第12話

 俺は剣を鞘へと戻す。


「ふう……死ぬところだった」


 アドレナリンがガンガン出ていたので突っ込んでいたが、あれ以上は俺の方が持たなかっただろう。

 三分で戻ってきてくれると期待していたが、ゴウタンの加勢は五分以上掛かっていた。

 テイルが回復に手間取っていたようだ。


 マッドヘッドの麻痺の状態異常付与が三分で回復するのはHPが十分回復している前提であり、HPが低いと状態異常への耐性が落ちて長引くのだ。

 それでも、逃げずにきっちりゴウタンを回復してくれたことは助かったが。


「……たかだかF級冒険者が、儂でさえ殺されかけた魔物の猛攻を、あれだけ耐え続けておったというのか?」


 ゴウタンが俺を見て、信じられないというふうにぽつりと漏らす。


「いや、丁度限界だった。助かった、ゴウタン」


「い、いや……」


 ゴウタンはしどろもどろにそう口にした後、頭をがばっと豪快に下げた。


「すまんかった……エルマ。指揮の甘さに、安全管理の杜撰さ。どちらもお前さんの言う通りであった。人命に関わることだというのに、人前で若造に口出しされて言葉を曲げられるかと、意固地になっておった……。儂はギルドの指導役失格である。この依頼が終わったら、この役割は返上しようと考えておる」


 強面で頑固な人物だと思っていたが、ゴウタンは俺へとそう謝罪してくれた。

 俺としては昇級さえ認めてくれれば、別にそれで構わないのだが。

 

 ただ、これは、ゴウタンばかりが悪いということではないだろう。

 冒険者ギルドのそもそもの情報不足、体制の甘さが発端ではなかろうか。

 指導役の冒険者へのギルドの教育がなされているとも思えない。

 単に世話焼きで信用のおける冒険者へ、報酬を渡して投げっぱなしにしているだけなのではなかろうか。


 他の指導役の冒険者が、ゴウタン以上にレイドの指揮や、安全管理を徹底できているとは、俺にはとても思えない。


 元より荒くれ者揃いの冒険者ギルドである。

 指導や統率は困難を極める。

 初対面でゴウタンが威圧的だったのも、新人冒険者に舐められ、職務を全うできなくなることを恐れてのことだろう。

 こうしてさっと頭を下げられる辺り、むしろ根は素直な人間なのだろうと思う。顔は怖いが。


「失敗したと思ったのなら、改めたらいいんじゃないのか?」


「そう簡単に収めていい話ではなかろう。一歩間違えれば、儂は冒険者を壊滅させておった」


 ……頑固なのは第一印象通りらしい。


「こんなことで辞めていたら、指導役の冒険者は、失敗した経験のない、甘い考えの人間で溢れるんじゃないのか?」


「む……むぅ」


「責任を感じているんだったら、尚更放り投げるよりも、指導役を続けるべきだろう」


 ゴウタンはしばし神妙な面持ちで黙っていたが、やがてニヤリと笑って顔を上げた。


「……フン、口の回る、生意気な男である。今は、その口車に乗っておくとするわい」


 ゴウタンはそれから、マッドヘッドの残骸へと目を向ける。


「奴の魔石は持っていくがいい。あれはお前さんが倒した魔物だ」


 マッドヘッドの身体がマナと化して朽ちていく。

 消えていく巨体の中に、茶色の輝きを帯びた魔石があった。


 【Lv:40】の魔石だ。

 それなりの値がつくだろう。

 冒険者はいくらお金があっても足りない。

 くれるというのであれば、ありがたくもらっていくことにしよう。


「ん……?」


 腐肉の残骸の中に、真っ赤な盾が残っていた。

 盾には鬼の顔が彫られている。

 ドロップアイテムだ。

 マッドヘッドのような稀少な魔物は、良いアイテムを残してくれやすい。


「ほ、ほう、【Lv:40】の、珍しい魔物から、ドロップアイテムか……」


 ゴウタンが、ごくりと唾を呑みながら鬼の盾を口惜しそうに見つめる。


「あっちは譲ろうか?」


「馬鹿を言うな! 儂には二言はない! 奴は、お前さんが倒した魔物だ!」


 ゴウタンがキッと目を細め、少し怒ったようにそう口にした。


「……のう、アイテムの詳細の確認だけ行ってもいいか?」


 男らしいようで、未練がましい……。

 クラスの力を得た人間は、所持しているスキル同様、アイテムの詳細情報を確かめることができる。


 俺は鬼の盾を拾い上げた。


――――――――――――――――――――

〈狂鬼の盾〉《推奨装備Lv:40》

【防御力:+25】

【市場価値:三百万ゴルド】

 鬼の顔の彫られた、恐ろしい盾。

 盾を用いて相手の攻撃を防いだ場合、同一の相手への次の攻撃に【攻撃力:+8】を付与する。

――――――――――――――――――――


 俺はごくりと唾を呑んだ。

 〈マジックワールド〉のものと同一の性能だが、この市場価値はゲームのものではないのだ。

 ギルドや店で捌けば百五十万ゴルド程度にはなってしまうだろうが、それでも美味しい。


 盾の防御力上昇値は大きいが、これはあくまでも盾で受けたときの防御力である。

 〈城壁返し〉の発動条件も鎧で受けることであるため、盾では満たすことができない。


 とはいえ、これだけの補正値があれば、同レベル台の攻撃はほぼ盾で完封できるだろう。

 推奨装備のレベルはかなり高めだが、扱えないことはなさそうであった。

 若干動きにくいが、使っている間にレベルが追い付くだろう。

 ……これだけ高額だと、正直売り飛ばすのも視野には入るが。


「……ほう、三百万ゴルドか」


 ゴウタンがぽつりと、口惜しげに呟いていた。

 俺が目をやれば、キリッと顔を引き締める。


「それでゴウタン、昇級の件なんだが……」


「心配するでない。お前さんを昇級させんのは、ギルドの損害であると伝えておこう! とっととD級にしておいてやれ、とな」


 ゴウタンはそう熱弁してくれた。


「ギルドから『エルマがズルをせんか見張ってくれ』と言われておったが、とんだ見当外れの忠告であったな。もし反対する者がおったら、儂がぶん殴ってでも言い聞かせてやるわい!」


「そこまでしてくれなくて結構なんだが……」


 俺が苦笑していると、そろそろとテイルが歩み寄ってきた。


「あ、あのう……ゴウタンさん、私の昇級……その、認めてもらえたりしませんかね? ゴウタンさんが立て直せたのも、私の〈ヒール〉のお陰で……」


「魔物相手に完全に足が竦んでおったではないか! そんな状態では、まだE級冒険者になどなるべきではないわい! 昇級して〈夢の穴ダンジョン〉に入れるようになれば、魔物相手の難事に見舞われることなどいくらでもあるのだぞ! そのときに怯えて身体が動かんようでは、今回とは違い全滅することになると思え! 上ばかり見ず、適切な依頼を積んで精進せい!」


「うぐ……は、はい……」


 テイルは唇を噛み締めながら、俺へと目をやった。

 ただ、俺に命を助けられたことはわかっているらしく、悔しげに目を伏せるばかりで、何か突っかかってくることはなかった。

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