第33話 6月14日(月)

 先週から降り続く雨は今日も止む気配がない。だけど僕は梅雨が好きだったりする。これだけ雨が降れば誰も外で遊べなんて言わないから。


 僕みたいなインドア派にとって梅雨前線は合法的に内遊びできる口実を作ってくれる救世主みたいな存在だ。


 ただ、やっぱりこの湿度をたっぷりと含んだ空気は重々しい。

 

 ここに恋人でもないのにベタベタとくっ付く幼馴染がいたら暑苦しくて不快指数はぐんぐんと上がっていく。でも、今日に限ってはその可能性はゼロだ。


真実まみのやつ、ちゃんと寝てるよな」


 もはや保護者目線で幼馴染を見ている僕はチラリと天海家の2階に視線を移す。

 まだカーテンが閉じられているところから察するに大人しく寝ているようだ。


「最近はちょっと勉強も頑張ってるみたいだし、風邪を引かないなんとかじゃないってことか」


 ライブから一週間経ったタイミングで真実まみは風邪を引いた。

 あの日から続くハイテンションで体力を使い果たしたのと、中間テストでちょっと頑張ったのがここにきて体に来たようだ。


 一人で駅まで歩くのが久しぶりで、ちょっと寂しさを覚えているのは絶対に真実まみには言わないでおこう。

 毎日見掛ける野良猫が急にいなくなったら心配になるのと同じ現象だ。


 いつもならアニメやラジオのことを話しながら登校するので電車に乗ってる時間もあっという間なのに今日は異様に長く感じる。


 通学のお供にうってつけの幼馴染だと実感した。


  学校の最寄駅で降りるとあとは真っすぐ歩くだけ。

 こんな蒸し暑い日は頑張って駅から近い高校に合格してよかったとつくづく思う。


「あれ? 米倉よねくらくん?」


「あ、おはよう」


 ぼっち通学の僕に声を掛けてくれたのは春原すのはらさんだった。

 長い前髪が湿気でおでこに張り付いて鬱陶しそうに見える。


 でも僕みたいなただの友達が「髪切った方が素敵だよ」なんて言ったらセクハラで訴えられかねない。いや、春原すのはらさんは絶対に訴訟とか起こさないってわかってる。

 単純に女の子の容姿をどうこう言う資格が僕にはないと自負しているだけだ。


「今日は真実まみちゃんお休み?」


 辺りをキョロキョロ見回してから春原すのはらさんは僕に尋ねた。


「風邪を引いたって。春原すのはらさんにも連絡してるものだと」


「ううん。真実まみちゃんからは何も……あ、さっきメッセージ来てた。明後日の内探までには絶対治すって。ふふ。真実まみちゃんらしい」


 カバンからスマホを取り出すと真実まみからメッセージが届いていたらしい。

 僕が電車に乗ってる間に目を覚ましたんだろう。


「ちゃんと寝るように春原すのはらさんから言ってあげて。僕の言うことなんか聞かないから」


「大丈夫だよ。ライブの感想回を健康な体で聴くんだって張り切ってるから」


「それが逆に心配なんだよ。気合が空回りしないか」


「ふふ。相変わらずお父さんみたい」


「そこはせめてお兄さんにしてほしい」


米倉よねくらくんは弟よりもお兄ちゃんになりたいんだ?」


「そうじゃないけどさ、真実まみと僕なら僕が兄って感じしない?」


「どうだろう。わたしにとっては弟だし」


「あれはライブの時限定ね。次に似たようなことがあったら僕が兄になるから」


「次も……一緒に行ってくれるんだ」


「あー! そういう意味じゃなくて。いや、春原すのはらさんと一緒がイヤとかではないんだけど……」


「ふふ。あかりんのことを考えると浮気みたいで申し訳ない?」


「そ、そうだね。うん。ははは。あかりんと運命で結ばれてるといろいろ大変で」


 春原すのはらさんは僕の思考を読んだように笑顔でさらりと言葉を返す。

 あくまでも春原すのはらさんは友達だと自分に言い聞かせたけど、周りから見たらカップルのように捉えられてもおかしくない。


 それはきっと春原すのはらさんにとっても迷惑が掛かることだ。

 僕があかりんにガチ恋してるからとか関係なく、好きでもない相手と勝手にカップル認定される辛さはよーくわかっている。


米倉よねくらくんもちゃんとお見舞いメッセージを送らないとダメだよ? あとは欲しいものがあるかリクエストを聞いて買って帰ってあげてね。幼馴染なんだからしっかり面倒見てあげて」


「もうお母さんじゃん」


「ふふ。恋人の方がよかった?」


「僕はあかりんと付き合うからそれはお断り」


春原すのはらさんが彼女になってあげれば? 百合カップルを僕は応援している」


「わ……わたしは好きな人、いるし」


「え……?」


 まさかの恋バナ展開に絶句してしまった。

 春原すのはらさんだって年頃の女の子なんだから恋の一つや二つしていてもおかしくない。


 ただ、そういう話をするのは女子同士じゃないのか?

 

 このタイミングで好きな人がいるってまさか僕のことを……。


「あ、あずみんだよ? もちろん百合的な意味じゃなくて。まずあずみんみたいな女の子になってから恋が始まるのかな。なんて。あはは」


「そ……そっか。さすが春原すのはらさん。ちゃんと自分を磨いてからなんだね」


「うん。あずみんみたいになれたら堂々と好きですって言えるかなって」


「応援してるよ。あずみんみたいな春原すのはらさんか~。ちょっとイメージから遠いけど、だからこそギャップに心を射抜かれるかも」


 ただの友達を一瞬でも恋愛対象として見そうになってしまった。

 心に決めた春町あかりという人がいるのに。


 運命の力があっても簡単に心が揺らいでしまう。


 じゃあ、もしかしてあかりんも自分の学校で……。


 イヤな想像が膨らみかけて首を横に振った。

 僕も春原すのはらさんみたいに自分を磨かないと。


 公開録音まであと2週間、それまでにできることは全部やろう。

 まずは筋トレでも始めようかな。

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