第4話 食神《しょくしん》の御子《みこ》

相葉ナギは薄汚い婆さんを背中に背負いながら森の道を歩いていた。

 

お婆さんは、痩せぎすなのに異常に重たい感じがする。


「お婆さん、重たいですね」

 

と正直に言ったら、


「女性を重いなどとと言うでないわ」

 

と、首を絞められた上に尻に膝蹴りをもらった。おんぶされながら、器用な婆さんである。

 

ナギは婆さんから様々な情報をもらった。

 

まず、俺が背負っているお婆さんの名前はレイヴィアというそうだ。そして、この森はヘルベティア王国という王国の領土内にあるらしい。

 

取り敢えず目的地は、ヘルベティア王国の古都ベルン。

 

古都ベルンは、西の方角にあるそうなので、西を目指して歩き続けた。



◆◇◆◇◆◇



レイヴィア婆さんのおかげで、この世界の知識が貯まってきた。

 

この世界は人間の他にもエルフ、ドワーフ、獣人といった亜人種。

 

オーク、ゴブリン、リザードマン、ドラゴンのような異形種が混在し、その種族の総数は一万を超えるという。

 

また魔力というものが存在し、魔力量が多い者は魔法を使用できるそうだ。

 

少しだけ、異世界フォルセンティアの歴史を講義してもらったが、戦争、内乱、貧困、階級格差、差別、奴隷制度と地球の歴史と酷似するような話が多く、「どこの世界も変わらないなァ」、と少し無情な気持ちになった。

 

現在でも奴隷制度が存在しており、大陸の覇権をめぐって各国が入り乱れて群雄割拠の様相を呈しているらしい。

 

ドイツ30年戦争、ナポレオン戦争、日本の戦国時代を思い浮かべると理解しやすいかもしれない。


「おっかない世界ですね」

 

とナギが言うと、


「恐ろしくない世界など、この世のどこにもありはせんよ」

 

とレイヴィアが少し悲しげな口調で答えた。

 

確かにそうかもしれないな、とナギは思った。

 


◆◇◆◇◆◇



野宿して翌日の朝、森を抜け出た。

 

運の良いことに古都ベルンに続く街道が見つかり、相葉ナギは心底ほっとした。


「良かったぁ……」


ナギが心から安堵の声を絞り出すと、ナギに背負われているレイヴィア婆さんも微笑した。


レイヴィア婆さんはおんぶされながらナギの頭を優しく撫でた。


「本当に運がよかったのォ。さて、街に入ろうか。ここまで連れてきてくれたお礼に、食事と宿屋を提供しよう」


「ありがとうございます!」

 

ナギは喜色を浮かべた。金がないので、レイヴィア婆さんの申し出は涙が出るほどありがたい。



◆◇◆◇◆◇

 


古都ベルンは、想像していた以上に巨大な都市だった。中世ヨーロッパを思わず石造りの建物が目に映る。

 

驚いたのが街灯のようなモノが、舗装された街道に敷設されていたことだ。

 

レイヴィア婆さんが言うには「魔晶石」を使って、魔法の光を灯して街灯にしているらしい。

 

上下水道などのインフラも、「魔晶石」で動かしているのだそうだ。

 

魔晶石は化石燃料のように利用されているらしい。



◆◇◆◇◆◇

 


「さて、ナギよ。まずは腹ごしらえじゃ。この金であの屋台の焼き菓子を2つ買ってきてくれぃ。わしはあれが大好物でのぉ」

 

広間のベンチに腰掛けたレイヴィア婆さんがナギに銅貨を渡した。

 

この世界の通貨はクローナというらしい。

 

ナギが屋台に近づくと、良い匂いがして腹がグゥ~と勢いよく鳴った。

 

屋台で売っているのはアップルパイだった。

 

もう、丸一日、何も食べてない。ここまで腹が空いたのは初めてだ。


レイヴィア婆さんに渡された銅貨は400クローナで、アップルパイを二つ買えた。屋台のお姉さんが包み紙に入れてくれた。美人のお姉さんが、ニッコリ笑ってくれた。嬉しいね。


「レイヴィアさん、買ってきましたよ」


「おお、ありがたい、ワシはこれに目がなくてのう」


そう言うとレイヴィア婆さんは、包み紙を受け取りアップルパイをバクバクと食い始めた。


スゴイ勢いだ。80歳を過ぎた婆さんとは思えない豪快な食いっぷり、あっという間に、二つのアップルパイを食い終えた。


いや、いや、いや待てよ。俺の分は?

 

「よし、少しは腹がふくれたわい。相変わらず美味いのぉ。ナギよ。喉が渇いた、水をくれぃ」


「俺の分はどうしたババア!」


ご老人相手に暴言を吐いてしまいました。申し訳ありません。


「冗談じゃ、冗談じゃ、スマン、スマン。ほれ、お前さんも何個か買ってこい」


レイヴィア婆さんは、俺に銅貨を渡した。

 

俺は頭を下げて礼を言うと、屋台でアップルパイを3つ買った。

 

そして、即座にむしゃぶりつく。


美味い!

 

これはたまらん!


空腹だったせいもあるが、とてつもなく美味い!

 

リンゴなどに農薬がついていないせいか? 無農薬のリンゴがこれほど美味いとは、自然な甘みが凝縮されていて歯で噛むたびに果汁があふれる。

 

シナモンの香りと、パンの食感が混ざり合って口内に広がる。

 

パンの食感がモッチリとしていて、それがリンゴと混ざり合った時の感触がたまらない!


ナギが感動した、その時、突然メニュー画面が開いた。ナギの脳内に文字と音声が流れる。

 

 

『恩寵スキル【食神しょくしん御子みこ】が、発動しました。このアップルパイを、完全に記憶しました。貴方はいつでも、このアップルパイと同じモノを作ることが可能です』




【食神の御子】が発動?

 

このアップルパイと同じモノが作れるのか。


嬉しいと言えば嬉しいが、もう少し戦闘に使えるような能力はないものか……。

 

モンスターや強盗に襲われた時に、アップルパイを持っていても役に立たん。


「これ、ナギよ。宿に行くぞ。一文無しのお前さんに代わってワシが宿賃を出してやろう。感謝するんじゃぞ?」

 

レイヴィア婆さんが、横柄な態度で言った。


「はい。ありがとうございます」


ナギは背筋を伸ばして、綺麗なお辞儀をした。

 

彼のお辞儀を見て、レイヴィアは感心した表情を浮かべた。


「うむ。礼儀ができておるの。珍しい若者じゃ。お前さん、大した男じゃの」

 レイヴィアは心底、そう思って言った。


「いや、爺ちゃんに、礼儀を叩き込まれてまして……」

 ナギが照れて頬をかく。

  

祖父・円心の言葉を、ナギは脳裏に思い浮かべた。


『いいか、ナギ。礼儀正しさは、最強の武器だ。この世は人間関係で構築されている。礼儀正しいだけで、人間は【信用】という得難い財産を築ける。

 好意を受けたら、素直に礼儀正しく感謝の言葉を示せ。言葉にしなければ人に伝わらぬことが世の中には多いのだ』

 

「よい、祖父をもったのぉ、さて行くか」


「はい」


ナギはレイヴィア婆さんを背負って宿屋に向かって歩き始めた。


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