
◆◆◆
レストランで席に着くと早速、ナギは猪鍋を喰いだした。箸がないからナイフとフォークとスプーンで食べる。
「美味しい……」
セドナが信じられないような顔をした。俺も同じような顔をしているに違いない。こんなに旨いとは……。
肉の食感が豚肉とも牛肉とも違う独特の少し堅い感触。だが、噛むたびに重厚な食感と肉の旨味がとろけてくる。
舌触りが良く喉に流れるように入っていく。口に入れるとき堅く噛むと段々柔らかく、そして喉から胃に通る時には、芳醇な味わいとともに、水のように入っていく。
たまらん。これは止まらない! 俺はガツガツと肉を貪った。信じがたい旨さだ。
他のテーブルの冒険者達がこちらを見て涎を流している。無理もない、大鍋から霧のように吹き上がる煙が鼻孔に入ると脳が麻痺しそうになるのだから。
野菜を食べるとまた堪らない。もやし、ゴボウ、ニンジン、大根、どれも味が染みている。
もやしを噛む食感が軽やかでニンジンは、苦みがなく甘さと猪の肉の肉汁が溢れている。
大根は塩味と猪の肉の絶妙なハーモニーを醸し出しており口内でとろける。
30分後、俺とセドナは満腹になってほおぉ~、と同時に声を出して食事を終えた。
「こんな美味しいモノ……。食べたのは初めてです……」
セドナは黄金の瞳に酔うような官能的な色をともした。なぜか、凄く色っぽい。
俺もこんなに美味い飯を食ったのは初めてだ。
恩寵スキル《食神の御子》……か……。すごいな……。
その時、メニュー画面が開き、俺の脳内に声が響いた。
『《食神の御子しょくしんのみこ》発動! 相葉ナギは、一角猪の【力】を取り込みました。
「え?」
ふいに、俺の体に力が漲った。細胞が躍動するのが分かる。一角猪ホーン・ボアの力を取り込む?
能力を吸収?
メニュー画面が答える。
『はい。【
俺はあっけに取られて、口をぽかんと開けた。凄い……。こんな能力があるとは……。俺は自分の掌を見た。
もしかしたら、このスキルは、凄いんじゃないか?
そう思った時後ろから野太い声がかかった。
「おい。ボウズ」
俺が振り返ると凶悪な面貌をした巨漢が立っていた。
年齢は40歳前後。金髪碧眼で頬に刀傷がある。
身長は2メートル近くあり、鎧の上からでも筋肉が隆起しているが分かる。
男は腰の大剣の柄を左手で添えながら、俺に鋭い視線を射込んできた。
「おい。ボウズ」
悪党面の巨漢がにじり寄ってきた。
俺は警戒した。……この男、強い。セドナも警戒したのだろう。彼女がテーブルの下で短剣の柄に手を添えるのが見えた。
「旨そうだな……。そいつは猪の肉だろう?」
「はい。そうですが?」
俺はいつでも抜刀できるように長剣の鯉口を切った。
「少し、分けてくれねェか? 俺は猪の肉が、大好物でよ」
巨漢が少し恥ずかしそうに頬をかいた。
俺はなんだか拍子抜けして猪鍋を見やった。まだ8人分くらいはある。作りすぎた。このまま捨てるのも勿体ない。俺が「良いですよ」と言おうとした刹那、セドナが口を開いた。
「一杯1000クローナで如何でしょうか? お兄さん」
セドナが微笑する。
俺は驚いた。まさか金を取るとは。
巨漢はセドナの美貌に数瞬魅了された後頬をかいた。
「そいつは高いな。500じゃダメか?」
「いいですよ。私がより分けて差し上げますね」
セドナが優美かつ軽やかに席を立ってスープ皿を借りてきた。
それに猪鍋の肉と野菜、スープをより分ける。
「どうぞ」
とセドナが天使のような可憐な笑顔と仕草で巨漢にスープを渡す。
「おう、すまねぇな、嬢ちゃん」
巨漢は嬉しそうにスープを立ったまま少し食い始めた。一口喰うと巨漢は巨大な眼を開き、一気にバクバクと恐るべき速さで食い始めた。
「う、うめえ……。なんだコレは、信じられねェ」
周囲がざわめいた。
「もう一杯くれ!」
巨漢が、財布から1000クローナの銀貨を取り出して、セドナに渡した。
「おい、お嬢ちゃん、俺にも一杯」
「おい、俺も」
「わ、私も……」
一瞬で人だかりが出来て、猪鍋が食い尽くされた。
「おい、もっとねェのか?」
「これじゃ、足りなぇよ」
「ねえ、1000、いや2000クローナ払うから、私にもう一杯作ってくれない?」
猪鍋を喰った人達が、喚き始めた。
セドナは、俺に端麗な顔をむけた。
「ナギ様、もっと作れませんか?」
「ああ、まだ作れるよ」
しかし、残り何人分あるんだろう?
『、【
『一人が、300グラムの一角猪の肉を食べると計算して、約266人分あります』
うわ、凄い。便利
『そうでしょう。そうでしょう』
ありがとさん、メニュー画面。
俺はセドナから、猪鍋を売った金を受け取ると、食材を買いに市場にむかった。既に外の世界は夜の闇に支配されていた。
食材を買って戻り俺は再び猪鍋を作り始めた。作る度にすぐ売れた。ちょうど50人ほど作って、売れた所でセドナが大きな声を出した。
「本日はこれでおしまいです」
と、宣言して販売を打ち切った。100人以上の人間が、並んでいたのでざわめきが起きた。不満や怒号する人間までいる。
「申し訳ありません。また明日、販売いたします」
セドナが頭を上品に下げる。その瞬間、怒号していた人間まで押し黙った。彼女の気品は他人を圧倒し、かつ魅了する力がある。
「ご主人様、帰りましょう」
セドナは財布をパンパンにして、嬉しそうに微笑んだ。俺は苦笑して頷いた。もう俺がクタクタなのを見越してくれたのだろう。本日の売り上げは、38000クローナ。本来は、50人×一杯500クローナで、25000クローナの筈なのだが、釣りはいらねェという、雑で、太っ腹な客が多かったからだ。
冒険者らしく、チマチマと小銭や釣り銭に拘るのが面倒くさいらしい。宿屋への帰り道、セドナが俺にむかって言った。
「ナギ様。凄いです!」
「す、凄いかな?」
俺は照れた。こんなに尊敬の眼差しを受けたのは初めてだ。
「はい! これなら、一生、食べるのに困りません。レストランを開けます!」
「レストラン……か……」
「それ……悪くないかもな……」
「はい! 絶対成功します。ナギ様は天才です。最高の御方です!」
俺は頬を染めて、首を横に振った。
「褒められるのは嬉しいけど、俺はそこまでの人間じゃないよ」
「そんなことはありません! ナギ様は神に等しき偉大な御方です」
「いや、さすがにそれはない」
なぜ、俺はこんなに過剰に、セドナに尊敬されているのだろう?
さっぱり分からない……。
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