第105話
「確かにこのスキルがあったら、行けるかもしれません……!」
〈死神の凶手〉を得たルーチェがそう口にした。
「時間が経てば経つほど不利になる! 一気に畳み掛けるぞ!」
俺はポタルゲへと刃を向ける。
ルーチェがポタルゲ相手に致命打を狙えるようになった以上、チンタラと戦っている意味はない。
こっちの陣形が崩れる前に火力で押し切ってやる。
「わ、私はどうすればよいのだ!」
イザベラは必死に盾を構えながら、俺へと視線を向ける。
かなり不安な様子であった。
彼女も残りHPはかなり厳しいはずだ。
あと数回ポタルゲと接触すれば、もう命はないと考えているのだろう。
「さっきまでと変わらない。俺とイザベラで盾を務めて、ルーチェが叩く。だが、安心してくれ、ここからは短期決戦だ、長引くことはない! ここからはもう、MPの出し惜しみは無しだ!」
こちらの陣形が崩れる前に速攻でポタルゲを叩く。
「だったら……〈斬撃波〉!」
イザベラが剣を振るう。
斬撃が実態を伴い、ポタルゲを斬りつけた。
「ギュル……!」
ポタルゲの意識がイザベラに向いた瞬間、俺は一気に距離を詰めた。
ポタルゲの前脚の鉤爪が俺を踏み潰そうとする。
「〈パリィ〉!」
鉤爪に刃を打ち付けて弾く。
攻撃は逸らせたが、タイミングは完璧ではなかった。
腕が痺れ、俺は体勢を大きく崩すことになった。
「しくじったか……!」
ポタルゲの逆の鉤爪が飛んでくる。
俺は大盾を構え、鉤爪へと押し付けるように突き出した。
「〈シールドバッシュ〉!」
数秒競り合った後、俺は背後へと大きく弾かれた。
「ぐぅっ!」
〈シールドバッシュ〉は【防御力+攻撃力/2】の値で競り合うスキルだ。
この値には盾の値も乗るため、推奨装備レベルの馬鹿高い〈屍将の盾〉を装備している俺の方がさすがに防御力は上回っているはずだが、攻撃力の差を補い切ることはできなかったらしい。
ただ、負けたのは大した問題ではない。
自身を後方へ弾いて、ポタルゲの間合いから逃れて追撃を防ぎつつ体勢を立て直すことが狙いであった。
それに、予想以上の収穫もあった。
「ギュルルル……」
〈シールドバッシュ〉の押し合いはかなりの僅差であったらしく、ポタルゲの前脚を大きく弾くことにも成功していた。
その隙に充分、ルーチェは接近に成功していた。
「ギュウウ!」
ポタルゲの嘴の先に魔法陣が展開される。
風魔法でルーチェを狙うつもりだ。
恐らくは発動の速い〈シルフカッター〉だ。
ルーチェが腰を落とし、大きくナイフを引いた。
「〈竜殺突き〉……!」
あれは〈死神の凶手〉の【7】で取得できるスキルだ。
クリティカル狙いの、大振りの一撃を放つ。
予備動作は大きいが、クリティカル率を大幅に上昇させてくれる。
一か八かのギャンブル性の高いスキルではあるが、〈ダイススラスト〉よりは遥かに安定性が高い。
ルーチェの幸運力が合わされば、当たりさえすればクリティカルはほぼ約束されたも同然である。
「竜殺系……悪くないスキルだが、あの化け物を相手取るには、彼女の攻撃力は根本的に低すぎる。クリティカルを取れても決定打には……」
イザベラが口にした、そのときだった。
ルーチェが刃を突き刺した部位に、髑髏の形をした紫の光が浮かび上がった。
「ギュイイイイイイ!?」
ポタルゲが目を見開く。
次の瞬間、傷口が一気に広がり、大量の血が噴出する。
ポタルゲの巨体が、背後へ大きく退いた。
「な、なんだ今の……馬鹿げた威力は!」
イザベラが叫ぶ。
〈死神の凶手〉の【14】……〈奈落の凶刃〉である。
――――――――――――――――――――
〈奈落の凶刃〉【特性スキル】
クリティカル成功時の攻撃力を二倍にする。
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クリティカルダメージの倍増である。
単純ではあるもののとんでもない効果だ。
〈死神の凶手〉が安定こそしないものの凶悪なスキルツリーだと恐れられる最大の理由である。
発動条件が恐ろしく限定的ではあるものの、クリティカル時の1.5倍が三倍へと変化するのである。
格下の一撃であったとしても致命傷になり得る。
――――――――――――――――――――
魔物:ポタルゲ
Lv :80
HP :436/734
MP :213/272
――――――――――――――――――――
ポタルゲのHPが大幅に減っていた。
最初にルーチェが与えた〈ダイススラスト〉の攻撃はほとんど自動回復されていたため、その分を考慮すると【200】近いダメージが入ったことになる。
行ける……このペースであれば削り勝てる。
「ギィィイイイ!」
ポタルゲが床を蹴って、翼を広げる。
そのまま天井近くで滞空を始めた。
「な、なんだ、動かなくなったぞ……?」
イザベラが困惑したようにそう言った。
「もしかして、今の一撃に恐れをなしたのか? フ、フン、〈夢の主〉にも恐怖心があったとはな! だが、これで逃げられるかもしれん!」
「……いや、違う」
やっぱりゲーム時代よりも魔物が賢くなっている。
状況がマズい。
ポタルゲは自動回復である程度傷が癒えるまで、接近攻撃の届かない空中に留まるつもりらしい。
だが、俺達を逃がすつもりなど、毛頭ないはずだ。
こちらに高火力の魔法クラスがおらず、MPも全員底をつきかけていることを理解している。
仮にこちらが逃げても、距離を保ったまま追い掛けてくるだろう。
まさか〈夢の主〉が、飛行能力と自動回復量の差を活かして、逃げ回って俺達を殺し切ろうとするとは。
こんな厭らしい遅延戦法を仕掛けてくる魔物は〈マジックワールド〉では存在しなかった。
「ギギ……ギギギギ……!」
ポタルゲは大きな口の端を吊り上げて、悪意に満ちた笑みを浮かべていた。
「〈アイスピラー〉!」
スノウが声を上げる。
氷の柱が、ルーチェのすぐ横に出現した。
「私を信じて行ってください!」
スノウが続けて叫ぶ。
スノウのクラス……氷晶騎士。
魔法で氷弾を打ち出せるのは、あくまでおまけのようなものだ。
その本質は、自在に足場を作り出して、戦闘の立ち回りの幅を広げ、相手の意表を突くところにある。
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