第11話 一角猪(ホーン・ボア)






一時間後、俺は森の中にいた。

 

俺は何もせずに、セドナの後ろを歩いている。

 

ここは、ゴブリンやオークがいる危険な群生地帯。

 

ふいに、ゴブリンの集団が現れた。木の陰に隠れて接近していたようだ。

 

おぞましい醜悪な顔、体は子供のように小さいが手に持った、槍、剣、斧は殺傷能力が高い。しかも5匹もいる。

 

俺とセドナはゴブリンに包囲された。

 

ゴブリンが、勝利を確信して嘲弄の叫び声を放つ。

 

転瞬、セドナの体が雷光のように動いた。


セドナの短剣が閃く。

 

ゴブリンの右手と首の動脈が切断されて血飛沫が舞った。

 

ゴブリン達が呆けている間にセドナの横蹴りがゴブリンの頭部に直撃して、ゴブリンの頭部を頭蓋ごと吹き飛ばす。

 

セドナが舞うような華麗な仕草で、ゴブリン達の間をすり抜ける。その都度剣光が閃きゴブリンの頭、腕が切断されて宙に舞う。

 

セドナが、ゴブリン5匹を退治するのに10秒もかかっていない。


「さあ、ナギ様参りましょう」

 

セドナが短剣に血振りをくれた。彼女の白い服には一滴の血もついていない。


「……はい……」

 

俺は素直に従い、セドナの後に続いた。

 

天国のお爺ちゃん見ていますか? 俺は年端のいかない少女に護ってもらってます。


このまま、セドナさんのヒモとして生きて行くしかないのでしょうか?

 

少し涙が出ちゃいそう、だって男の子だもん。

  

一角猪ホーン・ボアの退治も、セドナが行った。弓矢で眉間に一発。

 

魔力を込めた矢が、体長5メートルの一角猪の頭部を一撃で砕いた。 

 

一角猪は信じられないような瞳で、絶命して倒れた。

 

うん、信じられないよね、俺も気持ちはよく分かる。あまりに呆気なく倒しすぎて、なんか馬鹿らしくなってきた。


「ナギ様! 倒しました!」

 

セドナが、ウサギのようにピョンピョンと跳ねながらよってきた。

 

俺は苦笑してセドナの銀髪を撫でた。

     

セドナは頭を撫でられると、もの凄く嬉しそうな顔をした。

 

そして止めそうになると無言で頷き、上目遣いで俺を見上げて催促した。5分も頭を撫で続けた。

 

俺のことをヒモ野郎と批判する人がいたら、反論できません。好きなだけ罵倒して下さい。

 

セドナは一角猪の腹を割いて魔晶石を取り出した。


モンスターの肉体の内部には魔晶石があり、こうして取り出せるそうだ。なお、魔晶石は冒険者ギルドで買い取ってもらえるらしい。次にセドナは一角猪の角を取った。

 

これも、魔晶石と同様に冒険者ギルドが、買い取ってくれるそうだ。


俺は死んで地面に横たわる一角猪を見ている内に「美味そうだなァ」、と思った。

 

昔、爺ちゃんと喰った。猪鍋を思い出す。


なんだか、無性に食べたくなってきた。どうしても猪鍋が喰いたい!

 

次の刹那、突如メニュー画面が開いた。


『 《食神の御子みこ》が発動しました。


 一角猪ホーン・ボアを食べますか?』


 メニュー画面が問う 

 「一角猪を食べる? うん、美味いのなら食べたいが……」 


『 【食神しょくしん御子みこ】発動! 』


俺の体が光った。セドナが驚いて俺を見る。

 

俺の脳内に奇妙な感覚がよぎった。

 

一角猪の料理の仕方が、なぜか分かる。

 

猛烈な食欲が湧いてきた。俺はどうしても猪鍋が喰いたい!


いや、絶対に食べる!


「セドナ、どいてくれ。そいつを食べる」

 

俺の言葉にセドナが、驚くような色彩を瞳に浮かべた。


「ナギ様?」


当惑するセドナをよそに俺は短剣を取り出して一角猪を捌き始めた。


恐るべき速度で一角猪を解体していく。

 

俺は一角猪を解体し尽くして、食える部分を全てアイテムボックスに放り込んだ。




◆◇◆◇◆◇◆◇




古都ベルンに戻ると、宿屋に戻った。

 

俺はセドナに留守番をお願いすると、猪鍋の具材を買いに街に出た。


市場をまわり猪鍋の具材を次々に買っていった。

 

不思議なことにどの具材が一番鮮度が良いのかを見抜けた。

 

大根一つ選ぶにしても、どの大根が一番新鮮で味が良いかまで分かるのだ。


なぜだろう? と俺は疑問に思うと、メニュー画面が開いた。



『 【食神の御子ケレスニアン】の恩寵スキルです。女神ケレス様に感謝して下さい』



「ああ、女神ケレス様ね。いたね。そんな人、すっかり忘れてました」

 

 俺は軽口を叩いた。



『…………………………』


 メニュー画面が怒っていやがる。知るか。


そんなことよりも、今は猪鍋の具材探しの方が先決だ。

 

『猪鍋が喰いたい』という衝動が止まらない。こんなに食い物に執着したのは初めだ。


俺は市場を歩き回り食材を厳選した。

 

残念だが、日本酒、みりん、赤味噌、昆布などの調味料はなかった。


当然といえば、当然かも知れない。ここは日本じゃなくて異世界だ。


まあいい、塩と砂糖が買えただけましだと思おう。


次は卵だ。市場の真ん中にある大きな屋台に卵が山積みされていた。


5個で400クローナ。少し高い。他の店の相場よりも3割高だ。


俺が迷っていると店長が話しかけてきた。


「どうですか、お客さん? この卵はうちで取れた最高級のモノでしてね。少しばかり値段は高いのですが、味は保証いたしますよ」


「う~ん。味がいいなら、しょうがないかな?」

俺が迷っていると、メニュー画面が開いた。



『その卵は見た目は良いですが、品質が悪いです。粗悪品を高く売りつけようとしているのでしょう。ちなみに、店にある商品の6・74%が腐っています』


うおっ。怖っ!


さすが異世界、容赦がない。騙される方が悪い、ということか。


しかし、メニュー画面さん、さすがですね。


『そうでしょう。もっと褒めて下さい』


……なんで、メニュー画面が、褒められたがるんだ? 


こんなメニュー画面聞いたことねえよ。


でもまあ、ありがとうございました。


俺は卵を店長に返すと、他の店で安く新鮮な卵を手に入れた。


俺は戦利品である、新鮮で美味しい卵を、顔の高さまで持ち上げて、胸を反らした。


(うむ。これで俺も一人前の主夫しゅふ! ヒモ街道、まっしぐら!)


と、思った。


……なんか、泣けてきた。


俺は、そっと涙を拭った。


『傷つくなら、しなければいいでしょうに……。マゾですか?』


うるせえよ! ほっとけ! 


ふいにグぅ~と腹が鳴った。

 

俺はアイテムボックスに具材をしまうと、早足で宿屋にむかって歩き始めた。


セドナは喜んでくれるかな?


誰かのために食事を作るというのは悪くない。


俺は胸に灯った温かさを抱きながら少し早歩きになった。


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