支配者階級
帰国
私を救助してくれたのは、ブタン王国国立傭兵ギルドから依頼を受けた傭兵で、魔法使いの人間。キャロライン・コードウェルという女性だった。
黒髪で、喜怒哀楽の感情はあるようだったが、無気力な目と機嫌の悪そうな顔つきしている。だが、実力は本物だ。
彼女の特徴の一つとして、いつも前髪で左目を隠すようにしていた。
これについて私は、どのような経緯でそうなったのかは聞かなかったが、彼女が隠している方の目は、水晶の義眼で、呪具と呼ばれる魔力装置として、視界拡張、透視、千里眼の能力を備えており、また、彼女の目は、使い魔であるカラスの
私のいた独房に忍び込んだあの異様なカラスは、彼女の偵察だったということだ。
コードウェルは、傭兵界隈では、名の知れた存在で、“地上の猛禽”という二つ名を持っていたが、これは彼女の目つきではなく、彼女の得意とした、精密魔法による直接攻撃のスタイルを、猛禽類の狩猟法となぞらえてつけられていた。
突然現れ、命を刈り取り、成果を得る。
ビョウケンで私の為に披露してくれた腕前が、彼女の得意な戦法で、“地上の猛禽”。正に、名は体を現すだ。
私は、コードウェルの魔法で、南方大陸北部のレンチ共和国領エレントの瞬間移動埠を経由して、ベイルトン王国へと帰ることが出来た。
埠頭から、冒険者ギルドへと送ってもらい、私の身元照会とコードウェルの報酬請求が同時進行で行われ、まず、魔女への小切手が渡され、その後、冒険者ギルドが騒然とした。
なぜなら、冒険者ギルドの新米ハル・ブラックウッドが本当に生きていたからだ。
周りの
そのまま、冒険者ギルド『ビョウケン支部』に関する報告をする為に、部長サイモン・ハーディングのところに向かった。
私は、見た現実から判断して伝えた。
ビョウケンは、異種族間の戦闘により荒廃し、支部建設の物資、人員、あらゆる資源に危害が及ぶ可能性がある事と、戦況からして、戦闘終結後も治安の回復には相当の時間がかかるだろうと。
部長は、この報告を受け、ケンビョウ支部建設を正式に凍結する決断を下し、南方大陸の解明に関して、ブタン王国は振り出し戻す事を選択した。
尤も、私が報告しなくとも、この決断は下されたのだろう。私が行ったのは、その決断を少し早めた程度。
そして、私は、部長にケンビョウの現実を報告した。
戦闘が起きている、という分かりきった報告ではなく、誰が、どのように死んでいるかをだ。
ドーマ族が、ベイルトン王国の武器や錬金術師会のロゴが入った毒物を使っているという話しもしたが、最も大事な点は、土地と派閥も種族も度外視したケンビョウ国の現地人が亡くなった事だ。
ここで自覚したのは、私が、生き抜いて、帰ってきたのは、冒険者ギルドとして、私の持ち帰った外国の情勢が、何かしら行動を起こす理由になるだろうと期待していたからだったからだと分かった。
この願いは、部長のサイモン・ハーディングに届いたが……それより上には、届かない。
部長は、私の証言人として、冒険者ギルドのギルド長ジェンキンス・フォードマンの下に連れて立った。
私的意見を述べれば、ジェンキンス・フォードマンは、支配者階級と貴族階級、権威主義が生んだ、最高純度のクソ野郎だ。
まず、このクソ野郎は、私と直接話さなかった。
同じ空間にいておきながら、私の話を聞いてから、部長に要約させ、私への質疑は全て、部長に言った。
これほど合理的な会話方法が、世間に浸透しないには、理由があるのだろう。
ジェンキンス及び、ベイルトン王国の支配者階級が言うには、『ケンビョウ国では、内戦は起きていない』らしい。
『ケンビョウ国政府は、武装した過激な犯罪集団の取締を強化している』が公式かつ、完全無欠な見解としていた。
そして、それを“戦争”と結びつけるような言葉を使うのは、戦争を知らない若者だろう。と宣った。
部長も、ギルド長の意見を同意した。
その時は、部長とジェンキンスの事を、内心で、一絡げに、裏切り者から始まるありとある罵詈雑言で非難したが……今考えると、部長は、私を、一時的神経過敏に陥ってる若者として扱う事で、ジェンキンスの政治的魔の手から逃れる道を作ってくれたのだった。
失意と共に、退室する時。私は、捨て台詞をシャド族の言葉、シャドューニ語で、言った。
「綺麗だけど、冷たい」
ケンビョウの密林の中のキャンプで、“死”の概念を理解出来ない子供は、餓死した弟をそう言い表した。
私が、ギルド長執務室を出る時、ケンビョウでこの言葉を聞いたよりも、無力感に苛まれた。
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