第23話 6月6日(日)コラボカフェ1

 歩行者天国が開始される前の秋葉原はさらに人が増えてまるでテーマパークのような様相になっていた。


「うわぁ、すごい人。はぐれないように気を付けないと」


「うん」


 もし僕と春原すのはらさんが恋人同士だったら手を繋ぐ最高の口実だ。でも僕らはあくまでも声優ファンの友達。ましてや僕には春町あかりという心に決めた運命の相手がいる。


 だから友達と人混みではぐれないためにはお互いに注意するしかなかった。


「世の中にはたくさんのオタクがいるんだなあ」


「そうだね。クラスではわたしと米倉よねくらくんと岸田くんくらいだけど」


「僕さ、大勢の中ってちょっと苦手なんだよね」


「うん。わかる」


「でも、秋葉原はなんとなく落ち着くっていうか、オレンジのアロハシャツはちょっと悪目立ちしてる感じはあるけど」


 ちらりと春原すのはらさんをジト目で見てみる。

するとすかさず視線を逸らされてしまった。


 絶対悪ノリでこの服を選んだでしょ。


「不思議だよね。同じ趣味の人が集まってるだけで心強い感じがするの」


「全然知らない人なのにね」


 今すれ違った人とはよほどの運命がない限りはもう二度と会わない。

 でも、小雪こゆきちゃんのフルグラTシャツを着たあの人はどうだろう。もしかしたらあずみんのファンで僕らと同じく武道館に向かうかもしれない。


 そんな不思議な縁がこの街には溢れている気がして自然と足取りが軽くなる。


「ま、待って米倉よねくらくん」


「あ、ごめん」


 夢中になると周りが見えなくなるのは僕の悪いクセだ。はぐれないように注意していたはずが春原すのはらさんのペースよりだいぶ早く歩いてしまった。


「こっち!」


 秋葉原は外国人も多くて1人1人の圧迫感が他の街よりも大きい。

 それにお互いに秋葉原初心者だから待ち合わせ場所にどこを指定すればいいのかわからない。


 コラボカフェの受付時間も迫っているから今この場ではぐれるわけにはいかなかった。


「あ」


「ご、ごめん。つい反射的に」


 好き勝手に動き回る真実まみを捕まえるのと同じような感覚で春原すのはらさんの左手を掴んでしまった。


 幼馴染以外の女の子の手を握るのは初めてで、その柔らかさと心地の良い冷たさが僕の心拍数を一気に上げる。


「ホントごめん。真実まみを捕まえるみたいにしちゃって」


「……真実まみちゃんとはこういうことするんだ」


「…………」


 別に付き合っているわけでもないのになぜか追い詰められているような気がして、さっきとは別の理由で心臓の鼓動が早くなる。


 春原すのはらさんの前で真実まみの話題は出さないと決めたはずなのに、ついクセで真実まみの名前を口にしてしまったことを後悔した。


「えーっと、あっ! このビルかな。コラボカフェがあるの」


米倉よねくらくん?」


「いやー。楽しみだ。きっとラブマスターで溢れたカフェなんだろうなあ!」


「…………」


 不自然なくらいに大きな声でハキハキと独り言を喋っていると春原すのはらさんの視線が痛い。前髪で隠れていなければその眼光で死んでいたかもしれない。


「ほらほら。エレベーターが来たよ。ささ、どうぞ」


 開ボタンを押しながら恭しく春原すのはらさんを箱の中に招く。

 やり慣れないことをアロハシャツを着てやっているから自分でも違和感が半端ない。


「……真実まみちゃんを怒らせた時はこういうことするの?」


「いやいや。あいつの機嫌を損ねた時は放置に限る。そのうち僕に宿題とかで泣きついてくるから」


「ふーん?」


 春原すのはらさんの方から真実まみの話題を振られたら答えるしかない。たぶん春原すのはらさんの地雷は真実まみの話題なのに、自ら地雷を設置されてしまっては回避しようがなかった。


「……ぷっ。ふふふ」


春原すのはらさん?」


米倉よねくらくんと真実まみちゃんって本当に仲がいいんだね。わたし達付き合ってるわけじゃないんだし、真実まみちゃんと手を繋いでも嫉妬なんてしないよ。むしろ……」


「むしろ?」


 楽しそうに笑っていた春原すのはらさんの表情がスッと曇る。


「さっき手を繋いだことを真実まみちゃんが知ったら……ふふ、どうなっちゃうんだろ」


「別に僕と真実まみだって付き合ってないから問題はないよ」


「……じゃ、じゃあ」


「あ、着いた」


 途中で止まることなくコラボカフェがある目的の階まで一直線に来ることができた。散々な目に遭ったからこれくらいのプチラッキーがあってもいい。


「わあっ! これ初期の絵柄だ。懐かしい」


 コラボカフェに到着するなり春原すのはらさんは周りの目を気にせずラブマスターの初期絵柄に興奮していた。

 最初はゲームだけだったのがアニメ化されたりゲームハードの進化で絵柄が洗練されたりして今ではだいぶ雰囲気が変わった。


「ラブマスターって今見ても全然古く感じないのがすごいよね。絵柄は変化してるのに」


「それだけ当時から洗練されてたんだよ。わたしがハマった頃はお金がなくてグッズが買えなくて、今もだけど……あの頃手の届かなかったものが目の前にある幸せ」


春原すのはらさん本当にラブマスターが大好きなんだね」


「うん! わたし、小雪こゆきちゃんみたいになりたくて……あっ」


「なりたくて?」


「え、えーっと……髪型とかマネしてたんだ。あはは」


 ラブマスターの小雪こゆきちゃんはミディアムボブの控えめな女の子で春原すのはらさんに雰囲気が似ている。今の髪型も小雪こゆきちゃんを意識していると言われたら納得するくらいだ。


「ラジオで小雪こゆきちゃんの声優さん、あずみんのトークを聴いた時は驚いたなあ。小雪こゆきちゃんとはまるで別人の性格なのに声はちゃんと小雪こゆきちゃんで、最初は二人の人が交代で喋ってるって信じてたもん」


「その気持ちわかる。何も知らない人にトークから小雪こゆきちゃんの声優さんを当てさせたら絶対に誰も正解できないと思う」


「ふふ。そうかもね。だからわたし、声優さんってすごいなって思ったんだ。自分とは全然違う人になれちゃうなんて夢みたいだなって」


「じゃあ春原すのはらさんも声優を目指してるんだ?」


「ふぇっ!? え、あー。んーっと」


 顔を真っ赤にしてうろたえる姿はまるでアニメキャラみたいで可愛らしい。教室ではいつも大人しくしているので、こういう一面が明らかになったらクラスのマスコットになれそうだと思った。

 

 僕が同じ立場でマスコット化されそうになったら絶対にイヤだから無理強いはしないけど。


「それではお待たせしました。ただいまより開場いたします。まずは指定の席にお着きください」


米倉よねくらくん開いたみたいだよ。さ、入ろう入ろう」


「そうだね。行こう」


 結局、春原すのはらさんが声優を目指しているかどうかははぐらかされてしまった。憧れだけでなれるものではないし、声優以上にやりたいことがあるのかもしれない。


 それに僕自身も進路がちゃんと定まってないのに他人を詮索するのはよくないと反省した。


 でも、春原すのはらさんの声は磨けば光ると思うんだよなあ。ちょっとあかりんに似てるし。惜しい!

 そんなオタク心も残っているのも事実だった。

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