第3話 老婆

「皆様、初めまして。俺は相葉ナギと申します。

 

性別、男性。

 

年齢は17歳。

 

身長173センチ。

 

ソコソコに善良で、ソコソコに自分勝手な元ヒキコモリの高校生です。

 

 つい先程、次元震じげんしんに巻き込まれて死亡致しました。

 

そして、現在剣と魔法の世界、惑星フォルセンティアの森の中をあてどなく彷徨っております。

 

 喉が渇いて、辛くて泣きそうです。寂しくて、切なくて、泣きそうです。時折猛獣だか、魔獣だかの唸り声が聞こえて怖くて泣きそうです。


10分ほど前には空にワイバーンが飛んでいるのが見えました。

 

怖くて少し涙が出ましたが、情けない男だと思わないで下さい。

 

これでもソコソコに腕は立ちます。

 

俺は津軽真刀流つがるしんとうりゅうという剣術流派の免許皆伝です。

 

剣術も柔術も会得しております。


え? 津軽真刀流つがるしんとうりゅうなんて、知らない?

 

ごもっともです。

 

超マイナーな剣術流派ですしね。

 

少し説明致しますと、青森県は江戸時代では津軽つがると呼称されておりまして津軽藩という藩がございました。


300年ほど前、俺のご先祖様に相葉あいば光延みつのぶという津軽藩の重臣がおりまして、その方が創設したのが実戦流派・津軽真刀流でございます。


俺は祖父の相葉あいば円心えんしんに5歳から津軽真刀流の手ほどきを受けまして、15歳で免許皆伝を得ました。


いわゆる一子相伝の剣術でございます。

 

しかし、現在俺は素手です。

 

人間という生き物は存外弱く動物には勝てません。

 

今、森の奥からウッカリ、熊さんだの、狼さんだの出てきて襲いかかられたらアウトです。


人間はどんなに鍛えても犬にさえ勝てません。


高名な空手家の先生が、


「体重10キログラムの犬は身長180センチの成人男子を殺せるだけの戦闘力を有しており、人間と犬が戦えば、間違いなく犬が勝つ」


と本で書いていました。


グルゥウウ!!


 うお! 

 

今も獣だが、魔獣だかの遠吠えが聞こえました。

なんだかライオンのような、ドデカい猛獣の声です。

果たして、俺は一時間後にも生きているでしょうか?

それでは、皆様ご機嫌よう。

どうか、安全な日本にいる生活を幸運だと思って下さいませ!



ナギは独り言を終了すると、森を眺め回した。


一応、道があるので道にそって歩いているが一向に終わりが見えない。

 

森から無事に出られるのだろうか? と不安になる。


「独り言を言っても、寂しさも、怖さも消えないなぁ~」

 

と、また虚しく独り言をした。

  

ふいに森に強風が吹きあれ、森の樹木が揺れ動いた。


枝葉がぶつかりあい、嵐のような音を立ててナギの耳朶をうつ。


ナギは黒髪をふり天を仰いだ。


「まったく女神様ときたら……」

 

ナギは、あきれたような声を出した。

 

女神ケレスに対する怒りは消えていた。

 

怒るのもアホらしい。

 

どうもあの女神様は、しっかりしているようで抜けている。

 

これじゃあ、次元震の発生ミスで俺を殺してしまうわけだ。


 【食神しょくしん御子みこ】などという恩寵スキルを貰っても、料理がプロ並みになるだけでは現状をどうすることも出来ない。


あの女神様もしかして、頭が悪いんじゃなかろうか?


「しかし、事故で死亡か……。うちの家系は、呪いでもかけられてんのか?」

 

ナギは何度目かの吐息をついた。

 

ナギは1歳の時に両親を自動車事故で失った。

 

そして、祖父・相葉円心に引き取られて祖父に育てられた。


「いいか、ナギ。事故には気をつけろ」

 

と祖父・円心えんしんには常々言われてきたが、自分も事故で死んでしまった。

 

爺ちゃんには申し訳なく思う。

 

情けない話だ。


ふいに爺ちゃんの顔が脳裏に浮かび上がる。

俺の唯一の家族だった爺ちゃん。

 

毎日、俺に津軽真刀流の手ほどきをしてくれた。

多分、孤児で何もない俺に少しでも自信をつけてやりたいという一念からだったのだろう。

 

その爺ちゃんも、一年前に病死して俺は、本当に天涯孤独の身となってしまった。

爺ちゃんが病死したショックで俺は登校拒否のヒキコモリになってしまった。

 

爺ちゃん……。

厳しいけど、優しかった爺ちゃん。

 

俺が風邪を引くと、ずっと寝ずに看病してくれた爺ちゃん……。

涙が滲みそうになって来たが、ふいに爺ちゃんの声が響いた。


『男は苦境になった時にこそその真価が試される。怯えても良い。怖がっても良い。泣いても良い。だが歩み続けろ。止まれば死ぬ、と心得よ』

  

「そうだな。今は、歩かなければ……」

 

 ナギは歩き続けた。



◆◇◆◇◆◇




 30分後、道の脇にわき水を発見した。


ナギは水を飲みまくって喉の渇きを癒やした。美味い。水をこんなに美味いと感じたのは初めてだ。


「しかし、水筒もペットボトルもない。なんか容器があれば水を持ち運べるのに……」


ナギが呟くと同時にメニュー画面が開いて、10代の綺麗な女性の声が彼の脳に響く。



『アイテムボックスに、水を収納することが可能です。収納しますか?』


 

「します! します!」


ナギは叫び、アイテムボックスの機能を閲覧した。

アイテムボックスは便利な機能だった。

 

無限、無尽蔵にモノを収容できる。しかも時間固定がなされており、肉や魚を入れても腐敗することがないそうだ。


「ヨッシャー。水を確保したぞ! ナギはレベルがあがったー!」

 

水があれば、とりあえず三日ほどは動ける。

ナギは人心地ついて、元気よく歩き出した。


 


◆◇◆◇◆◇



一時間後。


食料を探している俺の目の前に、行き倒れた小汚い婆さんを発見した。

 

婆さんは食えません。

 

スルーしますか?

 

さすがにそれは人間として出来ん。

 

俺は仰向けになって、俺に顔を向けている婆さんに歩み寄った。


「た、助けて下されぃ……」


婆さんが、俺めがけて、腕を伸ばした。


「大丈夫ですか?」

 

俺が尋ねる。


「今のワシを見て大丈夫だと思ってるなら、お前さん脳味噌が腐ってとるぞ」

 

見捨てれば良かったよ、クソババア。

いや、これでも年上だ。敬意を表さなければ。


「……失礼しました」


「うむ。お前さんは良い子じゃのう。すまんが、水をくれんじゃろうか?」


俺は頷いて、婆さんに水を与えた。

アイテムボックスを開くと、何もない空中から水がチョロチョロと水道のように流れ出す。

婆さんはさすがに異世界の住人なのか、何もない空中から水が流れ出したのを気にもとめずに飲み出した。


「プハぁっ、美味かったわい。甘露、甘露」

 

婆さんはシワだらけの顔に笑顔を浮かべた。笑うと結構愛嬌のある顔立ちだ。


人種は白人で、桜金色(ピンクブロンド)の髪。桜色の瞳。


若い頃はさぞ美人だったに違いない。


「お若いの。名前はなんというのじゃ?」


「相葉ナギです」

 

「相葉ナギ? ほう、随分と珍しい名前じゃのう。……ああ、そうか、そなたは『来訪者』か」

 

婆さんが得心したように頷いた。


「来訪者?」

 

聞き慣れない単語だ。


婆さんによると、「来訪者」とは、違う世界から来た者達の総称らしい。俺のように時折、転移したり、転生してくる者がいるのだそうだ。

 

「すまぬが、ナギよ。この哀れな老いぼれを助けてくれぬじゃろうか? 脚が痛くて動けんのじゃ。どうか、森の外まで連れて行ってくれぃ」


俺はゴクリと唾を飲んだ。


「……あの……お婆さん……。この森の道が分かりますか? 近くに村とか、街とか人間の集落はありませんか?」


「サッパリ分からぬ。迷ってしまってのぉ。もう十日間も彷徨っておる」


俺の心中に戦慄がよぎった。


なんていうことだ。この婆さんも道が分からないのか。

 

しかも、この婆さんを助けるには背負って移動しなくてはならない。俺自身の生存確率は飛躍的に下がるだろう。

 

「見捨てるなら、見捨てるで構わぬぞ。だが、見ての通りのか弱い老いぼれじゃ。お前さんに見捨てられたら、今夜あたりには、くたばるじゃろうのう。まあ、死ぬ時にはお前さんを末代まで呪うが気にせんでくれい」


「助けますよ! ほら、はやく背中に乗って下さい!」


「すまんのう。感謝、感謝」


俺が婆さんを背負うと、メニュー画面が開いた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


『相葉ナギは、薄汚い婆さんを相棒にした(笑)』


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「うるせえよ!」


俺はメニュー画面に手刀を叩き込んで割った。


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