脱出

 ナワニは、私を解放するという形で、ベイルトン王国へ返す事を提案した。


 猫獣人解放軍が、拘束していたベイルトン人の身代金を要求するフリをして、私を置いて逃げるという計画だ。

 こうすれば、全てが丸く収まる計画だったが、猫獣人解放軍は、この時には統制を失っており、私がナワニの庇護を失った途端に、本当の人質にされてしまった。


 私を捕らえ、ビョウケン政府と交渉したのは、大半がロコ族という真っ黒い毛並みの猫獣人たちだったが、その統率をとっていたのたシャド族の男で、ナワニの下にいた精鋭の一人だった。


 私は、最初に猫獣人に解放されたのと同じ造りの警備所で拘束され、今度は本当に一貫の終わりを感じていた。

 というのも、ロコ族たちは、私を切り刻む事で、身代金をに要求するような計画を練り始めていたのだ。


 幸いにもこれは、そのならず者リーダーであるシャド族が却下してくれたので、私にはまだ四肢がある。


 だが、このならず者たちは、身代金の二度取りを企てた。

 私の身代金を先に払わせ、私を受け渡す時にもう一度、要求するつもりだったらしいが……この計画は失敗している。


 身代金を受け取りに行った者が帰ってこなかったのだ。

 ならず者たちは、それを金の持ち逃げだとしてとにかく怒っていたが、身代金を倍額で要求する事で諦めていた。


 後から聞いた話によると、私の1度目の身代金を受け取りに行った者たちは、自ら指定した建物に入った途端、砲撃か、魔法で吹き飛ばされたらしい。


 ここからも半分推測だが、この攻撃は魔法だったのだと思う。少なくともその時のビョウケンには、そのレベルの攻撃を可能とする人物が存在した。

 

 ロコ族の二人が消えた夕方。私の独房に窓から小さな種類のカラスが迷い込んだ。


 それ自体に驚かされたが、これはまだ序の口。

 そのカラスの目は、宝石だったのだ。それも青い球に小型の六角形の黒い石の球が嵌め込まれて、眼球と瞳孔のようになっていた。

 黒い嘴には、金色の模様が薄く刻まれ、一目で自然に存在する鳥類ではないと判断できた。

 その鳥が、床を嘴で叩き、私の気を引くと、その宝石の目で、私をじっと見つめ、また窓から飛び去った。

 

 私は、この出来事を、空腹と緊張からくる幻覚で、自身の死期が近いのではと本気で悩んで、夜を迎えた。だが、あの鳥は実際し、私の予感は、全くのデタラメ。


 その晩、警備所は、真っ暗なままにされていた。

 猫獣人たちは、人間よりも遥かに夜目が効くので、窓からの月明かりだけで、物が見え、わざわざ見つかる危険を冒してまで照明を灯す事をしない。


 だから、暗闇の中で、魔力で空間が歪む際に発生する青い光の渦が最初から最後まで、はっきりと見えた。


 そこからは一瞬で全てが片付いた。

 

 青い渦から、黒い影が一つ飛び出し、猫獣人たちのダミ声で、つんざくような悲鳴が数秒響いた後、暗闇は思い出したように沈黙を取り戻す。

 その暗闇の中から足音が聞こえ、それが私の独房に向かってきている事も分かると、希望や期待よりも不安を抱いた。


 独房の檻の向こうで、囁き声が聞こえたと思うと、小さな火が灯り、私の顔と、独房の外に立つ誰かの胸あたりをぼんやりと照らしす。

 火は、ぴんと伸ばされた人差し指の先から、蝋燭の火のように輝き、魔法の火だと分かった。


「確認だ。お前は、ベイルトン王国王立冒険者ギルド支部建設予備調査班のハル・ブラックウッドだな?」


 ベイルトン東部の訛りがあるよく通る女性の声で、機嫌が悪そうな声が尋ねてきた。

 この時の私は、憔悴しきっていたので、力なく、学生のように誠実に答えた。


「はい。私が、そのブラックウッドです」


 それを聞くと、暗闇の中の女性は、私を独房の奥に行くよ命令し、呪文のようなものを唱えた。

 すると、鋼鉄製の檻が瞬時に冷気を放ちながら凍りつき、続いて女性がこの鉄筋を蹴り砕いた。


「私は、傭兵ギルドの者だ。お前をここから連れ出しに来た。意見は聞かない」


 そう言うと、彼女は、空間短絡魔法の青い光の渦の中へと私を引き摺り込み、この独房、ビョウケン獣人共和国から脱出させた。

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