ビョウケンの情勢
内戦が起きた時、ベイルトン王国の冒険者ギルドは、私の安否をビョウケン政府に尋ねたのだろう。
ここからは、私の推測だ。
「おたくに、冒険者ギルドの男が行ったんだけど、いる?」
「あー、ベイルトン王国さん。彼は死んだと思います」
この推測の根拠は、私が帰国した後、8名程の同僚から、「ハル・ブラックウッド! 死んだはずでは!?」という台詞を聞かされたからだ。
もっとも、彼らはその後にも何度か私の訃報を聞いたはずなので、良い予行練習になったと思ってもらいたい。
さて、私は、傭兵でも兵士でもなく、ビョウケンへの冒険者ギルド支部建設計画の予備調査をする為に派遣された者だ。
これは、内戦下でも意味が変わらない。
私には、ビョウケンの状態を把握し、ベイルトン王国に帰る必要があった。
万が一、私が帰らなくとも、冒険者ギルドは、『ビョウケン内戦中につき、建設計画中止』と、的確な判断を下したと思われるが、内戦という言葉で伝えられないビョウケンの実情を探れる立場にいたのは私だけだった。
そうして、垣間見たのは、奔走する争いと混迷を極める武力衝突の中で、私は、どんな詩や教本よりも明確な“地獄”だった。
シャド族は自然環境を利用する事に於いて非常に優れ、小柄な体格と敏捷性を活かした奇襲戦術を得意とし、ビョウケン政府軍に対して、一定の成果を挙げていた。
猫獣人族の体表の模様は、密林や乾燥帯では、隠密行動をする上で欠かせない武器だった。
また、彼ら、人間のような五指を持つが、我々とは異なり、指先に収納可能な鉤爪を備え、この爪はナイフのように鋭く、生物由来の物質ならほとんどの物を引き裂く事ができる。それには、当然人や犬獣人たちの首を含まれた。
また、爪を隠した素足の彼らはどんな場所でも足音を立てずに歩き、まさしく、狩人に相応しい能力を持っている。
我々は、人混みや風景に溶け込み、目を逸らさせる事を、“隠れる”と称し、この潜伏者を“隠れている”と言うが、これは、とても主観的な表現だ。
命を狙うために姿を眩ましている存在を、私たちは、“隠れている”とは認識出来ない。
認識させない。これが最も初歩的で、非常に有効な隠蔽であると、猫獣人は理解し、体現する術を心得ていた。
一方のドーマ族には、その様な種族的な武器は優れた嗅覚のみだったが、ベイルトン王国から買い取っていた近代魔導兵器群を所有していた。
ビョウケン政府軍は、ベイルトン王国工房製のリーン式魔導十字弓を全兵士に配備し、馬用装甲や、魔力砲を備えるれっきとした軍事組織として、シャド族を圧倒する武力を備えていたのだ。
魔導十字弓は、筒型の装置に、動力源となる魔力生成水晶を装填し、そのエネルギーを屈折レンズを利用して、偏向、増幅、収束して照射する遠距離武器で、魔力の照射時の轟くような重低音と、収束魔力光が、有機物の対象を溶解、破裂させる為、俗称“雷鳴”やその堅牢さから“前線の金床”と呼ばれていた。
また、その堅牢さから、棍棒として使われ事もしばしば。
ドーマ族は、匂いで敵を見つけ、魔力光で茂み一帯を吹き飛ばす戦法を好んだ。
そして、リーン式は、遠距離武器としても優秀で、望遠技能のある魔導士が使えるば、4km先の兵士を狙撃できる代物だったが、起伏の激しい土地と視界の悪い密林の多いビョウケンでは、その使い方はされず、シャド族、ドーマ族共に、会敵した瞬間から、十字弓の水晶か、屈折鏡が焼け溶けるまで撃ちまくる方式で戦闘を繰り広げた。
シャド族のゲリラ戦術とドーマ族の大量投入戦略の相性は悪く、非効率で、断続的な戦闘が続き、内戦自体が長期化。
これが、新たな地獄を生みだしていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます