スパイ容疑
私は、ナニワの忠告を受け、避難を決行したが、運命の女神の悪ふざけが好きなようだった。
ビョウケンの山岳を馬で抜けていると、ドーマ族の検問に制止された。
ドーマ族の憲兵たちは、ベイルトン人が思う南方大陸の獣人族のイメージと異なり、近代兵器である
だが、彼らは、これを構えたり、狙ったりする手間を嫌い、もっぱら棍棒として使う。
4人のドーマ族が怒鳴りながら、私を馬から引きずりおろすと、そのまま4丁の十字弓が、私の全身に何度も振り下ろされた後、拘束された。
容疑は、スパイ容疑と治安妨害。
拘束された当初の弁明で、私は、人畜無害で善良なベイルトン人を完璧に演じてみせたので、警備員たちは、私に警戒心を抱くことすら億劫だったと思う。
私は、腫れた顔でこんな風に会話した。
「ブラックウッドさん。なぜ、こんなところに?」
尋問官にこう聞かれたので、まず唇を尖らせ、数秒、体を停止してから答えた。
「ギルドに行けって言われてきたんですよ」
警備員は、私の身分証を見たり、所持品をチェックしながら、質問を続ける。
「それは、なぜ、言われたんですか?」
私は、ものすごい勢いで瞬きをして、愛想笑いを浮かべた。
「私が、冒険者ギルドの人間だからですよ」
私は、所属やギルド章を提示するが、彼らはそれを鼻で笑い、結局は、偵察拠点の独房へと幽閉されてしまう。
(私が、この来訪の数ヶ月前から、猫獣人とビョウケン政府と武力衝突を起こしていた事と、この政府の役人で、私が内陸部へ向かう手配を済ませてくれた親切なドーマ族の者が、私に対して、秘密主義的に振る舞った事を知ったのは、何ヶ月も後の事だった)
私が押し込まれたのは、脚を伸ばせるだけの四角い石造りの部屋で、ここでは何もやることがなく。とにかく状況を推理した。
私の拘束は、ビョウケン政府の情報封鎖に他ならない事。
ビョウケン政府は……最悪、私が死亡しても、シャド族の責任にして終わらせるだろうという最悪手まで考えた。
推測できる現実は厳しかったが、現状はそんなに悪くなかった。警備員たちは、私を尋問したり、虐待する必要もないとして放置していたので、考える時間だけは腐るほどある。
ただ、私がこうして考え事をしている間に、ビョウケン政府は、軍事行動を実行し、反政府組織の鎮圧に乗り出したので、事実上ビョウケン国内は、内戦へと突入してしまっていた。
このビョウケン内戦を、ベイルトンの広報誌や、広報担当官は、獣同士の縄張り争いとしたり顔で言い表していたが、実際には、ベイルトン王国による再征服活動と表現する方が正しい。
私が、この主張をベイルトン王国内で行うのは、また別の話で述べよう。
その話も、このビョウケン内戦もロクな話ではない。
一晩明けて、この独房内での瞑想生活から唐突に解放された。
政府からの誤解が解けたわでも、ビョウケンの争いが収束したわけでもなく、この警備施設の所有者が、ビョウケン政府から別の組織へと変わったからだ。
ある日、いつものドーマ族の看守ではなく、フック付きロープを担いだシャド族の男が独房の前に立ち、私を見下ろして言った。
「旅人! そこは住み
私が、それをジョークだと思い、「ママの腹に戻ったようだ」と言った。
そうしたら、その男は、それを信じてしまったので……説得という一手間を挟んで、私は解放してもらった。
このシャド族たちを含めた武装組織は、自身を猫獣人解放軍と名乗った。シャド族とその長ニニョ・ナワヤをリーダーとした、猫獣人によるビョウケン政府に対する反抗勢力。
彼らの目的は、現政府の打倒だったが、私は生き残る為に彼らに同行する事になった。
冒険者ギルドに入る時、私は、極寒や密林、荒野での生き方を学んだが……反政府勢力との共存と、戦闘下で生き残る術を、この瞬間から実地で学ぶ必要を強いられた。
国を二分する争いに巻き込まれた私の状況は、二元論よりもやや複雑になる。
当時、ベイルトン王国に帰るための港、
また、私は、魔法を使えなかったし、仮に使えても、瞬間移動埠を経由しない場合、ビョウケンの不正渡航防止結界か、それよりも遥かに堅牢なベイルトン王国の結界に弾かれて、バラバラに吹き飛んだだろう
さらに、このビョウケン国は、三方を南方大陸特有の動植物、魔法動植物が生息している深い密林と険しい渓谷の未開拓地帯が囲み、残り一方を、ビョウケン政府軍と海洋が塞いでいた。
隣国への脱出にも、沿岸部への到達が必須条件。正に八方塞がりと呼べる状況で、そもそもは、その未開拓地を解明する
この段階で、決まっていた事柄は、この戦時下を生き抜くという問題が起きたせいで、この大陸の踏破を夢見る冒険者たちの夢と私のこの国内での生活の予定は、大幅に超過するというのだけだろう。
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