第34話 6月16日(水)
♪ぴろりん
♪ぴろりん
♪ぴろりん
21時を迎える少し前、スマホが連続で通知音を鳴らした。
「グループでメッセージを送り合うとこんな風になるのか」
同じラジオを聴いていても基本的に一対一のやり取りしかしてこなかったのでとても新鮮だ。
僕、
席は違えど同じライブに行った者同士、今日の内探をみんなで実況しながら聴こうという話になりグループを作成した。
その名も『あずみんファンの集い』
ただ一人、岸田だけはこのグループ名に最後まで異議を唱えていた。
るいたんに対する裏切りにならないかと悩む姿は他人事には思えない。
“もうすぐ始まるわよ。全裸待機してる?”
“ちゃんと服を着てる”
“わたしも裸ではないかな……”
僕と岸田が
「僕も服を着てるぞっと」
きちんと否定しないと明日全裸イジりをされかねない。
文化的な生活を送る人間として身だしなみをしっかり整えてることを主張した。
♪ぴろりん
“またまた~。アタシの全裸発言で脱いだくせに”
「はぁ……」
内探の放送が始まるまであと1分ほど。
今からあれこれ言葉を重ねても調子に乗った
どうせ明日はラジオの内容で話題は持ち切りだろうから僕は服を脱いだ設定を受け入れることにした。
「風邪を引いたままの方が大人しくて助かったかもな」
僕の心配をよそに火曜日には完全復活した幼馴染は先週と変わらぬテンションでライブの余韻を語っていた。
たぶん内探でライブのことを話さなくなるまで続くと思う。
それが終わったらとあずみんがゲスト出演するラジフラの公開録音が待っている。
6月はもうずっとこのテンションが続くと覚悟しておいた方が良さそうだ。
「って、病み上がりなんだから全裸はダメだろ。一応釘を刺しとくか」
♪ぴろりん
“全裸なんて言葉の綾じゃん。ちゃんと服着てますー!”
自分から言い出した全裸なのによくよく聞いてみれば本人もしっかり着衣していた。蒸し暑い日が続くと言っても夜は冷えるのでそれなら安心だ。
“ふふ。
“誰がお母さんだ!”
最近は女性声優をママ呼びする輩も多い。
あずみんなんかは『生んだ覚えはありません』と真っ向から否定するが、中には赤ちゃん言葉で甘やかしてくれる人もいる。
知らない相手にお母さん扱いされてそれを否定するのにこんなにもエネルギーがいるなんて、世のオタク達は一度思い知った方がいい。
―武道館ライブありがとおおおおお!!!!
21時ちょうど。パソコンからあずみんの叫びが轟いた。
武道館ライブが無事に終わった喜びと安心感がこの一言から伝わってくる。
―みなさん、こんばんは。武道館ライブを無事に終えた内田杏美です。応援してくださったみなさん、本当にありがとう。6月16日、本日、こうして元気にラジオに出演しております。
♪ぴろりん
“まさか生放送?”
“いやいやさすがに収録でしょ”
“でも今、本日って……”
“んふふ。こうして考察実況できるからグループに入ってよかった”
まだオープニングの挨拶をしただけなのに『あずみんファンの集い』は大いに盛り上がっていた。
SNSで実況して見知らぬ人達といいねやコメントのやり取りをするのもいいけど、こうして仲間内で実況すると教室で話しているみたいですごく楽しい。
―そういえばさっきゴルフですごい記録出たよね。1日2回もホールインワンってゲームでも珍しいのに。いや~、プロはフィクションを超えるんだなあって思いました。
「え、そのニュースって夕方の話じゃ」
いくら武道館ライブを成功させたあずみんでも未来のニュースを予知して話すなんて不可能だ。
―はい、というわけで今夜の内探は生放送でお届けします。ライブの感想を直接届けたくて生にしてもらいました。私が無事じゃなかったら放送できないって言った理由はこれですね。だって生だから。
ケラケラと笑いながら話しているけど、こうして無事に生放送できているからこそだ。
ライブが終わったあとに生放送が控えていたなんて、あずみんが抱えていた重圧は想像できない。
♪ぴろりん
“やっぱ生放送だ! よかった風邪治って。全裸待機してなかったのが失礼なレベル。今から脱ぐ!”
“バカやめろ。ぶり返すぞ”
“じゃあ代わりに俺が”
“想像したくないからやめろ”
“
“違う違う! せっかくの生放送なんだからそっちに集中しろ”
なんで生放送だと服を脱ぐのか全く理解できないまま
僕が興味のある裸はあかりんのだけだ。
膨らみが少ないから服を着た状態でも裸を想像しやすい……というのはみんなには黙っておこう。
胸の大きさなんて飾りだ。
―いっっっっぱい感想メールも届いていて、打ち合わせの段階で読み切れなかったんですよ。今週はもちろんなんですけど、何週かはライブの感想メールを読んでいきたいと思います。ひとまず今週は一曲目からかな。ん? まずはこのメールから?
あはは。物販に並んだ感想から。これは長丁場になりそう。
「すごいところの感想から読み始めるんだな」
物販待機の感想を送るっていう発想はすごい。あかりんがライブをする時は僕もその発想を参考にさせてもらおう。
これはパクリではなくオマージュだ。
♪ぴろりん
同じ通知音でも送り先は違った。
“物販の感想を送るなんてやるわね。盲点だったわ”
“次から送る人増えるだろな。僕もあかりんのライブがあったら家を出るところの感想から送る”
“番組は音弥の日記帳じゃないのよ?”
“ダメだったら作家さんが削除してくれるさ。それに僕はあかりんに生活を報告する義務がある”
“はいはい。運命の相手は言うことが違いますね”
実際僕は
―次こそはライブ本編の感想ですか? え? 入場? そうだよね。武道館に足を踏み入れる瞬間って感慨深いよね。その気持ちはわかる。わかるけども。生放送でライブの感想を話すのに本編に触れないのマズくないですか?
「はは。たしかに。武道館ライブを終えた感じがあんまりしないかも」
このゆるさが内探らしいと言えばらしい。
武道館ライブ後でも身構えず、普段以上にゆるく生放送ができるのは長年続いた信頼感があってこそだと思う。
ラジフラはその性質上、たぶん円盤の販売が一通り終わると同時に最終回を迎える。タイアップ系の番組とはそういうものだ。
だからこそ僕はラジフラが盛り上がってアニメ作品と関係のない冠番組が初めってほしいと考えている。
―えー、みなさんに業務連絡です。来週も生放送します。ライブ本編に一切触れないまま終わっちゃいそうなので、来週こそはライブの感動と興奮を生放送で伝えていきます。
♪ぴろりん
“やった! 来週も生放送。次こそは全裸で。なんなら今から”
“やめろ”
“んふふ。全裸待機って誰が言い出したんだろうね”
“あずみんはどんな格好で待機してくれたら嬉しんだろう”
―今週はサプライズ生放送だったので全裸待機できなかったと思うんですけど来週は予告されてます。よければ風邪を引かないように気を付けて全裸待機してねー。
「マジか……」
全裸待機推奨声優だったとは驚いた。
まるで
運命を感じるとは言い出さなきゃいいけど。
♪ぴろりん
“聴いた!? あずみんは全裸待機推進派よ”
“勝手に脱いでろ。風邪を引いても知らんぞ”
“俺の全裸はるいたんに捧げると決めてる”
“わたしも全裸はちょっと”
“全裸でベッドに潜って放送を聴くとあずみんに添い寝してもらってるみたいな気持ちになるわよ”
「…………は?」
まさかすでに全裸になってるのか?
ベッドに入っているみたいだから風邪を引くことはなさそうだけど、幼馴染の行動力には昔から驚かされてばかりだ。
ほら、ウソか本当かわからなくて誰もメッセージを送らないじゃないか。
あかりんと同じ髪型で、背はちょっと低いけど本人曰く胸のサイズも同じくらいで……。
「やめろ。考えるな。幼い頃の記憶を呼び起こすな。今のあかりんだけを考えろ!」
首を横に振って浮かんだ想像を振り払う。
オタク特有の妄想力で
「ふぅ……」
幼馴染の裸を想像するなんて僕もまだまだだ。
もっとあかりんへの想いを高めなければ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。