第104話

「ギュルルルルル!」


 ポタルゲが前脚の鉤爪を振るい、倒れたままのイザベラを狙う。

 俺は素早く彼女の前に出て、盾の表面で鉤爪の攻撃を受け流した。

 だが、殺し切れなかった衝撃が響いてくる。


「ぐぅっ! 早く立て、イザベラ!」


 続くポタルゲの攻撃を、俺は剣で弾くように捌く。


「〈パリィ〉!」


 奴の鉤爪が、俺のすぐ横の床を抉る。

 この隙に反撃に出ようかと思ったが、俺の機動力では反撃が間に合わない。

 リーチが違い過ぎるのだ。


 スカルロードのときよりはレベル差は開いていないし、魔法型の分、攻撃力と素早さが控え目のためどうにか形にはなっているものの、それでもジリ貧だ。


「ク、クソ!」


 イザベラが立ち上がり、剣を構えてポタルゲへ接近した。

 ルーチェもまた、彼女の動きに合わせるようにポタルゲの足許へと駆けて、死角へ回り込もうとしていた。


「ギュウウウウ……!」


 ポタルゲの頭上に大きな魔法陣が展開される。

 次の瞬間、暴風が吹き荒れた。


「ぐっ! これは風魔法……〈ガスト〉か!」


 俺は吹き飛ばされそうになったが、背を丸め、床に刃を突き立ててその場に踏み止まった。


「ぐうっ!」

「きゃあっ!」


 だが、後方にいたスノウはどうにか耐えられていたものの、イザベラとルーチェは駄目だった。

 風に投げ出され、部屋の隅へと飛ばされていく。

 無理もない……重騎士の俺でさえ、どうにかその場に留まるのが限界なのだ。 


「接近した状況をリセットされた……!」


 これで時間が稼がれてる間に、またポタルゲが回復していく。

 その間、俺達ばかりが一方的にHPを消耗させられていく。

 勝ち筋があまりに細すぎる。


 ……現状、俺とイザベラが盾役になり、スノウが後方より魔法攻撃で気を逸らし、ルーチェが隙を潜って〈ダイススラスト〉を当てるしかない。

 ただ……この戦法で、タフなポタルゲ相手に押し切れる気が、俺にはどうにもしなかった。


 俺も〈死線の暴竜〉で一気に攻めるべきか?

 いや、盾役二人で気を引くのが現状精一杯だ。

 俺が攻撃に出ても、盾役が減った状態では、ルーチェも俺もまともに攻撃に出られなくなる。


 短期決戦を仕掛けるには、タフで立ち回りの堅いポタルゲ相手には苦しい。

 倒し切る前に、最低でも俺かルーチェのどちらかは命を落とすことになる。


「ギュルルルル!」


 暴風に対して一人残った俺へと、ポタルゲが鉤爪での攻撃を仕掛けてくる。

 重さに耐えられず盾が逸れたところに、至近距離より〈シルフカッター〉を叩き込まれた。


「ぐぁっ!」


 俺は鎧で受けることになり、後方へと飛ばされた。

 胸部に、鈍い痛みが走る。


 ポタルゲは、HP、防御力が高く、行動パターンも慎重で堅い。

 まるで奴の守りを崩せる気がしなかった。

 この状況を覆すためのピースが足りない。


「クソ……せめて〈死神の凶手〉があれば、まだ勝算があったのに」


 元々俺とルーチェはその〈技能の書スキルブック〉が欲しくてここへと訪れてたいのだ。

 あのスキルツリーがあれば、ルーチェの攻撃面の性能が大幅に上がる。

 そうすれば短期決戦狙いで一気に仕掛けることができただろう。

 もしもグリムリッパーからドロップしていれば、ここまで苦しい戦いを強いられることはなかったはずだ。


「〈死神の凶手〉……?」


 イザベラが反応した。


「あ、あります! それでしたら、私が持っています!」


 スノウが叫んだ。


「なっ……!」


 確かに……スノウ達は、俺達より長く狩りをして回っていたのだ。

 恐らくは、昨日か一昨日より。

 その点を考えれば、彼女達がグリムリーパーより〈死神の凶手〉の〈技能の書スキルブック〉を入手していてもおかしくはなかった。


「頼む、それをルーチェへ渡してくれ! 金なら、相場の何倍でも後で払ってみせる!」


 俺はポタルゲの鉤爪を〈パリィ〉で死に物狂いに捌きながら、そう叫んだ。


「道化師の方……これを!」


 スノウは迷いなく〈魔法袋〉より一冊の本を取り出し、素早くルーチェへと投げた。

 ルーチェがその本を手で掴む。


 恐らくあれが〈死神の凶手〉の〈技能の書スキルブック〉なのだ。


「こ、これが、〈死神の凶手〉……! エ、エルマさん! あのあの、こっこれって、どうやって使ったら……!」


 ルーチェが〈技能の書スキルブック〉を手に、困惑したようにそう口にする。


「〈技能の書スキルブック〉にマナを込めるイメージだ! 〈攻撃力上昇〉を消してスキルツリーに加えたら、スキルポイントを全て振ってくれ!」


 ここに入る前のルーチェは【Lv:64】だった。

 恐らくあれから、レベル三つ、四つ程は上がっているはずだ。

 スキルポイントは【20】以上余っている。

 それだけあれば、充分〈死神の凶手〉の序盤のスキルを入手できる。


「は、はいっ!」


 ルーチェの手許が光る。

 そして同時に、彼女が手に持つ〈技能の書スキルブック〉が、光の粒となって消えていった。


 ルーチェが〈死神の凶手〉を手に入れた証である。

 いつかは絶対に手に入れたいと考えていたが、まさかこんな形で入手することになるとは思わなかった。


――――――――――――――――――――

 〈死神の凶手〉のスキルツリーを取得できる。

 研ぎ澄まされたその刃には死神が宿る。

 ただ一振りで命を奪う、絶死の凶刃。

 狙った獲物を決して逃がしはしない。

――――――――――――――――――――


 〈死神の凶手〉の〈技能の書スキルブック〉の説明文である。


 〈死神の凶手〉はクリティカル攻撃の強化を中心としたスキルツリーだ。

 普通に使っても強いが、安定性に欠くため採用率はさほど高くない。


 だが、桁外れに高い幸運力と、出目次第でクリティカルを確定させる〈ダイススラスト〉のスキルを有しているルーチェがこのスキルツリーを得れば、その意味は大きく変わる。


 俺はこの瞬間、既に勝利を確信していた。


「土壇場なのは不安だが、一気に決めるぞルーチェ!」

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