第103話

「ギュギュ……ギュウウウウウ!」


 ポタルゲが天井を向いて声を上げる。


「〈夢の主〉だと! な、なぜ、〈王の彷徨ワンダリング〉が……! 〈幻夢の穴レアダンジョン〉は、〈夢の主〉にわざわざちょっかいを掛けるメリットなどないはずだというのに!」


 イザベラが悲鳴のような声を上げる。


 だが、これは恐らく、冒険者がミスで引き起こしたことではない。

 スノウ達を狙って意図して引き起こされたものだ。


 山賊を送り込んできた奴の狙いは、スノウ達を消耗させつつ〈幻獣の塔〉の奥に縛り付けて、〈王の彷徨ワンダリング〉を擦り付けることだったのだ。

 警告なんて生易しいものではない。

 明らかに殺しに来ている。


 ……【Lv:80】……か。

 〈夢の主〉は通常の魔物よりも回復能力が高いが、ポタルゲは中でもその特徴が顕著だ。

 加えて防御力も高い。


 そして何より……奴は肉弾戦よりも、距離を置いての魔法攻撃を得意とするのだ。

 こちらからまともに攻撃を仕掛けることが難しい上、肉弾戦も弱いわけではないため、安易に近づけば鉤爪の餌食になる。


 対してこちらは近接クラス四人だ。

 俺とルーチェはまだMPが残っているものの、スノウとイザベラはほとんど限界なはずだ。

 

 ポタルゲ相手に打点を取るためには、高火力の魔法クラスが必要になる。

 〈死線の暴竜〉を使っても、移動や跳躍に活かせるスキルのない俺の攻撃を当てることは難しい。


 ルーチェは機動力があって身軽ではあるが、彼女の打点でポタルゲに致命打を与えるのは〈ダイススラスト〉頼みでも苦しい。

 元々道化師は攻撃型のクラスではないし、ルーチェはまだレベル六十台だ。

 ステータス不足が響いている。

 その上、〈ダイススラスト〉はその性質上、連続でダメージを与え続けることが非常に困難なのだ。


 まずいな……チマチマとダメージを与える術はないわけでないが、距離を置いて立ち回られれば、回復力の高いポタルゲに安定して一人一人潰されてお終いだ。

 ポタルゲに大ダメージを叩き込むためのピースが足りない。

 そして打開策を探りながら戦える程、ポタルゲの攻撃は生易しくない。

 

「……圧倒的に分が悪いが、とりあえずやれることをやっていくしかないな」


 俺が剣を構えて前に出ようとしたとき、イザベラが一瞬早く俺の前に出た。


「私がポタルゲを引き付ける。貴様らは、スノウお嬢様を連れて逃げてくれ。お嬢様は足を負傷なされている」


「イ、イザベラッ!」


 スノウが困惑したような、怒ったような声を上げる。


「早く行け……奴が動き始めれば、一分は持たんぞ!」


 イザベラが叫ぶ。

 同時にポタルゲがこちらへ駆け出し始めて来た。


「ギュウウウウウウ!」


 魔法陣が展開される。

 高速回転している緑のマナの塊が生じる。


 ……これは〈ウィンドハント〉という、風属性の魔法スキルだ。


「くっ……!」


 イザベラが魔法攻撃に備えて、身構える。

 軌道を読んで避けるつもりらしい。

 だが、悪手だ。


「ギュッ!」


 風の球体が放たれた。

 球の表面では、緑のマナが高速回転している。


 俺はイザベラの前へと割って入り、大盾で〈ウィンドハント〉受け止めた。

 衝撃で背後に突き飛ばされ、手が激痛で震える。

 ……つくづく〈屍将の盾〉を手に入れてよかったと思う。


「〈ウィンドハント〉は追尾効果があり……振り切って回避することが難しい。威力はまだ低い方だから、速度がなければ防いだ方がいい」


「に、逃げろと言っただろう! 馬鹿か!」


「元々戦うつもりではあったんだが、お前の言葉を聞いて、余計に全員で生還したくなった。それに……俺なら一分と言わず、単騎で五分は稼げる自信があるぞ」


 俺がニヤリと笑ってイザベラへ目を向ける。

 彼女は歯を喰いしばった。


「こんな状況で【Lv:80】の魔物に挑むなど無謀過ぎる! 私はハウルロッド侯爵家に仕える騎士として、お嬢様を死なせるわけにはいかないのだ!」


「残念だが……お前のお嬢様は、部下を見捨てて逃げるつもりは毛頭ないらしいが」


 俺は尻目にスノウを見る。

 彼女も剣を構え、戦闘態勢に入っている。

 ルーチェも戦うつもり満々のようであった。


「お、お嬢様……」


「イザベラ、スノウ嬢を守りたいなら死力を尽くして踏ん張ってくれ。俺とお前で、ポタルゲの攻撃を引き付けるぞ!」


「ええい! こうなれば破れかぶれだ! お嬢様が命を落とせば、貴様の判断を恨むぞ!」


 イザベラがそう叫んだ。


 俺は自分にポタルゲの目線が向いていることを確認してから、巨体の周囲を回るように左側へと走った。

 ポタルゲの首が俺を追って動く。


「ギュルッ!」


 風の刃が飛来してきて、俺の真後ろの地面が砕けた。

 〈シルフカッター〉だ。

 魔法スキルは厄介なものが多いが、その中でもレベル上を相手する際に特に注意しなければならないのだが〈シルフカッター〉である。

 単純にスキルの速度が速すぎる。


「今の間に……! ぐあぁっ!」


 俺とは反対に左から斬り掛かっていったイザベラが、ポタルゲの前脚の爪撃をまともに受けて弾き飛ばされていた。


 ポタルゲに安易に接近するべきではなかったが、かといってイザベラを責められない。

 現状、余裕がなさ過ぎて、順当に戦えば敗北しかないのだ。

 勝負手に出続けるしかない。


「〈アイス〉!」


 スノウの掲げた剣の先から氷弾が飛んで行った。


「ギュッ……!」


 氷弾はポタルゲの顔面を捉えていた。

 目線が左の俺に寄っており、かつ右側のイザベラを攻撃しているため、ポタルゲの意識が分散しているいいタイミングだった。

 

 スノウは魔術師クラスではない様子だったが……だとすれば、〈氷晶騎士〉か。

 その名の通り、氷魔法と剣術で戦うクラスだ。

 魔法スキルで遠距離に弱いという剣士の弱点を補いつつ、氷魔法で剣術に幅を作って戦う。

 扱いは難しいが、上手く嵌れば強力なクラスである。


 もっともスノウは今、足を負傷している上にMPがほぼ底を尽きているため、こうして補佐に徹するのが限界だろうが……。


 隙を晒したポタルゲへと一気に接近していたルーチェが、ナイフを振るった。


「〈ダイススラスト〉!」


 六の数字が宙に刻まれる。

 確定クリティカルヒット。

 威力1.95倍、防御貫通50%の一撃が化け物の胸部を貫いた。


「ギィッ!」


 ポタルゲが身体を引きながら、前脚を振り回して暴れる。

 ルーチェもまた、地面を蹴って背後へ跳んだ。


「やりましたよぅっ! 手応えありです! これなら……!」


――――――――――――――――――――

魔物:ポタルゲ

Lv :80

HP :603/734

MP :237/272

――――――――――――――――――――


 ポタルゲのHPに、ルーチェが一気に蒼褪めた。


「お、思ったより減ってない……!」


 そう……ポタルゲは防御力が高いのだ。


 他の三人で隙を作って、一番身軽なルーチェが大打点スキルの〈ダイススラスト〉を成功させても、六分の一程度しか削れていない。

 おまけにポタルゲは自動回復力が高いため、スパンが開けばこの程度のダメージはすぐに回復し、また元通りのHPになってしまう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る